なんだか最近の裕樹くんはヘンだ。ミョーに私にからんで来る。
...私のために、裕樹くんが入江くんに怒ってくれた日。入江くんと裕樹くんが初めてケンカした日。
あの日から、どことなく違う気がする。それを最初に意識したのはあの時...
「さっき、俺にもドキドキしたぁ?」
「...しないよっ。」
「ほんとに?」
「ほんとにっ。」
「うそつき。」
「うそじゃないっ。」
「ちぇっ。つまんねーの。」
ほんとは裕樹くんが言った通り。うそつき...そう...すごくドキドキしてた...どうしようと思うくらい...
近づいてきた顔も表情も、一目惚れしたあの頃の入江くんにそっくりだった。
違う、違う。入江くんじゃない。裕樹くんだよって自分に言い聞かせても、胸の鼓動は収まらなかった。
制服を着てる裕樹くんと一緒にいると、どうしても高校時代に戻ったような錯覚に陥ってしまう。
いつも通り混雑した電車...乗車する人の波に押されて、反対側のドアに押し付けられた。
駅員さんが最後に乗った人たちを、扉を閉めるために押しているのだろう。さらに体重がかかってきた。
苦しい..顔が歪む..すぐそばにいた裕樹くんが両手をドアについて、私が楽に立てるスペースを確保してくれた。
「大丈夫だよ。裕樹くん、しんどくない?」
「オレ?全然平気。」
どんなに押されても、私が苦しくないように守ってくれていた...目を上げると、すぐ近くに裕樹くんの顔がある。
恋人同士がこうやって電車に乗っているのを見たことがある。なんだか恥かしくて、顔があげられなかった。
「オレ降りるけど、平気か?」
「うん、あと2駅だし、大丈夫。ありがとね。」
「じゃあな、琴子。」
にっこり笑って降りていく裕樹くん。入江くんにそっくりだけど、入江くんはあんな風に屈託なく笑うことはない。
そこは違うな。入江くんと違うところを見つけて、なぜだかほっとした。
それからも、大丈夫って言っても、電車で私が押し潰されそうになると、裕樹くんは私を守るようにして立ってくれた。
それだけじゃない。口では意地悪を言っていても、さりげなく重い荷物を持ってくれたり、車道側を歩いてくれたり...
裕樹くんはやさしかった。イヤなわけじゃない。迷惑なわけじゃない。でも、そのやさしさに戸惑ってしまう。
はじめて高校の入学式で入江くんを見たときの衝撃は、いまも忘れられない。一瞬で、恋に墜ちた。
話すことなんて夢のまた夢で、ひと目見れただけで一日が幸せだった。あの頃の入江くんにそっくりな裕樹くん。
裕樹くんにやさしくされてドキドキしてしまう自分を、私は持て余していた。
もう一つ、私のココロを重くしていることがあった。結城先輩のことだ...
入江くんに「いちゃいちゃ練習してる」って言われて、そんなことないって思ったけど、
クラブの時間外に二人っきりで練習してるのは、やっぱりおかしいのかなと思い始めた。
私は球拾いばかりだったし、みんなの足手まといで、まともな練習さえできてなかったから、教えてもらえるのが
うれしくて、上手くなったら入江くんとテニスができるかもしれないっていう夢にほんの少し近づいた気がして、
他の人がどう思うかとか、そんなことはちっとも考えてなかった...そう言われたら、おかしいのかも。
なにより入江くんに嫌われたくなかったし、もう結城先輩と二人で練習するのはやめよう。そう決めた。
でも、いざ結城先輩をみると、「いままでありがとうございました。もう練習はいいです。」とは言えなかった。
結城先輩は、ほんとうに親切で、丁寧にやさしく教えてくれた。藤堂先輩※みたいだった。※エースをねらえ!登場人物
結城先輩は、これからも教えてくれる気だった。やめますとも言えず、だからと言って練習を続けることもできない。
私は、クラブの練習時間ギリギリにテニスコートに行き、結城先輩が他の先輩と話している隙に帰ったりした。
お世話になった先輩に対して、こそこそしている自分が情けなかった。
やっぱりちゃんと言おう。そう決心して、クラブが始まる時間より随分早くテニスコートに行った。結城先輩を待った。
私を見つけた結城先輩は、にっこり笑って駆け寄ってきた。
「琴子ちゃん、やっと練習再開する気になった?」
「あの、そのことで...」
「何?」
「結城先輩には、やさしく教えてもらって本当に感謝してます。こんなこと言うのは、申し訳ないんですけど...」
「ストップ。」
「えっ?」
「わかってるよ。言わなくていいよ。もう練習できなくなったんだろ?入江に何か言われた?」
「いやっ。べ、べつに、そんなんじゃ...」
「想像つくよ...入江と付き合ってるの?」
「ち、違います。と、とんでもないですっ。」
「そう...あのさ、一つお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「何ですか?」
「スィーツパラダイスって知ってる?」
「もちろん。」
「おれ、実は甘党でさぁ。1回でいいから行ってみたいんだけど、付き合ってくれるヤツがいなくてさ。
琴子ちゃんさえよければ、1回一緒に行ってくれないかな?もちろん友達も一緒でいいからさ。」
「そんなんで許してくれるんですか?」
「はははは。許すとか、そういうんじゃないけど...どうかな?」
「じゃあ、友達も誘ってみます。先輩の都合のいい日教えてくださいね。」
「うん。わかった。じゃあ、メアド教えてくれるかな?」
「はい。」
...よかったぁ...こんなことなら、もっとはやく、ちゃんと言えばよかった...悪いことしちゃった...
じんこか理美についてきてもらおう...ほんと結城先輩ってやさしいな...
~To be continued~