
息子と東京駅で待ち合わせをし、天皇賞に行ってきた。府中競馬場に行ったのは、私は生まれて初めて。場内をよく知る息子の案内に、急ぎ足でついていきながら、競馬の空気を味わった。
息子が小さな頃、電車を使って出かけたことを思い出す。二人きりで出かける時は、疲れたといつぐずるか、具合が悪くならないか? と息子の体調をいつも気遣っていた。
でも今は、息子が電車の中で立ち続け、私が座っている。20年も経ったのだから、当たり前だけれど、息子の姿を見て、自分の歳を感じることがある。
二人でパドックの映像を見つめながら、息子の経験的なデータも合わせて、予想を立てた。1番、2番人気は、3位以内に入らないも?
パドックで何を見て、馬の調子がいいのかを当てるのか? など、息子からレクチャーを受けながら、二人であれこれ相談しながら馬券を買った。
「あれでは、17番、無理じゃない?」
そんなことを息子に語りかけてしまい、直前でやめてしまったが、もしそのままにしておいたら、私たちの馬券は420倍近い利益が出たようだ。悔しくてたまらないのも、競馬の面白さ。
息子は、自分のやり方で当てられなくて悔しそうだったが、17番の騎手が好きで、ゴール直前は大声で応援し、心から優勝を喜んでいた。結局、お金ではなく、人となりを見ているのだろう。馬と騎手との間にある関係を楽しんでいる。
おそらく、心からは競馬で利益を得たいとは思っておらず、好きな馬や騎手が思うように活躍できた瞬間を一緒に喜びたいのだという姿が伝わってきた。
私よりずっと競馬に詳しい息子は、競馬の世界にある馬と騎手との心の通わせ方にも詳しい。そんな話を聞きながら、息子が大事にしたいものを隣で感じることができた。
「競馬なんて、やめなさい」
我が子が夢中になったら、そんなことを言う人もいるかもしれない。
でも、なぜ好きなのか? その理由を聞いて、一度くらいは一緒に楽しんでみるのもいいものではないだろうか。
息子が好きなものに、久しぶりに囲まれて、私は息子が2歳の頃を思い出した。
当時、元夫と息子が、ショッピングモールでピアノの演奏を毎週のように聴きに行っていたからだ。あまりに楽しそうに行くので、私もついて行ったことがあった。
小さな息子の手が引っ張るほうへ、私はただついて行った。息子のほうが、その場の空気に慣れていた。2歳の子供が、母親の知らない世界を持っていることに、不思議な驚きを覚えた。
親は、自分のよく知る世界を居心地よく思う。
だからこそ、その世界に無意識に我が子を閉じ込めてしまうことがあるかもしれない。自分自身が踏み込んだことがない世界は、危険かもしれない。そんな親心は、不要な気がしてならない。
息子は、私の興味がないことに、いつも興味を示してきた。
お城が好きな時は、お城の壁を見て、感動したりもしていた。その姿を理解することはできなかったけれど、私の世界の外側に、息子はいつも関心を示したりしていた。
息子の世界の中に入ることで、私は多くのことを学び、その世界の素晴らしさを体験できたように思う。競馬の世界は、まさにその一つだ。息子があんなに競馬の世界にある心の通わせ方について話してくれなかったら、私は興味を示すことは一生なかっただろう。
息子との思い出を1枚残したくて、私は記念写真を撮った。
何度見ても、自分自身が老けたなぁ、と思ってしまう。隣にいた小さな赤ちゃんが、もう大人になっているのだから当たり前。それでも、私にはそんなに長い時間が過ぎたようには思えない。
写真の中の老いていく自分を見つめながら、息子の幸せを祈る。
受験勉強から解放された今、息子と一緒にしたかったことをできるだけするようにしている。それには、お金も、時間も、体力もかかる。
それでも、心が望むままに、私は今を過ごしている。
「次は、京都の競馬場に行きたいね!」
息子にそんなLINEを送った。
そんな時間を楽しみにしながら、また息子の帰りを待とうと思う。
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