
1年間、人生のレールから逸れた日々を過ごすうちに、元に戻れるのか不安な息子。新しい生活が楽しみな反面、不安のほうが大きくなりつつある。少し外に出ては疲れたと話し、眠ることが多くなった。
そんな中、息子は小学校に電話をかけた。
6年生の時にお世話になった担任の先生が、まだ異動していないようだ。報告がてら先生のもとを訪れた。勉強で忙しく、この4年間は先生に会っていない。
だいぶ大人びた息子が、先生に会いに行くと、先生は息子にハグしていいかを聞いたそうだ。
先生は「辛かったなぁ、よく頑張った」と言いながら、抱きしめてくれたそうだ。生徒に触れないことが当たり前の世の中で、先生は、息子を包み込んでくれた。
「僕も浪人したから、今でも辛さを思い出せるよ」
先生は、自分自身の浪人生活と重ね合わせながら、すでに涙ぐんでいたそうだ。
小学生の頃、何度息子に寄り添ってくれたことだろう。話をしながら、涙もろい先生はいつも目に涙をためていたのを思い出す。
「夜になると、不安になるんだよね」
先生は、浪人生としての苦しみを語っていたそうだ。先生は、当時宅浪をしていたという。息子以上に過酷な浪人生活を送っていたからこそ、先生の今の人となりがある。
「今はピアノは?」
先生が問いかけた。
「大学入試のためにやめていたんですけど、つい最近また弾き始めたんですよ」
「そうか」
先生は、笑顔を見せたそうだ。
小学6年生の頃、息子は卒業式のピアノ伴奏者のオーディションで、選ばれないという経験を初めて味わった。選ばれなかった生徒は、保護者に向けての感謝の会での伴奏をすることになっていた。
そこで選ばれた曲は、担任の先生が長い時間をかけて選んだ1曲「春風の中で」だった。
「僕が選んだ曲を君が弾いてくれるなんて、嬉しい」
息子が卒業式の伴奏者に選ばれなかったとき、先生は自分が選んだ曲を弾く息子を一生懸命励ました。
オーディションに不合格だったことに向き合うのは、中学入試の不合格以上に苦しいものがあった。辛い中、先生が選んだ曲を弾こうとするが、難しくてうまく弾きこなせない。泣きながら、練習を続けたのを思い出す。
苦しみながらも、先生への感謝を込めて一生懸命弾いた曲。
「僕は、この曲を封印しようと思う」
息子があまりに心を込めて弾いたので、先生の心に深く響いたのだろう。
「封印するなんて言って、次の年も弾いていたりしてね?」
息子と冗談のように、笑って話したこともあった。
あの日から7年。
「あれから、一度も『春風』は歌ってないんだよ。当時の曲を時々聴いたりするんだけどね」
先生は、本当に封印していたようだ。
この7年、息子は前を向き、様々な経験を重ねていった。生徒会長になり学校を変えたり、高校受験、大学受験、浪人生活も経験した。
その長い年月の中で、先生は、息子が弾いた伴奏をずっと大事に心の中にしまっておいてくれたようだ。
先生にとって、どの大学に息子が行くかはさほど重要ではない。
あの頃の切ない音を聞いていた先生にとって、息子がピアノを大事に続けているかのほうが、気がかりだったのだろう。
原点に戻ると、大切なものが色濃く見えてくる。
小学生だった頃の息子は、音色を追い求めていた。
その頃の息子は、周りの小学生とは少し違って見えたのだろう。先生は、そんな苦悩のある息子を、いつも温かく包み込んでくれた。
どんなに時が過ぎても、先生の温かさは全く変わっていなかった。
「浪人して苦労した先生だからこそ、あの優しさがあるんだね。そう思ったら、浪人した意味を先生が表しているような気がする。あの共感力は浪人して苦労したからこそ、得たものかもしれないね」
少し疲れた春、息子の大好きだった先生は、変わらぬまま息子を受け入れてくれた。
「君が有名になってテレビに出ていたら、僕はそっとテレビを見ながら祝い酒を飲んでるから」
先生は、息子に笑いかけた。
私が書き記した本の中にも出てくる先生。
どんなに時が過ぎても、先生は息子を忘れることはないのかもしれない。学校生活が合わず苦しむ中で、先生はいつも息子の味方となってくれた数少ない理解者。
「一度レールから外れてしまったから、社会復帰できるか不安なんですよ」
「僕が戻れてるんだから、大丈夫だよ」
先生のような心の痛みの分かる大人になれるならば、浪人生活はいつか息子の一部として大切な思い出になることだろう。