
春まで住んでいたマンションを、久しぶりに訪れてみた。いつもは、郵便物など簡単なチェックのみだったから、1ヶ月ぶりくらいだろうか?
今暮らしているマンションは、クローゼットが少し狭い。無理をせず衣替えをしよう。そんな気持ちになり、夏服を持って、懐かしさの残る部屋に持ち込んだ。
ドアを開けた瞬間から、なんとなく部屋が臭う。
24時間換気システムなのだから、もっと空気がいいはず?
秋晴れの昨日、空気がカラッとしていて爽やかだったので、部屋の窓を全て開けて外の空気を入れることにした。
息子が浪人生の時は、私はいつも心が重たかった。だから、部屋にただ帰るだけ。息子と簡単な食事しか取らなかったし、二人で部屋でのんびり……なんてことはほとんどなかった。
いつかは二人でこの部屋を出るだろう。
そんな覚悟からか、フィルターなどの掃除もかなり怠っていた。
空気が悪いのは、掃除をサボったからか?
フィルターを外して洗ってみたが、流れ出る黒い液体を見て、部屋に申し訳なさを感じた。
空気をできるだけきれいにしたくて、あらゆる換気扇もつけてみた。すると、キッチンの換気扇は、おかしな音を立てながら回っている。
部屋というのは、人が住むことで生命を与えるのだろうか? まるで生き物のようだ。
20年間ずっと守ってきた部屋の老化の激しさに、驚かずにはいられなかった。人が暮らすことで、汚れていくように思えるが、実は人が部屋に命を吹き込むのだろう。
このまま放置していいのだろうか?
元夫が、いつか住むからという理由で、私に託されることはなかったマンションの一室。
私が離婚を切り出したのだから仕方がない。
かつて、人生の大ピンチの時は、ローンが払えないかもと悩み、部屋を売ろうと思ったこともあった。
ずっと住むからと、私は壁紙なども綺麗に使っていたから、年数の割に真っ白な壁紙を見て、業者の人に驚かれたこともあった。
いつも座っていたソファに腰をおろし、ぼーっと部屋を眺める。思い出そうとしなくても、息子が座っていたのが頭に浮かんできた。
高3生の3月、限界まで力を出し切ったが東大に合格できなかった。他の大学の用意もできず、息子は後期試験も合格できずに、浪人の道を受け入れるまでに時間がかかっていた。
あの時、体中のエネルギーを全て使い切ってしまい、起き上がれない様子だった。
そんな時間が、ソファを通して思い出された。
頭に浮かぶのは、いつもいつも必死で勉強する息子の姿。今が良ければそれでいいのだが、あの時どんなに息子は苦しかっただろう?
私は前に進むことばかり考え、振り返ることさえできなかった。静かな部屋の中で、息子の辛かった姿しか思い出せず、自然に目からは涙が溢れてきた。
不合格ばかりの思い出が多いが、何度一緒に泣いたことだろう?
小6、中3、高3、浪人……いつもうまくいかず、部屋の中で二人で苦しい結果を受け止めてきた。
この部屋で、息子は大きくなった。
私のお腹から外に出て、たくさん笑い、たくさん傷ついて、そしてこの家を出ていった。
そんな長い時間を考えているだけで、涙が止まらなくなって、自分が与えてきたもの、与えられてきたものを感じる時間となった。
思い出される息子は、いつも一生懸命。
勉強だけでなく、遊びも何もかも、いつも全力だった。
涙が止まらなくなったのでスマホを取り出し、息子にLINEでメッセージを送った。
「……一緒にいられて本当によかった」
息子と過ごした部屋には、思い出がたくさんある。
苦しかった思い出のほうが多い気もするが、だからこそ、幸せも強く感じられるもの。
全てはご縁あってのことだから、私がこの部屋にいるチャンスがなくなったのは、きっとそのほうがいいからなのだろう。
物事は、きっと自分の道に合うように流れている。
だから、無理に何かを変えようとせず、今は部屋の窓を開けながら、息子が宝物にしているピアノを守ってあげたい。
忙しい毎日の中で、たまには後ろを振り返るのもいい。
振り返ると、自分自身がどんなに豊かな人生を生きてきたのかが分かるからだ。喜びより悲しみを味わうことのほうが多かった、この部屋の中でさえ、私は多くのものを得られた気がする。
疲れたら、何もせず、思い出の場所に座って振り返ってみる。そうするだけでも豊かな気持ちになれるもの。
だからこそ、今この部屋に住めないことを嘆かず、私はそこで多くを得たことを数えていきたい。
そして、どこに住もうが、どんなに時が経とうが、私は息子の幸せを祈っていたい。
親にとって、我が子はいくつになっても大切で、親の愛は変わらないのだから。
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