姑と、夫の長男は仲がいいように見える。
長男はアメリカ育ちで、日本語を話せない。
二人は、言葉が十分に通じるわけではない。
何を話しているのか、どこまで伝わっているのかは分からない。
むしろ私は、ときどき思う。
言葉が通じないからこそ、うまくいっているのではないか、と。
長男にとって、姑はおばあちゃんだ。
多少おかしなことを言っても、気にならないのかもしれない。
それに、日本語が分からないと、言葉の細かいニュアンスも、嫌味も、伝わらないことがある。
「また何か言ってるな」
くらいで済むこともあるだろう。
そもそも、祖母と孫だ。
同じ言葉を話していたって、世代が違えば会話がかみ合わないことはある。
それでも仲良くやっていけたりする。
一方、嫁の私はそうはいかない。
言葉の意味が分かる。
嫌味も分かる。
言わなくてもいい一言まで、きっちり分かってしまう。
……分からないほうが幸せなこともある。
言葉が通じないって、不便なことばかりじゃない。
案外、人間関係を守ってくれるのかも知れない。