入学前というのは、嬉しいようで、落ち着かないもの。入学前にいちばん不安だったのは、小学生になるときだろうか。
私自身が子どもの頃、不登校だったときもあり、その場所に我が子を送り出すには、かなりの不安があった。
 
 
 
この春、我が家から息子が巣立っていく。
いつもと違う入学前の今、寂しさはあるけれど、新生活に適応できるかと息子を心配する気持ちは大きくはないのかもしれない。それよりは、どう生きていくのだろう? と楽しみな面もある。
 
 
 
明日から荷物を運び始めることになった。
家具付きマンションなので、自分たちで何度かに分けて荷物を運ぶつもりでいる。それでも、その荷物が運び出されれば、寂しさが込み上げるのだろうか。
 
 
 
「自分の名が、世の中に広まらなくてもいいから、誰かを救えるような歯車の一員になりたいんですよね」
息子が、先日小学校に遊びに行き、当時の担任の先生に語ったようだ。
「君は、あの頃と変わらないね。あの頃も『人のためになりたい』って言ってたよ」
 
 
 
息子の生き方が変わらなかったことではなく、先生が息子の言葉を覚えてくれていたことに私は心を動かされた。当時も先生に深く感謝をしていたが、そんな言葉を覚えてくれていたなんて、どれだけ息子は先生からの思いを受け続けていたのだろう。
 
 
 
「案外、人って変わらないのかもね。僕は、ウルトラマンになりたいって思っていたことを、部屋の掃除をしていた時、ウルトラマン人形を見つけて思い出したんだ。子どもの頃ウルトラマンに憧れた少年は、大きくなってもウルトラマンになりたいものかもしれないね」
 
 
 
これから息子は誰と出会い、何を見て、どう生きていくのだろう?
その世界には、私がいないことは寂しいけれど、今の私には入学前にいつも抱いた不安感はなく、どこか期待感がある。
 
 
 
子育ては永遠に続きそう……
赤ちゃんの息子は一日中ぐずることが多く、その状態にイライラする自分自身が嫌で、二人きりの生活が怖いこともあった。永遠に終わらない修行のような毎日に、楽しみを見出すことが難しかった。
 
 
 
永遠だと思っていたけれど、今振り返ればあっという間だった。20年という月日は、思っているよりも濃く、短い。
息子と離れることで、この20年が別な色を帯びるかもしれない。
 
 
 
これから、私を支えてくれるものは、浪人生活だろう。
息子と一緒に苦しんだ時間。
見ているだけの無力感。そして、与えた思い。
赤ちゃんだった息子と長い時間を過ごしたように、この一年で濃い時間を過ごせたからこそ、やり切った感がある。
 
 
 
息子には、しがらみのない世界で、自由に暮らしてほしい。
好きなことをとことん見つめ、楽しんでほしい。
私ができなかったような学生生活を思う存分味わってほしい。
今まで合わない世界で生きてきたからこそ、息子が伸び伸びと生きてくれることを祈りたい。
 
 

引っ越しの準備をしながら、寂しさを覚え、そして息子の入学前なのに期待感もある。そんな初めての春を過ごしている。