久しぶりに心療内科に行った。

「その後、どうですか?」

「フルタイムで働けるようになりました」

「フルタイム……ですか? あまり無理をしないで下さいね……もし、体調が悪くなった時は、我慢しないですぐに診察に来て下さいね」





医師は、その日で診察を終了するかと思ったが、次回の診察日を当たり前のように告げてきた。

 



もう治っているのに、なぜあんなに心配したんだろう? 心の中で思いながら、4日目のフルタイム勤務に向かった。4日連続は、1ヶ月ぶりだ。

天気が悪くなる前だったからだろうか? 仕事前に感じていた頭の重さが頭痛へと変わっていった。

 

 

 

帰りそびれてしまい、仕事を終え、人が少なくなった社内でほっとすると、頭痛がますますひどくなったように思えた。痛みに耐えられなくなると、急に涙も出てきて、また抑うつの状態になってしまった。あぁ、やっぱり治っていない……

 

 

 

カウンセリングにも別に通っている。

先日、カウンセラーに、以前聞かれたことと同じような質問をされた。




「夫婦の問題があった時、ご両親は何て言ったのですか?」

また同じ質問では? 前回話したのに、書き留め忘れたの? 心の中で思いながら話し始めた。

その時を思い出しながら、起きたままを話していく。

 

 

 

私は「当時の私」を思い出していた。

「あの時、私は……」

言葉に出し始めると、急に涙が込み上げて声につまってしまった。




「あの時、私は……本当は離婚したかったのかもしれません」

自分が分かっていた言葉のはずなのに、なぜか言葉にする前に涙が溢れてきた。

 

 

 

本心に蓋をして、現実を頭で考えたまま生きてきたのだろう。

「小さな息子には、父親が必要。そして、経済力も必要。私は、身体が弱いから一人で働く自信もない。だから、我慢するしかない」

何百回、何千回? 呪文のように自分の心に言い聞かせたことだろう。




耐えることが今を生きる最善の方法と考え、心に蓋をして生きてしまうと、本心は何年も過去にならずに傷のようになって残ってしまう。

 

 

 

どんなに我慢ができても、自分の心に嘘をつけば、思いはずっと過去にならずに残ったままになる。



だから、パートナーが新しくできても、過去のトラウマが邪魔をして、不安感が襲ってくるようになる。



また前のようにならないか? 人は時間が経つと、心が変わるのではないか? 

根拠のない不安感が襲ってきて、心がモヤモヤする。

 

 

 

心の奥深くに閉じ込めた思いを、カウンセラーがゆっくりと引き出してくれたのだろうか?

当時の自分の「感情そのもの」を心の外に出せたような気がした。まるで、心に刺さっている棘を抜いたような気分だ。

 

 

 

具体的にアドバイスを受けたわけでもない。

ただ話しているだけなのに、話した後は、過去が過去になるような気がする。このままカウンセリングを続けたら、私は前を向けるかもしれない。

 

 

 

適応障害になったことで、カウンセリングを利用する理由ができた。そうでもなければ、なかなか行きにくい。




思いがけず、カウンセリングを受けられ、離婚のトラウマを見つめるチャンスが得られた。ここでしっかり自分の心と対話できたら、適応障害に加え、男性不信まで治るかもしれない。

 

 

 

まだまだ心と対話する日々。

でも、少しずつ私は私を取り戻すだろう。

1ヶ月前は全く働けなかったのだから、たまに抑うつになるくらい仕方がない。

 

 

 

来年は、息子も大学生。

私もパートナーと二人で暮らし始める。

新しい生活の前に、今は心の断捨離の時期。

ちょっとハードな日々だけど、少しずつ心に向き合ってみよう。