すっかり暗くなってから、家に戻った。
オフクロの料理が、テーブルの上に所狭しと並べられ、食べてくれる人を待っていた。
おじさんは休みの日しか夕食を食べないし、オヤジもこの時間にはまだ帰って来ない...琴子がいなかった。
「お兄ちゃん、また琴子ちゃん、いじめたんでしょう。」
「別にいじめてなんか。」
「ウソおっしゃい。琴子ちゃんが部屋に閉じこもって、ご飯食べたくないなんて...お兄ちゃんしか考えられない。」
「......」
琴子がいないと食卓は途端に静かになる。いつもなら何とか盛り上げようとする裕樹も、今日は何も話さない。
「ごちそうさま。」
よく味もわからないまま、食事を掻き込み、そそくさと部屋に戻った。
「琴子、何怒ってんだろうね。あいつがいないと、ほんとに静かでせいせいするよ。ねぇ、お兄ちゃん。」
いつもなら、そう言って話しかけてくるはずの裕樹も、ベッドに入る時間の直前まで部屋に戻って来なかった。
ベッドのヘッドレストにもたれて、相変わらず今日買ってきた本を手にしていた。
いつもならもう読み終わっている。随分長い間ページをめくる手は止まっていた。諦めてナイトスタンドを消した。
横になってしばらくすると、裕樹の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん。明日になったら、琴子出てくるかな。」
「...出てくるだろ。あいつだって、ずっとメシ食わないワケにいかないだろうし、大学だってあるんだから。」
「...お兄ちゃん、琴子と仲直りする?」
「別にあいつとケンカした覚えはないよ。」
「うそだよ。僕、階段で、全部聞いちゃったんだ。」
「...立ち聞きはよくないぞ。」
「ごめんなさい...でも、今日は琴子悪くなかったよ。」
「......」
「好きな人にあんなこと言われたら、悲しいよ。」
「好きな人って...なぁに、生意気言ってんだ。」
「琴子は、お兄ちゃんが好きだよ。知ってるでしょ。」
「...もう寝るぞ。」
「お兄ちゃんは、琴子が好きじゃないの。」
「裕樹、ほんとに寝るぞ。」
「ちゃんと答えて。」
「...別に好きじゃない。ほら答えたぞ。寝るからな。」
「...好きじゃないんだ。」
「そうだ...どうしたんだ、裕樹。ヘンだぞ。」
「ほんとうに、好きじゃないんだね。」
「しつこいぞ。もう話は終わりだ。おやすみ。」
「...わかった。おやすみなさい。」
夢を見た。寝る前に裕樹と話したからだろうか...裕樹が出てきた。
「お兄ちゃん、僕は何度も聞いたからね。後悔しても...もう遅いよ。」
「何ワケわかんないこと言ってんだよ。」
「僕はちゃんと聞いたんだ。なのに、お兄ちゃんが...」
「だから、何言ってんだよ。」
「もうダメだからね。いくら後悔しても...もうダメだから...」
「おいっ。裕樹。裕樹。」
闇の中に裕樹が溶けていった...俺はまた、眠りの底に堕ちていった。
ピピピピッ ピピピピッ
目覚まし時計の電子音がやけに頭に響く。おかしな夢を見たせいだ。
今日は1限から講義だ。急いで支度をして、1階に下りる。
...琴子は今日、何限から講義なんだろう...もう起きてるのか...まだ怒ってるよな...
「おはよう。」
そう言ったまま、俺はバカみたいに立ち尽くしていた。その場から動くことができなかった。
~To be continued~