話しながら教室を出ていく楽しそうな声を背中越しに聞く。
駅前のカフェかぁ。テラス席とかもあってオシャレなところかなぁ。
イチゴのパンケーキかぁ。おいしそうだなぁ。
学校帰りに寄り道するのって楽しいんだよね。
いけないいけない。ぼんやりしてる場合じゃなかった。
えーっと、これはあれだ。
講義中に後から調べようと思ってメモしたところを見直す。
ほとんど殴り書きだから、家に帰ってからじゃダメ。
意味が分からなかったり、自分で書いたはずなのに読めなかったりする。
みんなのノートのおかげで大事なところはすぐにわかるし、いまのところ講義中は時々メモするくらいでやっていけてる。
このノートなしだったら、集中して講義を聴くことも難しかったかもしれない。本当に助かってる。
早く帰って、お義母さんのお手伝いしなきゃ。
まだだったら、チビの散歩に行くのもいいかも。
見直しを終わらせてゆっくりと席を立つと、後ろの席に残っている学生がいた。
まだ他に人がいるなんて思ってなかったから、びっくりして目を合わせたまま一瞬固まる。
自分の後ろに誰かいるのかと確認するように振り向く女の子。
「えっと、何か?」
隣に座っていたもう一人の子が困ったように言った。
「ごめんなさい。なんでもないの。もう誰もいないと思ってたからちょっとびっくりして。」
慌てて早口で謝る。
「そっか。驚かせてごめんなさい。」
「そんな。あたしが勝手に。」
「私たちもそろそろ帰ろう。」
「そうだね。」
二人が机の上を片付け始めた。
「あ、じゃあ、また。」
「はーい、また。」
「サヨナラ。」
「..さよなら。」
言い慣れない挨拶が少し喉に引っ掛かった。
もう帰るって言ってたから、方向は一緒だし自然な感じで駅まで一緒に帰るっていうのはアリだったのかな。
二人で話し込んで帰りが遅くなってたわけだし、まだまだ話したりないだろうから邪魔になっちゃうよね。
ほんのちょっと待ってれば帰るタイミング同じになりそうだったけど、自然な感じで声掛けるっていうのもムリだしナシだな。
でも、大学に戻って初めてちょっとだけ会話できたかも。
これまで話したのって、「ここ空いてますか?」「どうぞ」くらいだもん。
友達とか仲間じゃなくていいから、ちょっと挨拶したり課題やテストのこととか気軽に聞いたりできたらなって。
幹ちゃんたちと仲良くなったきっかけってなんだったっけ?
最初は入江くんと結婚してるのも内緒にしてたんだよね。
ファンクラブとか言うし、入江くんの素晴らしさを熱く語られてどうしようかと思ったよ。
自分の家を張り込むハメになって、松本姉が奥さんだって勘違いされてショックだったな。
忘れていたようなことまで思い出しているうちに、いつの間にかもう駅に着きそう。
やっぱり後ろから足音は聞こえてこなかった。
ちょっとだけ、もしかしたら追いついてくるかもって思ったけど...
大学に遊びに来てるわけじゃない。
一人で行動してるのはあたしだけじゃない。
あたしがいまここにいることがキセキなのに、
ちょっぴりさみしいなんてゼイタクだ。
「琴子!」
え?入江くんの声じゃない。
誰?辺りを見回す。
「琴子、こっち!」
さっきより大きな声がした。
「幹ちゃん!」
少し先の交差点の反対側に大きく手を振る幹ちゃんがいた。
気が付くと駆け出していた。
幹ちゃんも腕を振って走っていた。
「琴子!」
「幹ちゃん!」
「元気そうで良かった。」
「幹ちゃんも。いまね、幹ちゃんたちのこと思い出してたの。」
「ほんとに?ごめんね。なかなかセッティングできなくて。」
「ううん。仕事大変だもん。あたしもバタバタしてたし。」
あれから何度かメールのやり取りはしたけれど、具体的に会う日は決まってなかった。
言えないことがあるあたしに、記憶喪失だったことを知ってしまった啓太、病気だったことは知っている幹ちゃんたち―
忙しさを言い訳にして、会いたいねとは言いながら、自分からは言い出さず誰かが決めるのを待っていたのかもしれない。
「琴子、ゴールデンウィークは?」
「4月中と月曜日の祝日は授業あるけど、夜はいつでも都合合わせられると思う。」
「わかった。休みなら昼飲みでもいいわね。」
「うん。大丈夫。」
「仕事じゃなかったら、ちょっとお茶くらいしたいんだけど。」
「時間大丈夫?仕事頑張ってね。」
「ありがと。行ってくるわ。日程決めて連絡する。」
「うん。楽しみにしてる。」
バイバイと手を振って、幹ちゃんは病院へ、あたしは駅へと向かう。
楽しみにしてる...心からそう言えたことがうれしかった。
~To be continued~