「ただいま。」
「ただいま~」
「あら、お兄ちゃん。琴子ちゃんと一緒だったの。よかったわ~ 仲直りしたのね。」
「そんなんじゃないよ。」
「ふーん。まぁ、いいわ。ケーキ焼いたの。食べる?琴子ちゃんも食べるでしょ。」
「はーい。食べま~す。」
「俺は少しでいい。琴子、コーヒー淹れてくれよ。」
「あっ。うん。すぐ淹れてくる。待っててね。」
「慌てなくていいからな。お前、火傷するだろ。」
「うん。わかった。」
「ふふふ。よかったわね、琴子ちゃん。」
リビングで、琴子とオフクロは楽しそうに話し続けていた。
俺は、二人の会話を聞き流しながら、昨日買ってきた専門書を読んでいた。
昨日の方がよっほど静かだったのに、今日の方が遥かに集中できた。本の中に入り込む感覚...
その快感ともいえる俺の時間を壊したのは、昨日までとは違う裕樹だった。
「へぇ。仲直りしたんだ...琴子、あんなこと言われて、もう許すのかよ。だから、兄貴になめられるんだよ。」
いつの間にかリビングに入ってきた裕樹は、琴子にそう言った。
「何言ってんだ、お前。」
「オレは、別に兄貴に話してない。琴子と話してる。」
「何だと。」
「やめて。ケンカしないで。」
「琴子に、兄貴になめられるって言ったから怒ってんの?ほんとのことだろ。兄貴は琴子をなめてる。」
「お前にそんなこと言われる筋合いはない。」
「お願い!やめて!裕樹くん、もういいの。気にしてくれて、ありがと。」
「よくないよ。どうせ兄貴のことだから、謝ったワケじゃないんだろ。」
「お前、いったい何なんだ。」
「何なんだは、こっちのセリフだよ。」
「裕樹くん、お願い。ほんとにもういいから。」
琴子が泣きそうな顔で、裕樹の腕に縋るようにして言った。
「わかったよ。琴子がいいなら、もう言わないよ。オレ、課題あるから。」
そう言うと、裕樹は2階に駆け上がって行った。琴子が後を追う。
「兄貴」...俺のことをそう呼ぶ裕樹...俺に突っかかる裕樹とは思えない裕樹...
裕樹の腕に縋りついていた泣きそうな顔の琴子...裕樹を追いかけた心配そうな顔の琴子...
さっきまで、あんなに気持ちよく読み進んでいたのに...裕樹と琴子の顔が代わる代わるチラつく。
目は文字を追っているはずなのに、頭に入ってこない...ページをめくる手は、ほとんど途絶えがちになった。
トントンッ
「......」
「私...琴子。」
「...入れよ。」
ガチャ
「裕樹くん、ごめんね。」
「なんでお前が謝るんだよ。違うだろ。」
「ありがと。裕樹くんは、ほんとにやさしいね。」
「別に、やさしくなんかないよ...ただ、昨日のアレはひどいだろ。オレ、階段で聞いちゃったんだよ。」
「...そっかぁ。ひどい..よね。悔しかったし、悲しかった。昨夜ずっと泣いちゃったもん。」
「だろ?じゃあ、なんで許したんだよ。」
「怒ってたんだよ。今朝だって怒ってたんだけど、具合が悪そうって聞いたら、心配でたまらなくなるの。
怒ってるってわからせたくても、話しかけてくれたら、うれしいの。返事したくなっちゃうの。
無視しようと思っても、できない。目が勝手に入江くんを見ちゃうんだもん。」
「...何だよ、それ...」
「ふふっ。おかしいよね。でも、そうなんだ...それにね、謝ってくれたんだよ。」
「兄貴が?」
「普通に謝るのとは、ちょっと違うんだけどね。でも、謝ってくれたって思ってる。」
「ウソだろ?信じられない。何て謝ったんだよ。」
「...ナイショ。」
「ナイショ?いいだろ。教えろよ。」
「ごめんね。裕樹くんにも言えない...私だけの宝物にしたいの。」
「ったく...あんなに泣いてたのに...ノロケかよ。わかったよ。もう課題やるから、出てってくれよ。」
「うん。邪魔してごめんね。ほんとにありがとう。裕樹くんが私のために怒ってくれて、うれしかったよ。」
バタンッ
...何だよ...心配したオレがバカみたいじゃんかよぉ...バカみたい...
あれっ...ヘンだな...なんで...涙が...くそっ...うっ...くっ...
~To be continued~