怒ってもいいのだが笑っている私 | 現在と未来の狭間

現在と未来の狭間

文芸と自転車、それに映画や家族のこと、ときどき人工透析のことを書きます。

あまり人前で困った顔とか怒った顔を見せたくなくて、何となく笑っていることが多いような気がする。

まあ、笑っていると誤解もされるんだけどね。真面目な話をしている時に、笑うなとか言う人もいるし。これ言われるとすごく落ち込むのだが、言う人は自分が言われたことがないのだろうか。

逆に本音が分からないとか思われていることもあるのかも。

嫌なことがあってもできるだけその日のうちに忘れてしまうようにしている。透析をしていると嫌な気持ちも浄化されるのだよ、とか言うこともある。

真意は別にしても、透析は一つの区切りなのかな。確かにこれを終えると全部が終わったような気になってしまうので、嫌なことを忘れていることが多い。

ついでに言えば忘れちゃいけないような仕事のことも忘れていることがあるで、仕事のことではメモに起こすことが多い。結構こちらはシャレにならないくらい忘れてしまうこともある。

こちらが忘れていても向こうが覚えているようなこともあって、そういう時にトラブルになりそうで怖い。まあそういうときでも笑っていることが多い。

でも普通に笑った顔がいつでも見せられるのは悪いことでもない。例えば相手が都合の悪い話をしようという時に、こちらが笑っていれば相手もリラックスできるということもある。

いつも笑っていると怒る人もいれば、安心する人もいる。ケースバイケースなのだけれど。逆にいつも怒っていたら、周囲はいつも困ってしまうだろう。ならば笑っている方がまだマシか。いや無表情の方が本当は無難なのかな。

本当は良い笑顔が出せればいいのだけれど、どこか不自然に見えるのかもしれない。

あまり悩まず、もっと大らかな気持ちでいられれば表情にきちんと出るのだろう。

まあぼちぼち。不気味に見えるくらい笑っていられる方が、人生としては良いはず。

にほんブログ村 病気ブログ 人工透析へ
にほんブログ村