最愛の祖母が100歳で静かに旅立ちました。

 



祖母は、私とはまるで正反対のような存在で、毎日を丁寧に生きる人。

規則正しく、コツコツと、何事にもきちんとしていて、芯が通った優しい人でした。戦後の時代に家計を支え、未亡人となってからも働き続けた、まさに「昭和の強き女性」。その背中を間近で見て育ちました。

 

 

中学生の頃から、祖母と同じマンションで暮らすようになり、しょっちゅう行き来しては一緒に食事をしたり、受験勉強を祖母の家でさせてもらったり。夜になるとハムサラダを作ってくれ、それが私の夜食になっていました。何でもないサラダなのに、なぜかとてもおいしくて、優しさがしみわたるような味で大好きでした。

 

 

祖母の家はいつもぴかぴかで、鉛筆一本にしても先までキリッと尖っていて、どこを見ても整っている空間。その心地よさは、今でも忘れられません。

私はというと、若い頃はかなり荒んだ生活をしていました。部屋は散らかり放題、反抗心や不満を部屋中に撒き散らしてい他のだと思います。

 

 

けれど、そんな時も祖母はそっと私の部屋を整えてくれていて、帰宅した時にふっと感じる「整っている」という感覚が、どれだけ私の心を癒してくれたか…。綺麗って、気持ちいい。祖母が教えてくれたその感覚が、今の私の片付けの原点。

 

 

そして今、私が片付けに悩む方々に向き合うとき、ただ綺麗にする技術だけでなく、その奥にある「本当は綺麗にしたいのにできない気持ち」を誰よりも理解したいと思っています。なぜなら私も、かつてそうだったから。そして祖母が、そんな私を信じて、支えてくれたから。

 

 

亡くなる数日前、目も開けられない状態の祖母にもう一度会いに行ったとき、私の声に反応して、目をうっすら開けて、私の手をギュッと握りしめてくれました。その手の温もりが、今でも私の心に残っています。

家族全員が挨拶に来るのを待っていたかのように長年面倒を見てきた母と父が行った後、息を引き取りました。

 

 

 

祖母のように、誰かの心にそっと寄り添えるゴッドマザーになりたいと、改めて感じています。

片付けに悩んでいる方がいたら、どうか一人で抱え込まず、私たちを頼ってください。一人では無理でも、一緒ならきっと大丈夫です。

 

 

葬儀の準備などでしばらく慌ただしくなりますが、祖母への感謝を胸に、ひとつひとつ丁寧に終えていきたいと思っています。

今日も、どうか心穏やかにお過ごしくださいね!