「あっ、結城先輩。土曜日はすみませんでした。ご馳走になったうえに、私ったら、とんだ醜態を...」
「別に気にしてないよ。楽しかったし。迎えに来たのは、入江の弟さん?入江と同居してるんだってね。驚いたよ。」
「そうなんです。いろいろと事情がありまして...話すと長くなるんですけど。」
「あっ、入江。」
「えっ?入江くん、どうしたの?珍しいね。」
「別に...俺が練習出ちゃ悪いのかよ。」
「そんなことないよ。うれしいよ。」
「入江君、はじめましてじゃないよな...どう?クラブでは初顔合わせってことで、お手合わせ願えないかな?」
「...俺は別にいいですけど。」
「じゃあ、決まり。部長に試合するって言って来るよ。審判頼まなきゃな。じゃあ、後で。」
「入江くん、久しぶりに出てきたのに、いきなり試合って...大丈夫?」
「何とかなるだろ。」
「頑張ってね。応援してる。」
「ノーアド※でいいよな。」※ノーアドバンテージ方式=40-40になった時にデュースではなく、次のポイントを取った方が勝ちになる。
「いいですよ。」
「フィッチ」...結城がラケットを回す。
「スムース(表)」...ラケットが倒れる。裏だ。
「じゃ、おれはサーブで。」
「俺は、こっちのコートにします。」
『ファーストセットマッチ プレイ』 『結城サーブ 0(ラブ)オール』
「ふんっ」
スパーン スパーン ビシッ
『15-0』
結城先輩の速くて強いサーブ。入江くんが打ち返したボールはアウトになった。
...ノータッチエース狙いのスライスサーブか。ふーん。なかなかヤルじゃん。
「ふんっ」
スパーン スパーン ビシッ
『15オール』
今度は入江くんがコーナーギリギリにリターンエースを決める。か、かっこいいーっ。
...なるほどね。VIP待遇はダテじゃないわけだ。
1ゲーム目は、結城先輩がとった。2ゲーム目は、入江くんのサービスゲームだ。
「はっ」
スパーン ビシッ
『15-0』
背の高い入江くんが、高い打点から繰り出す超高速サーブでノータッチエースをとった。
「はっ」
スパーン スパーン パーン ビシッ
『30-0』
入江くんがサーブを打ってネットに詰め、ボレーを決めた。
入江くん、すごい...女の子の声援もすごいな..結城先輩、ちょっと可哀想かも..いつもお世話になってるし..
「結城先輩、頑張ってーっ。」
あいつが琴子を見て微笑む。何だよ、琴子のヤツ...応援してるって言ったくせに...くそっ。
「はっ」
スパーン ビシッ
『フォルト』
...力が入りすぎた...
「はっ」
ラリーが続く。最初は、部員だけが観戦していた。それがすぐに大声援の中での試合に変わった。
結城先輩も入江くんもサービスゲームをキープしていた。ゲームカウントは、4-4。
結城先輩のサービスゲーム。入江くんがリスク覚悟でリターンエースを狙い、
それにサーブを乱された結城先輩がダブルフォルトを犯し、入江くんがサービスブレイクをした。
入江くんのサービスゲーム。このゲームを入江くんがキープできれば、入江くんの勝ちだ。
ラリーの応酬。聞こえるのは、入江くんと結城先輩の声。ラケットが風をきる。打ち返されコートで弾むボールの音。
息詰まる熱戦に、誰もが声を出すことを忘れてしまったかのようだった。
「はっ」
入江くんの額には汗が光っていた。肩で息をしてる。頑張って入江くん。
スパーン ビシッ
『40-30』
入江くんがツイストサーブでサービスエースを決めた。次のポイントをとれば、入江くんの勝ちだ。
「はっ」
スパーン パーン スパーン パーン スパーン スパーン ビシッ
『40オール』
結城先輩は、疲れの見える入江くんを左右に揺さぶり、最後はストレートで抜いた。先輩の意地を見せる。
ノーアドバンテージだから、次のポイントを取った方がこのゲームに勝つ。
入江くんなら、入江くんの勝利で試合終了。結城先輩が取ったら、ゲームカウントは5-5。まだまだ試合は続く。
お願い。お願いです、神さま。入江くんを勝たせてください。
「はっ」
スパーン スパーン パーン パーン...ラリーが続く...入江くん、勝って!!
スパーン ビシッ
入江くんのスマッシュが決まった。入江くんが勝った。思わず手を叩いて飛び跳ねてしまう。
『セット マッチウォンバイ入江 ゲームカウント6-4』
コートの中央で握手を交わす。
「今日は君に譲ったけど、今度はそうはいかないからな。試合も琴子ちゃんも。」
「試合はどうかわかりませんけど、琴子は無理じゃないですか。アイツ、俺しか見えてませんから。
それに、酒飲ませてどうするつもりか知りませんけど、琴子、一応未成年ですから。もうやめてくださいね。」
結城の顔色が変わった...知るかよ。本当のことを言ったまでだ。
...あいつに声援を送る琴子にムッとした。でも、ときどき、目の端に映る琴子は、ひたすら俺を応援していた。
『入江くん、勝って!!』
静まり返ったコート。最後のショットを打つ瞬間、琴子の声が聞こえた気がした。
アイツは、いま飛び跳ねて喜んでいる。もうすぐ走ってくるはずだ。まっすぐに、俺のところへ...
~To be continued~