野球では大リーグの大谷が二刀流でホームラン40本、8勝目をあげた。国内では大谷と同期の藤浪がふがいないピッチング。同じ阪神の佐藤が田淵のチーム新人ホームラン記録を塗り替える23本。

 

大谷と佐藤に共通するのはマイパースなところ。藤浪は型にはまり周りにも影響されやすい。今までの野球経験も違う。全国制覇を使命とされたチームとそうでないチームでのびのびとやれたかどうか。

 

大阪は小中学校の修学旅行を延期や中止ということがいわれている。反面パラリンピックは小中学生を観戦させるという。チグハグ。何もかも型にはめすぎだと思う。

 

文科省は不登校の生徒に学校に行くだけがすべてではなくフリースクールや一定の家庭学習も出席カウントにするという。しかし、現場ではどこまでそれが浸透しているか。型を決めてあてはめようとする流れには変わりない。

義務教育は一定、型にはめないといけないところはあるが、そこを通過した高等教育も型にはめようとする。2000年以降、大学の数が増え、進学率も高まった。結果、従来では大学に進学しない層が大学生に。当然、学力の質は落ちる。そんな状況もあって高等教育らしいことがやりにくいところもあるのだろうが、社会が変わっていくのと反比例するように出席管理をしようとする流れは2000年以降強くなっている。

真面目に紋切型だけが求められる社会ではない。もっと自由に学び、多様であっていい。出席がなくても試験で一発合格があってもいいと思う。その分の時間を違う経験に活用するなど型にはめない高等教育があってもいい。柔軟で発想力豊かな若者がもっと出現する素地が生まれる。

 

窮屈な世の中になってきているのは管理社会で自由奔放がなく、世界で通用する人材が出現されにくくしているのではないか。もっと自由奔放であっていい。

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