『パリは差別がひどい』
『フランス人は冷たい』
旅に出る前、そんな言葉を何度も耳にしました。
20代前半、スマホもない時代に一人で訪れたパリ。
私がそこで受け取ったのは、
冷たい視線ではなく、
驚くほど温かい「人の体温」でした。
ジュネーブからパリへ向かうTGV。
隣に座っていたのは、隙のないスーツを纏い、
12時ちょうどに時計を見てランチのサンドイッチを食べる、絵に描いたようなビジネスマンでした。
「ホテルまで行けるのか?」
そう聞く彼に、
私は強がって「大丈夫」と答えたけれど。
ホームに降りた瞬間、見事に逆方向へ歩き出した私を、彼は笑いながら追いかけてきてくれました。
「ついておいで」
メトロの乗り方を教え、
迷いながらも一緒に交番で道を聞き、
私の予約したナシヨンというマイナーな駅の宿まで送り届けてくれた彼。
別れ際、
「僕の名前は、アラン。アランドロンのアランだよ」
と笑った彼の顔を、今でも鮮明に覚えています。
滞在中、私はひたすら歩きました。
スマホもGoogleマップもない時代。
パリの歩き方と自分の感覚だけを頼りに、
気がつけば1日20km。
近くのパン屋で買った、1本100円弱の驚くほど安くて、気絶するくらい美味しい焼きたてのバゲット。
それにスーパーで仕入れたハムとチーズを挟んだだけのサンドイッチをバッグに放り込み、
足が棒のようになるまでパリの街を隅々まで歩き尽くす。
お腹が空いたらベンチに座って、そのバゲットを頬張る。
「私、今、自分の力でパリに立っている」
その実感だけで、胸がいっぱいでした。
高級レストランのフルコースよりも、あの時、
石畳の上で食べたサンドイッチの方が、
私にとっては「贅沢の真髄」でした。
メトロの階段で派手に転んだ私に、
知らない女性が「大丈夫?」と1枚の絆創膏を差し出してくれたこともありました。
世の中には「差別を受けた」と心を痛める人もいます。
でも私は、それを一度も感じなかった。
それは私が鈍感だから?
それとも、運が良かっただけ?
きっと、どちらも正解です。
でも一番の理由は、
私が「相手が自分をどう見ているか」よりも、
「今、この瞬間をどうサバイバルし、楽しむか」に必死だったから。
相手の小さな棘に気づかないほどの「集中力」は、
海外で生きる上での最強の防具になります。
そして、その防具を身に纏っているとき、私たちのセンサーは不思議と「純粋な善意」だけを検知するようになる。
今のOCでの生活も、同じです。
過去の背景や誰かのジャッジに敏感になりすぎず、
目の前のカオスを笑い飛ばせるくらいの「図太さ」と、誰かの困った瞬間に、
さらっと絆創膏を差し出せるような強さを。
パリの空の下で私を助けてくれた、アランやあの女性のように。



