こんにちはおねがい

 

今日も暑いハイビスカス

みなさま、熱中症にはくれぐれもご注意を!

 

 

 

さて真顔

 

【文部科学省/mextchannel】をご存知でしょうか?

 

9月からの学校サポーターに向けて私なりに「小学校外国語とは」について調べていたところ、こんな下差し動画に出会いました。

 

 

 

 「言語活動(実際に英語を使用して互いの考えや気持ちを伝え合う活動)はリピートしたり、チャンツや歌で練習することではない」

 

 確かに、日本語の話せない相手とコミュニケーションを取りたいという強い動機付けがあれば、単語は幾度も練習しなくてもと覚えられるかもしれませんね。その点は賛成照れ

 

 「学びに向かう力を育てる」のであれば、無理に単語を記憶させたりというよなことは必要ないですしね照れ

 

でも、5、6年生は外国語科ですよ?

 

評価をしなければなりませんよね?

 

ペーパーテストもありますしガーン

 

そのためには英語の音声を聞き取ったり、文字を読んだり、書いたり、話したりできるようにならなければいけなんじゃないでしょうか?

 

やっぱり、記憶したり、練習したりが必要じゃないですか?

 

すっごく矛盾を感じます。モヤモヤしますもやもや

 

新学習指導要領の内容は理想的だし、納得できるところもある。

 

でも、評価する時点でそれが台無しになっていませんか?

 

子どもが自分の低い評価を見たとき、どう思うでしょう?

 

英語苦手....できない....無理ガーン

 

「学びに向かう力を育てる」がこれで瞬殺ですよショボーン

 

あんなに楽しかった授業で外国語が好きになったのに、そこで全てを消し去ってしまうダウン

 

評価はあったほうがいいと思いますけど....

 

点数やレベル評価ではなく、その子ができているところを評価して欲しい。

 

人は褒められると気分が上がり、そのうち苦手なこともやってみようかな、自分ならできるかもしれないと思い始め、自然に苦手を克服していきます。

 

これこそ、「学びに向かう力を育てる」ことではないですか?

 

でも、苦手なところを指摘されると一気に気分がさがり、できていたことですらできなくなります。

 

「自分はどうせできない。自分なんてこんなレベル。何やってもダメ。」の負の連鎖に陥ります。

 

英語に関わらず、学校の評価方法を変えない限り、全ての子どもの「学びに向かう力を育てる」ことはできないのではないでしょうか?

 

以上、私が英語教育(学校)は「やる意義はあるが学習効果はあまりない」と考えるもう1つの理由でした。