Please Don't Stop The Rain 前編 | φ ~ぴろりおのブログ~

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イタズラなKiss&惡作劇之吻の二次小説を書いています。楽しんでいただけると、うれしいです♪ 

毎年、新人ナースが配属されるこの季節になると琴子は少し情緒不安定になる。

外科に配属された新人から伝え聞くのか、いつの間にか俺の周りは騒がしくなる。俺が既婚者だと知ると、

好奇心なのかわざわざ琴子の病棟まで出向き、俺の妻である琴子を容赦ない視線で値踏みするナース達。

何とか視線に耐えている琴子に聞こえるように、嫌味たらしく琴子を傷つける言葉を口にする者も少なからずいる。

俺にはその思考回路がまったく理解できないが、なかには琴子だったらチャンスがあるとばかりに、既婚者の俺に

あからさまなモーションを掛けてくる恥知らずもいる。自分の方が若くて魅力的だとでも思っているのだろう。

耳を塞いでいる琴子に漏れ聞こえてくる面白半分の噂...琴子は途端に不安に陥り揺れてしまう。


神経を使う手術が続き疲れ切っていた。術後管理もあり自分のオフィスで束の間の休息をとっている時だった。

ノックの音がして準夜勤を終えた琴子が入ってきた。

「よかった。入江くん、休憩?ちょっと顔見て帰りたかったんだ。」

言葉とは裏腹に俺を見つけても駆け寄っても来ないし、笑顔も冴えない。何か気になることがある証拠だ。

「どうした?何かあったのか?」

「...別に大したことじゃないから...入江くん疲れた顔してるし少しでも休んで。」

「なぁ、琴子。新しく入ったナースが気になるんだろ。毎年のことだろ。いい加減うまくやり過ごせよ。」

「...そんなこと言ったって、聞きたくないのにいろんな話が耳に入るし、信じてても気になるよ。」

「信じてないから気になるんだろ。これまでだって俺が相手にしたことあるか。何でそんなに不安になるんだ。」

「信じてるよ。信じてるもん。でも...」

「本当に信じてたら、でもなんて言う訳ない。お前は結局俺のこと信じてないんだよ。遅くなるから早く帰れ。少し寝る。」

「入江くん...」


もともと時間を合わせてオフィスで逢う約束でもしなければ何日もすれ違う勤務シフトだった。

容態の思わしくない患者を抱えていたこともあり、琴子を追い返してから話もできないまま、もう6日が経っていた。

カンファレンスルームに向かっていると桔梗に呼び止められた。いつも何かあると盾となり琴子を庇ってくれる桔梗。

「入江先生。いくら毎年のことだと言っても辛いと思いますよ。」

「俺が相手にしてないんだから不安になる必要なんてないだろ。琴子はもっと自信を持って堂々としてればいいんだよ。」

「琴子が一番辛いのは傷付けられることじゃありません。琴子を選んだことで入江先生が侮辱されることです。

入江先生は完璧なのに自分が失敗ばかりで至らないから入江先生まで馬鹿にされちゃうって...泣いてました。」

「...そうか。」

「入江先生。早く仲直りしてくださいね。あの子、ご飯もろくに食べないし...もう限界だと思います。」


琴子の顔が見たい。声が聞きたい。自分でもどうしようもない程琴子を欲していた。俺だって限界だ。

今日こそ琴子とちゃんと話そう。そう思っていたのに...食堂で遅い昼食を取っていると西垣先生が隣りに座ってきた。

「聞いたよ。琴子ちゃんとケンカしてるんだって。だから琴子ちゃん、最近顔見せなかったのか。おまえも機嫌悪いし。」

「別にケンカなんてしてません。」

「琴子ちゃんのことは心配しなくていいよ。僕がちゃ~んと優し~く慰めておくから。」

「結構です。余計なことしないで下さい。」

「おー怖っ。そろそろ限界なんだろ。イライラもMAX。仕事に没頭して考えないようにしてるだろ。眉間に皺寄ってるよ。」

「眉間の皺はあなたの所為です。何で俺がイライラしなくちゃならないんですか。

琴子がいようがいまいが俺には何の関係ありません。仕事に没頭してるのは邪魔されずに済んで集中できるからです。

これからもこの距離感を保って欲しいくらいですよ。あんなに纏わりつかれちゃ鬱陶しくて堪らない。」

西垣先生にだけ言ったつもりだったのに、後ろから急に声がした。

「入江センセー、奥さんのこと愛してないみたい。」

「ほんとほんと。かわいそーっ。」

可哀想だなんて思ってないだろ。どう考えても面白がってる。わざとらしい...この耳障りな声には聞き覚えがある。

きっと恥知らずなヤツらだ。調子に乗るな。お前らに関係ないだろ。冷たい目を向けようと振り向く。

ニヤニヤと下品な笑いを浮かべるナースのすぐ傍に、大きな瞳を潤ませ必死に涙を堪えている琴子が立っていた。

手にしたトレーをすぐ横のテーブルに置くと琴子は食堂の外へ逃げるように走り去って行った。

桔梗が俺を一瞥して琴子を追いかけて行った。近くのテーブルにいた者は目を逸らす。同心円上に広がるざわめき。

「追いかけなくていいのか。」

「別に。ほっとけばいいんですよ。」

あんなことを言った手前、すぐに追いかけることができなかった。俺は残りの食事をただ咀嚼し流し込んだ。


あんなこと言うつもりじゃなかったのに...

琴子にいつもちょっかいをかける西垣先生に図星を指されたことが腹立たしかった。

琴子に会いたくてジリジリとした焦燥感を感じている自分にも腹が立った。俺をこんな気持ちにさせる琴子にも...

自分をごまかすために...いつも通りの平静さを装うために...心にもない言葉が口を衝いて出た。

琴子はきっと俺と一緒に食べようとして...あいつだって仲直りをしようと思っていたはずなのに。

琴子に聞かれるなんて...あいつの泣き顔と走り去る後姿が頭にこびり付いて離れない。


~To be continued~