「もう古いから捨てちゃおうと思って・・・」
数年前の話ですが
久しぶりに名古屋の実家に立ち寄った際
片付けものをしていたオフクロが「ボロボロ」のアルバムを
指さしてそう言ったのでした。
オイオイオイッ!
早まるな!
古い写真だからこそ大事にしなきゃダメだろ?
今はデジタル化することも個人で可能だから
せっかくの写真を捨てるなんてよしなよ・・
と諫めながら、暇をみてスキャナーでデジタル化してやろうと
そのアルバムを自宅へ持ち帰ったのでした。
その「暇」が、なかなか見つからず(言い訳)
キャビネットに仕舞いこんだままとなっていたある日
地元名古屋の歴史を語る写真集を
専門に作っておられる「樹林舎」さんという出版社のHPにて
「名古屋の昭和」と言う写真集を出版される広告を見た私。
その1ページに
「昭和の写真を募集しています」とありました。
預かっているアルバムの中には
昭和30年代・・・まだ麗しき乙女(?)だったオフクロが
当時の実家や職場で「はいチーズ」とニッコリ映っている写真が
多数あり、年代・場所の考証もアルバムに書き込まれていましたので
「役に立てるかな?」と樹林舎さんへ連絡をいれたところ
「取材に伺います」と良い返事を頂いて
お会いする日時を決め、楽しみにしていました。
今年のまだ寒い頃だったと思います。
予定当日
若手の取材記者+カメラマンの方と対面。
取材の苦労話、こぼれ話
私の生まれ育った名古屋の思い出話・・・
ワハハと笑いながら楽しい時間を過ごさせて頂いたのでした。
役に立ちそうな写真をピックアップしながら
記者さんが、少し申し訳無さそうに・・・
「実は、写真集そのものは
殆ど出来上がっていて、差し込みはできないと思うので
宣伝チラシに使わせて頂くことになると思う」との事。
そりゃ編集の都合もあるから仕方が無いですし
いつか役に立ててもらえたら、それだけで嬉しいですよ
そう伝えて、その日は解散。
写真の収集取材って
スキャナーとかで写すのだとばかり思っていましたが
「スチルカメラ」 まあ普通の一眼レフですが
それでバシバシ撮るんですね。
よく歪まないもんだ・・・
そんな事も忘れかけていた初夏の頃・・・
いつもサボり気分転換に通わせて頂いている大型書店に
久しぶりに足を運ぶと・・・
「名古屋の昭和」 御予約受付中!
という大きなバナーが書店の目立つ場所に。
そっかぁ・・・もう発売が近いんだな。
編集も「ケンカしながら」やるって聞いてたし・・・
たぶん一冊になるまでにあばら骨の1~2本は
折られた奴もいるんだろうな。。。と
編集の裏話を思い出しながら
傍らに積んてあったチラシを手に取り
「採用されていないかな?」なんてチョット期待したりして
でも・・・残念。
冊子の見本も置かれていたので
そちらもチェック!・・・なワケないか。
だよな・・・と自分で納得して
目的の本が並ぶコーナーへ移動したのでした。
採用されようがされまいが
私が育った町の歴史記録の写真集。
「欲しいんだけど・・」
そのお値段1万円オーバー!
個人で買うにしちゃ、チトお高いですな。
まあ、ゆっくり考えようと思っていたら・・・
覚えの無い郵便物が本日届いたのでした。
爆発物かと思ったので
嫁さんを100mほど退避させて中を開けると
おおっ!
・・・でも、チョット待てよ??
「写真を採用させて頂いた暁には
御礼として冊子を進呈します」
とは聞いていたのですが・・・採用されなくても
取材の御礼として送って下さった??
冊子には取材協力に対しての丁寧な挨拶状が
添えられていました。
腑に落ちないなと考え込んでいると
100m先から汗だくの嫁さんが戻ってきました。
(本当は郵便ポストに言ってただけです)
仕事中でしたので
分厚い冊子をパラパラっと見ただけだったのですが
おおおおおおっ!
採用されているじゃないデスカ!
ふと目に止まった
見覚えのある風景写真。
若かりし頃のオフクロ掲載されてる!
今は見る影もネーぜっ!時間は残酷だ!
書店の店頭に置かれていた
「見本」には載っていなかったはず・・・
おそらく、発売直前に
相当な「追い込み」の編集があったのではないかと。
こりゃ、アバラ骨2~3本+鎖骨の1本も折られるほどの
大波乱があったのでしょう。
いや・・・これは素人の推測ですが
類似の書物が競合するように発売されて
名古屋の昭和 → 樹林舎
昭和の名古屋 → 地元の有名新聞社
紛らわしい事、この上無し・・・
この事は、記者さんも危惧していたんです・・実は。
そこで「もっと充実させるぞ!」と
追い込んで増頁したら、私の提供写真が載った??
ワタシ的にはラッキーでしたかね?
ちょうど帰宅した娘に
このことを伝えると
「すごいじゃん・・・で、お父さんは、この時何歳?」
まだ生まれてませんって。
とても嬉しい出来事でした。
戦後の名古屋を記録した写真集に
一片でありながらも協力できたこと・・・
一時は燃やされてしまうところだった写真が
歴史資料として後世に繋がってゆくこと・・・
一万円得した事・・・
まだゆっくりと見てはいませんが
数百枚の写真・・・その殆どが
「ハイ、チーズ」と何気なく日常を切り取った
スナップショットなんですね。
だから構図が上手いとか
光の加減がどうとか・・・じゃない
「記念に一枚」って家族の集合写真や
友達とのショットばかり。
でも、写り込んだ風景や
被写体のぎこちない笑顔が
歴史の一コマになってゆくものなんだな・・と。
まだ戦争の傷跡が癒えない街並み。
希望はあったけど、荒さも同時に存在した昭和。
今では考えられない事が、当たり前に存在した昭和。
ヒ●ポンのんで元気を出そう!とか・・・
今のユン●ル並みの手軽さだ(笑)
あ、あれは戦後間もなく禁止されましたね。
インターネットもスマートフォンも無かったけれど
伝言は駅の掲示板で何とかなった。
電話番号はタウンページで調べりゃ良かったし
昼寝の枕にもなった。
昔は良かったって思いじゃなくて
あの頃があったから、今があるんだって
先人の努力に感謝しながら進みたいですね。
今日写した「スナップショット」が懐かしの一枚となり
「名古屋の平成」が製本される頃には
どんな時代になっているのでしょうか。
樹林舎の記者さんも
時速1000キロのリニア新幹線で
日本中を飛び回っているのかも知れませんね。
長文失礼


