「なるほど、そうきたか……」


アメリカに住んで5年。

それなりにこちらの文化も理解してきたつもりでしたが、先日、友人との会話で聞いた「ある教育方針」に、私は思わず絶句してしまいました。

それは、まだオムツも取れていないような、よちよち歩きの子への言い聞かせ。


「いい?他人のベッド(たとえ親のベッドでも)には、絶対入ってはいけないのよ」


それを、まるでお守りか、あるいは絶対に破ってはいけない家訓のように、厳しく、何度も言い聞かせているというのです。


日本なら「川の字」で寝るのが美徳。

親のベッドに潜り込んでくる子供なんて、微笑ましい光景の代名詞ですよね。

でも、その友人は真剣でした。


なぜ、そこまで厳しくするのか。


その理由は、単なる「しつけ」の枠を超えた、

アメリカという社会で生き抜くための

「境界線(バウンダリー)」の教育だったんです。


「自分」と「他所」を分ける究極の線引き

アメリカは個の確立を重んじる国。

「ここから先はあなたの場所、ここからは私の場所」という境界線を、最もプライベートな空間である「ベッド」を通じて体に叩き込む。

たとえ親子でも、踏み越えてはいけない一線があることを教える。これが自立の第一歩なんだそうです。




子供を「守る」ための盾

そしてもう一つ、切実な理由がありました。

それは「性的虐待やトラブルから子供を守るため」

「人のベッドには入らない」というルールが絶対であれば、もし誰かに誘われた時、子供の心の中に「あ、これはダメなことだ」という強烈なアラートが鳴ります。

「NO」と言える力を、日常のルールとして持たせている。これには背筋が伸びる思いでした。


 「親のプライバシー」という教育

「親も一人の人間であり、一組のカップルである」という姿勢を崩さない。

子供が中心の生活になりがちな日本文化とは対照的に、「親の聖域」をしっかり守ることで、子供に「他人のプライバシーを尊重する」ことを学ばせる。


「命」に関わるセキュリティ 

極めつけはこれ。「ベッド付近には、護身用の銃を置いている家があるかもしれないから」

冗談のようですが、全米に銃が普及しているこの国では、笑えないリアルです。

「知らない場所に入り込む=命の危険がある」ということを、よちよち歩きの段階から徹底して教え込む。


「自由な国」に見えるアメリカ。

でもその自由は、こうした「厳格すぎるほどの境界線」の上に成り立っているのかもしれません。