公私共に、受験生と歩む日々。
息子のことは、さほど心配をしていない。
合格、不合格は、息子が息子らしく生きる道上にある、単なる通過点にすぎないからだ。心からそう思っている。どちらの結果になっても、息子にとってベストな結果なはずだと、不合格を2回経験した息子を見て思う。



不合格を息子はプラスにしてきた。
それでも、仕事は、ただ受け身でもいられない。
私は、私自身に、生徒を全員合格させるという高い目標を課してみた。



最近は体調も戻りつつあり、昔以上に力を入れて働いている。生徒の採点をし、生徒が欲しいと言った問題のコピーに追われ、パソコン上で成績チェックをし、誰にどんなアプローチをするかを日々考える。
 
 
 
厳しさで接するほうがいい生徒、優しさで接すると伸びる生徒、放っておくふりをして黙って見つめていたほうがいい生徒、自分の勉強スタイルがまだ見つからない生徒……一人ひとりに合わせて対応を考える。



さらに、生徒たち全体に向かって、いつ、何をどう話すべきか? 考えることは多くて、仕事から帰ってきても、頭の中では常に生徒が浮かんでは考えてばかりいる。
 
 
 
そんな慌ただしい毎日だが、今日は珍しく仕事が早く終わる日で、みんなで飲みに行くことになった。
HSPの私は、飲み会が苦手だ。
空気を読みすぎて、心が疲れる。
やんわりと予定があると断ったのに、再度上司に誘われ、たまには行くしかないか……と思い、参加を決めた。
 
 
 
私だけ授業の終わりが遅く、後からの参加となった。向かうと、私のために空いていた席は、私の苦手な上司の隣りだった。適応障害だった私に、相性の悪い先生の隣りの席を空けておく、そんな仲間たちだ。だから病気になるんだよなぁ……と思いながら、席についた。
 
 
 
心を動かさず、居心地の悪い時間を過ごす。
作り笑いをしながら話を聞き、気疲れを感じてばかりだった。



「先生、A君、どうしたらいいでしょう?」
学生講師が、私に話しかけてきた。
彼は、A君がお気に入りだ。A君は彼に甘えてばかりで、勉強から逃げている。私はA君の根性を叩き直すために、日々、厳しく接している。
「近寄らないでいいです。一切会わないで、関わらないで下さい」
一刀両断の私に、一瞬その場は静まり返ったが、お酒の席だからこそ、私はその力を借りていつもより強気で言えたようだ。
 
 
 
お開きになり、夜風を感じながら帰り道を歩いていると、学生講師が懲りずに、また私に話しかけてきた。
「先生、僕はA君に何ができるでしょう?」
「だから、何もしなくていいですよ。近づかないで下さい。彼には弱さがあり、楽な道に行ってしまうだけです」
「僕は楽ではないですよ。厳しく接していますよ……」
彼の一言を振り払うように、私はきっぱり言った。
「学生さんの厳しさと大人の厳しさは、全く違います……全く違いますから」
 
 
 
酔いが覚めるくらい一刀両断する私に、学生さんはついに黙ってしまった。
生徒に頼ってもらえることを喜んでいるうちは、まだまだ先生ではない。もっと冷静に、広い視点で、生徒の力を引き出す方法を考えねばならないからだ。生徒をかわいがっているうちは、先生ではない。
 
 
 
いつもは言いたいことがあっても黙っている。
たまには、お酒の力に任せ、言いたいことを言ってもいいだろう。
もしかしたら、彼も酔った席だから、一刀両断されたことを覚えていないかもしれない。
 
 
 
そんなことを考えながら、上司と駐車場まで歩いてきて、ふと気づいた。
私が飲んでいたのは、ノンアルコール……
あっ、酔っていなかった……まぁ、いいか……
 
 
 
もう、飲み会なんて参加するのをやめよう。



帰ってから、息子を連れて、近くの回転寿司に行った。「一刀両断話」をすると、息子はゲラゲラ笑っていた。息子との時間のほうが、私には何倍も自由に感じられた。


 
人を育てるのは、簡単ではない。
それでも、小さな成長は感動的で、育つきっかけに自分が加われたかと思うと、やりがいがある。



合格が全てではないけれど、それでも私は全員に頑張った先の喜びを与えたい。だからこそ、今は全員に努力させる。そのために何ができるか、明日も考えながら、働いてこよう。