列で待っていたあいつの友達のところに行く。
俺の顔を見るなり、あいつの友達は酸欠の魚みたいに口をパクパクさせて驚いていた。
「お友達、見つかったと?心配したとよ。」
人の良さそうな店員が、すぐに2階席の6人掛けのテーブルに案内してくれた。
「どうする、どうやって座る?」
あいつらがごちゃごちゃ言っているのは聞こえたが、俺はさっさと目の前の席に座った。
俺の隣りに渡辺が座り、俺の前にあいつが座って、友達もその隣りに続いた。
「おなか空いとっとやろ?何でもおいしかけん。しっかり食べんばよ。」
店員はニッコリと笑って、メニューを置いていった。
「入江、何にする?」
「俺はチャンポン。」
「じゃ、おれもそうしよう。」
「えっ?もう決めちゃったんだ...どうする?」
あっさりメニューを決めた俺たちに驚いて顔を見合わせるあいつら。
「いつもみたいに自分が食べたいものを頼んで、ちょっとずつ味見すればいいよね。」
一番しっかりしていそうな友達が言った。
「うん。そうしよう。チャンポンがいい人?...え?みんな皿うどんが食べたいの?」
困惑の表情を浮かべるあいつら。全員皿うどんが食べたいならそうすりゃいーじゃねーか。
「でも、ちゃんぽんも食べたいよね...どうする?」
「じゃんけんで負けた人がチャンポンとか?」
あいつが言った。小学生か?!皿うどんが食べたいんだろ?何でそこまでして、どっちも食べたいんだ?
「「うん。そうしよっ。」」
満面の笑みで同意する友達...類は友を呼ぶという言葉が浮かぶ。あいつとの遣り取りを思い出した。
「「「じゃんけん、ぽんっ」」」
一発であいつが負けた。喜ぶ友達。微妙な顔をするあいつ。
おもしれーっ。自分で言い出して負けてやんの。俺は笑いを堪えた。
「じゃあ、チャンポンが3つで、皿うどんが2つだね...あ、すみませーん。」
あいつの友達が通り掛かった店員を呼び、注文を済ませた。
「でも、ほんとよかった~ ここで会えなかったらどうしようって思ったよ。」
列で待っていた友達がホッとした顔をする。
「私も...お店の名前、憶えててホントよかった。」
相原さんは、逆に最悪の事態を想像してしまったのか少し青褪めていた。
「だよね。でも一番ラッキーだったのは、入江君たちもここで食事しようって思ってたことだよね。」
サトミっていう友達がおれたちに微笑む。
「ほんとほんと。琴子がお世話になりました。」
もう一人の友達がそう言って、二人揃って頭を下げた。慌てて相原さんも一緒に頭を下げる。
その仕草が本当に可愛くて、思わず微笑んで――
入江?...おまえ...もしかして??
つい相原さんを見てしまったおれの目に入ったのは、僅かに目を細めて相原さんを見つめる入江だった。
相原さんたちが顔を上げると、入江は素知らぬ顔で店内をぼんやりと眺めた。
「いや。別におれたちは何も。」
お礼を言われて何も言わないのもおかしいと思い、曖昧に答える。
「いやー、何もって...普通、なかなかここまで親切な人いないでしょー。」
「そうそう。写真だって撮ってくれたし...よかったね、琴子。渡辺さんが見つけてくれて。」
いつの間にかおれが相原さんを見つけたことになってしまった。
「い、いや...うっ。」
相原さんが入江に助けを求めたことを説明しようとした途端、入江に思いきり足を踏まれた。
横目で入江を見る。入江はしれっとした顔をしながらも、余計なことは言うなという無言の圧力を掛けてくる。
「う、うん。そうなの。」
なぜか相原さんも話を合わせてしまった。なんでだ?隠す必要ないだろ?益々怪しい。
「A組にこんなにいい人がいるなんて知らなかった。」
「えっ?そんなにイメージ悪いかな?」
「なんか私達と話すとバカがうつるとか思ってそうっていうか。」
「バカがうつるって...そんなこと思わないよ。」
でも、入江なら言いそうな気もするな。
「実際、バカにされてるよ。阿蘇山で言われたじゃん。」
不機嫌な声でサトミって友達が言う。
「そうそう。火口のお湯が入浴剤が入ってるみたいなキレイな色で、湯気も出てたから、入ったら気持ち良さそうとか、お肌スベスベになりそうって言ってただけなのに、笑われたんだよね。」
相原さんが思い出したのかプリプリして言った。口尖らせちゃって...可愛いなぁ。
おっと、入江チェック...別にいつもの顔だな。さっきの見間違いかな?それとも見逃したか?!
「全然話したこともないのに、お湯の温度とか言われて、ほんとに入ったら火傷するって。」
もう一人の友達も悔しそうに言った。
「話したこともないのに?いきなりバカにされたんだ?」
他愛もないことを言ってただけなのに、嫌味な女子がいるんだなぁ。
「そうなの...まぁ、私達ほんとにバカだけどね。二日連続迷子になる子もいるし。」
サトミって子がいたずらっぽく笑った。
「二日連続?マジで??」
本気で驚いてしまう。
「もぉーっ。何で言っちゃうの?それに、昨日のは迷子じゃないもん!」
友達と一緒だと口調が余計に子どもっぽくなるんだな。
じゃないもん!の『もん』は、入江もキタんじゃないのか?そっと入江の様子を窺う。
う~ん。表情が乏しすぎて、よくわからない...それともおれとツボが違うのか?
「お待たせしました~」
美味そうな皿うどんとちゃんぽんが運ばれて来た。
「いただきま~す。」
腹ペコだったおれ達は、すぐに思い思いに食べ始めた。
相原さんたちは、入江がいるのが恥ずかしいのか食べにくそうだ。
入江はそんな気持ちを知ってか知らずか、一切相原さんたちに目をくれることはなかった。
「美味しいね。」
相原さんと友達は口々に言いながら、皿うどんとちゃんぽんを交換して味見を始めた。
これから何所にいくつもりだかとか、テレビで見た梅月堂のシースクリームが美味しそうだったとか、話をしながら食べた。女子とこんな風に一緒に食べるのは初めてだったけれど、なかなか楽しかった。
入江に話し掛けようか迷っていた相原さんの友達も、結局ずっとおれに話してばかりだった。
入江は自分から話に入ってくることもなく、がっつくでもなく、黙々と食べていた。
相席って言ってたけど、あれは自分は話す気はないっていう意思表示だったのか...
「入江くん、おいしい?」
相原さんが一人で食べてるみたいな入江が気になったのか、心配そうに聞いた。
「...ああ。」
入江が器から顔を上げて言った。
「よかった。」
相原さんが本当にうれしそうに笑った。
~To be continued~