京都六花街のひとつだった島原に行って来ま
した。豊臣秀吉が二条柳馬場に許可した公娼
地が六条坊門に移転、寛永18年(1641)3代
将軍徳川家光の時に現在地に移転、正式名称
は西新屋敷だそうです。
江戸の吉原と並び称される京の島原、吉原に
は残っていない大門があり気分が高まります
大門には提灯と防火用水の桶が積まれ風情が
あります。脇の柳は見返り柳でしょうか?
近くには思案橋もあったとか。
大門を潜るといたって普通の住宅街でした。
多少の物足りなさはありますが、祇園や先斗
町の様に現役の花街ではないので当時の香り
が残る程度なのはやむを得ませんね。
角屋もてなしの文化美術館は時間がないので
次の機会に。こちらも有名な輪違屋さん。
住吉神社と大銀杏、歌舞練場の跡は福祉施設
に変わりましたが大楠は残っていました