息子の学校で毎年恒例の歩く会が行われた。
1日目は40キロを歩き、学校の中で寝袋を使って眠る。次の日の朝は、20キロを走る。食べ物、飲み物も自分が食べるだけを考えて持参する。学校からの食事提供はない。なかなか過酷な歩く会だ。
 
 
 
「受験生なんだし、今年は出るのをやめたら?」
何度も私は止めたが、息子は迷いながらも、体育の時間のランニングを休まず体力を整えていた。
 
 
 
本番直前の2日前……
軽い肉離れのような痛みに襲われる。
昔から手抜きができず、よく本場前に怪我をしたが、受験生の今、絶対に無理は禁物だ。
 
 
 
「無理だったら1日目でやめて、2日目は走らないから」
そう言いながら、息子は歩く会に向かった。
本当は学校行事が大好きだ。前日は、小さな子が遠足をワクワクしながら待つように、受験生なりに静かにではあるが、いつもとは違った空気で持ち物を用意していた。その空気から、楽しみにしている空気が伝わってきた。
 
 
 
歩く会では、クラス単位で列になって歩くが、昨年は前のクラスと大きな遅れを取り、息子のクラスは、夜間歩行で迷ってしまったようだ。前のクラスとの間隔を意識し、離れすぎないように実行委員がクラスに入るが、昨年はそれが機能していなかった。息子は、勝手にリーダーをし、何とか前のグループを見つけ出して、迷った状態を元に戻した。
 
 
 
今年は、予め夕方の疲れやすい時間に間隔があきすぎないように、息子は気を配った。クラス代表は、自分が歩くことで精一杯のようだったからだ。息子は、クラスの列全体を見て、前後を何度も移動しながら、安全管理をしていたようだ。中学時代の生徒会長の経験から、全体を見る癖がある。
 
 
 
「あいつって、いいやつだよな」
文化祭の時に息子をからかって嫌がらせをしたクラスメイトが、息子のことをそう話していたそうだ。皆が歩くので精一杯の中を、息子が何度も前後に動き回る姿に、何かを感じ取ってくれたのだろう。
 
 
 
息子は1日目でやめるつもりでいたから、1日くらいクラスのために働いてもいいと思っていたようだ。ところが、なぜか翌日は、軽い肉離れのはずだった足が、痛くなくなっていた。どう見ても、走れる状態だった。
 
 
 
息子は、心を決めて、20キロを走り出した。
ジョギングをするように、ずっと同じペースで走り続けたようだ。前を走るクラスメイトを抜かした時、
「あいつ、速くない?」
「あいつが速いんじゃないよ。俺らが遅いんだよ」
そんな会話が後ろから聞こえてきたそうだ。
 

 
黙って息子が走り続けていると、
「違うよ。あいつが速いんだよ」
その声は、文化祭準備で息子を仲間はずれにし、散々意地悪したクラスメイトだった。
 
 
 
「相手を非難する言葉や、打ち負かすことをせずに、黙って自分らしさを見せて、理解してもらえるのが一番だよね」
息子はそんな考えを口にした。
 
 
 
息子は、学年30位でゴールしたようだ。
意外にも速い息子を見て、ゴールにいた先生たちは驚きつつも、笑っていた。
「なんで、お前がそんなに速いんだよ」
笑って声をかける先生たちに、「男の意地を見せてんですよ」
と息子は笑って答えたようだ。
 
 
 
普段は、学校のことは一切しない。授業にはそこそこ顔を出し、学校に協力的には見えない息子だが、それは息子の本当の姿ではない。今回の歩く会で見せた姿が、息子の本来の姿だ。
 
 
 
小学校の頃、息子は勉強に対して努力できなかった。人と競うことに意味が見出せず、分かりきったことを何度も繰り返すのが苦手だった。
 
 
 
「ウサギではだめなんだよ。努力できないと……」
何度も息子に伝えたが、息子は分かろうとしなかった。
「ウサギはさ、一度負けなきゃダメなんだよ。負けないとカメの良さが分からないんだ」
高校生の息子は、そう話す。
 
 

息子は20キロを歩くことなく走り続けたようだ。
ゆっくりであっても、カメのように走り続け、周りの生徒たちを抜いてゴールした。
「入試もそうだといいね」
私が息子に話をすると、「そのつもりだよ。だから誰よりも先に3年前から走り始めたのだから」そんな答えが返ってきた。
 
 
 
残念ながら、息子の受験勉強は一進一退を繰り返している。
間に合うだろうか。
いつも心配が押し寄せる。でも、私がそれを口にしないことが唯一できる応援だ。
 
 
 
心配は尽きないが、息子が中学時代と変わらず、見えないところで働き続けた姿に、点数以上の喜びを感じることができた「夜のピクニック」だった。