息子の高校には、競馬好きな子が、3学年中で1人くらいはいるそうだ。競馬が好きな高校生は、息子くらいかと思っていたが、案外そうでもないらしい。
高校の先生から、
「どの馬が好きなの?」
と話しかけてくる。
「将来、馬が欲しい」
息子はそう話す。一度のめり込むと、徹底的に調べ尽くす。馬の生き方に魅了され、馬にリスペクトさえ感じている。馬を単なる競争の道具には思っていない。
学校の先生とは、競馬の話で仲良くなっているそうだ。昔から変わってはいたが、3学年の中にいつの時代も1人はいる高校では、息子の趣味は、温かく受け入れられている。高校嫌いの息子には、唯一の居場所だ。
そんな息子は、今月28日のダービーのチケットが手に入らないか?と私の兄に話している。あいにく、その日仕事の私は、チケットが手に入っても連れて行けない。
「ダービーまで、頑張って受講する」
息子は、馬をニンジンにして、勉強という道を走るつもりらしい。
何度目かの苦しい勉強がやってきたようだ。数学は終わったが、化学に苦しんでいる。難しくて、苦しくて、心身のバランスが悪い時がある。
息子の2年間をかけた高校の調べ学習は、競馬だ。何人か選ばれた生徒は、舞台で発表できる機会が得られる。もしかしたら、その発表で息子は競馬についてスピーチをするのかもしれない。
風変わりな子が、社会に順応していくのは、難しい。個性的であってほしい。息子らしさがそのままであってほしい。それでも、社会の中でも生きてほしい。
個性を大事に育ててきた。だが、たまに、本当に心から息子が幸せに思える場所があるのだろうか?と不安に思うことがある。
純粋に人といることに喜びを感じる息子の心に、たまに孤独が見えることがある。変わってはいるが、本当は心が通じ合える仲間がほしい。もしかしたら、人一倍そう思っているかもしれない。
どんどん背が伸びて行く育ち盛りの子のように、息子の個性は、どんどん息子の色を出して行く。それでいいと言い続ける私がいない場所で、これから息子は、幸せに暮らしていけるだろうか?
母親は、我が子に幸せでいてほしいものだ。学歴もいらない。地位もなくていい。ただ、居心地のよい場所を見つけてほしい。
ふとショッピングモールを歩くと、私の母校の書道部が作った大きな作品が、飾られていた。後輩が創った優美な文字から、昔の高校の空気が漂っていた。母校の懐かしい空気だ。
息子に写真を送った。
息子の高校みたいに優秀ではないかもしれない。でも、私は今でも母校が誇りで、好きだと伝えた。
「いい作品だね。人間性を感じる。◯◯高は温かみがあるよ。僕の高校の書道部とは違うかも」
滅多に連絡が来ない息子から返事が来た。
その一言が、私を少しホッとさせた。息子ならきっと、温かな場所を見つけて行くだろう。そう信じてあげなければいけない。
時に見ていて、息子が心配になる。
でもそれは、きっと、どんな子育てだって同じだ。だからこそ、心配する気持ちを信じる気持ちに変えて、息子を黙って見ていてあげよう。