今日は、クリスマス・イブ。入江くんも当直じゃないから、急患とかがなければ一緒に過ごせるはず。
そう思っていたのに...
「入江さん。いま小児科から連絡があって、夜勤に就くはずの看護師が急病で来れなくなったらしくて、
応援要請が来てるんだけどお願いできないかしら?」
「...わかりました。」
「クリスマス・イブなのに悪いわね。入江先生にも謝っといてね。」
「そんな...仕事ですから。」
...仕方ない。子どももいないし、旦那さまは同じ病院のドクターだ。頼まれたら...断れない。
入江くんにメール入れとかなくちゃ。お母さんにも電話して...ご馳走作って待ってるのに...申し訳ないな...
「あれっ?入江くん?」
「どうした。お前も応援か?」
「うん。夜勤の看護師が急病で来れなくなったって。」
「そうか。俺もさっき呼ばれたばかりだ。手術が必要な急患が二人いて、人手が足りないらしい。」
「この時期の小児科は、患者さん多いもんね。」
それからは、本当に目の回る忙しさだった。今年は、ノロウィルスによる急性胃腸炎の患者も多かった。
嘔吐と下痢で脱水状態を起こしている患者には点滴治療が必要だった。
あんなに小さな手の細い血管に、一回で針を上手く刺せる自信はなかったし、小児科の看護師も暴れる子どもに
点滴を打つのは本当に苦労していた。暴れないよう押さえつける役目をするのは、仕事とはいえ胸が痛かった。
少し患者が落ち着き、仮眠をとるように勧められた。琴子は、まだ休めないのだろうか...目で探す...いた...
待合室で琴子が小さな子をあやしていた。子どもと目線を合わせるようにしゃがみこんで、何がおかしいのか
子どもと一緒になって笑っていた。思わず、その笑顔に見とれてしまう。いい顔するんだよな...子どもといると。
「ありがとうございました。助かりました。」
母親が診察室から赤ちゃんを抱いて出てきた。
「いいえ。たっくん、また遊ぼうね~」
「お姉ちゃん、ばいばーい。」
「ばいばーい...あっ、入江くーん。これから仮眠?私も仮眠とっていいって言われてたんだけど、
さっきのお母さんが赤ちゃんを受診させるのに、たっくんがぐずって困ってたから、一緒に待ってたんだ。」
「そうか。俺はこれからオフィスに行くけど、お前も来るだろ。」
「うん。じゃあ、もらった差し入れがあるから取って来る。先に行ってて。飲み物はコーヒーでいいの?」
「あぁ。俺も差し入れもらってるから、一緒に食おうぜ。冷めるから早く来いよ。」
「わかった。すぐ行く。」
「あーっ、チキンだぁ。クリスマスってカンジする。私もね、サンドイッチとケーキもらったの。」
「腹減った。食おうぜ。」
「うん。食べよう。」
ソファに二人並んで座り、チキンに手を伸ばす。
「結構上手いな。腹減ってるからかな。」
「ううん。まだ温かいし、ほんとに美味しいよ。なんか、あの時を思い出すな。」
「...あれだろ。お前が女の友情を取って、パーティに来なかった時。」
「そう。よくわかったね。」
「お前の思いつくことくらい、すぐわかるさ。」
「ふふっ。入江くんは、私のこと、何でもお見通しだもんね。」
「まぁ、お前ほど単純だったら、大概のヤツはわかると思うけどな。」
「もうーっ。そんな意地悪ばっか言って、ほんとはやさしいくせに。」
「ははっ。なんだそれっ。」
「だって、あの時だって、私のために帰って来てくれたんでしょ。チビのためとか言っちゃって。
ケーキも入江くんの好きなイチゴじゃなくて、私の好きなチョコだったし。イチゴは売り切れてたって言ってたよね。
...チビとふたりぼっちだったから、入江くんが帰って来てくれた時、ほんとうにうれしかったんだぁ。」
そうだな...お前は本当にうれしそうだった。お前の笑顔が見られて、俺もうれしかったけどな。
「お前、チビと踊ってたもんな。びっくりしたよ。」
「ほんとはドレスを着て、タキシード姿の入江くんと踊りたかったよ。入江くん、見とれちゃうくらいカッコよかったし。
でも、入江くんが帰って来てくれたから...入江くんと一緒に過ごせれば、それだけで最高のクリスマスだよ。」
「こんなオフィスでも?」
「もちろんだよ。応援頼まれた時点で、もう一緒にイブを過ごすなんて諦めてたから、イブは過ぎちゃったけど
いま入江くんと一緒に過ごせて、ほんとにしあわせ。クリスマスプレゼントもらっちゃったぁってカンジ。」
「琴子...」
愛しくてたまらない...肩を抱き寄せ、隣りに座る琴子の顔を覗き込むようにして、キスをする。
軽く触れるだけのつもりだったのに、琴子の柔らかい口唇に触れた瞬間、スイッチが入る。
ソファの背もたれに琴子を押さえ付けるようにして、深く口付ける。
ゆっくりとくわえるようにして、何度も琴子の口唇を味わう。
あーんっ、だめだよぉ..入江くん..だめぇ..途切れ途切れに零れ落ちる琴子の吐息交じりの甘い声...
お前、逆効果だろ...理性まで蕩けそうになる...何とか自制して琴子から唇を離す。
「もう...入江くんたら...戻らないといけないのに。」
「俺も琴子からクリスマスプレゼントもらおうと思って...ダメだったか。」
「ダメじゃないけど...戻れなくなっちゃう。」
頬を赤く染めてそう言う琴子が可愛くて...また抱き締めたくなる気持ちを抑える。
「ケーキどうするんだ?食べなくていいのか?」
「食べるよっ。あっ、小さいけどホールケーキなのに、ナイフが...」
「よしっ。下からだ。」
あの時と同じセリフ。琴子の笑顔が溢れる。
「うんっ。入江くん、大好きだからね。」
「知ってるよ。」
...クリスマスだけじゃない...ただ通り過ぎて行くだけだった代わり映えしない毎日も...
お前がいれば...笑顔で彩られ、幸せに溢れた、最高な日々に変わる。
お前さえいれば...俺の人生は完璧だ。
琴子、俺も大好きだよ。
ケーキにくっつきすぎて、生クリームをつけている琴子のちょこんとした鼻に、クリームより甘いキスをした。
~See You Next Time~