近所に

高校からの友だち(Sちゃん)が

住んでいて、

最近、夜に一緒に

ウォーキングに行っています。

 

 

 

それで、いろいろなことを

話すのですが…

 

昨日話したことが

衝撃でした。

 

 

 

 

 

Sちゃんとは高校のとき、

一緒に

英会話学校に行っていて…

 

そこが主催する

アメリカへのホームステイ旅行に

ある夏、行ったのです。

 

ウン十年前の話。

 

 

 

昨日、そのときの話に

なったのですが…

 

私と、Sちゃんの記憶が

ぜんっぜん違う!

 

 

 

 

 

アメリカでは

私がステイした家族が

途中で、出張のため

他州に行かねばならなくなり…

 

途中から、

Sちゃんのステイ先の家族が

私を受け入れてくれたのです。

 

 

 

だけど、

Sちゃんの記憶では…

 

そもそも、アメリカ到着時に

私のホストファミリーは

旅行に行っていて、居なかった。

ひどい話や

 

だから、私は最初から

Sちゃんファミリーに

身を寄せた…と

言うのです。

 

 

 

え、ぜんっぜん

覚えてない…

 

 

 

そして、その

Sちゃんのステイ先ファミリーの

娘さんが、荒れ狂っていたのは

私も覚えている。

 

 

 

私の記憶では、娘さんは

ダンスパーティに行きたかったけれど、

親が許さなかったから

荒れていた。

 

 

 

だけど、Sちゃんは

おかだが来たから、娘ちゃんは

自分の部屋を開け渡して

地下室で寝させられたから、

荒れ狂ってたんやで

…と言うでは

ありませんか。

 

 

 

その他にも、

私とSちゃんの間で

大きな記憶違いが

いくつもありました。

 

もしかして、

パラレルワールドを

生きてた?

…と思うほど。

 

 

 

結局、

人は記憶を

「つくる」から、

どっちの記憶がほんまか

わからんな。

 

真相は藪の中や

…という結論に

なったのですけれど。

 

 

 

かなりの記憶違いに、私は

いままでの人生の軌跡に

自信が持てなくなりました。

 

 

 

私が

「自分の人生だ」と

思ってきたものは、

実在したのか?

 

私は、実は

自分がつくった幻想の中に

生きてきたとしたら…?

 

 

 

そして、たとえば…

 

私は、ホストファミリーが

「出張」と言ったのはウソで、

私は嫌われて、

放り出されたんじゃないか?

…と、ウン十年のあいだ

ずっと、心に

「チクッ」とするものを

持ち続けてきたわけですが…

 

 

 

それが

幻想だったとしたら…

 

私は、

実在しないものに

ウン十年も、

罪悪感を感じ続けてきた

ことになる。

 

 

 

SちゃんはSちゃんで

彼女のホストファミリーに

「チクッ」とする思いを

持ち続けてきたそうなのですが…

 

でも、私の記憶では

そんな出来事はなかった。

 

 

 

 

 

…だけど。

 

カルマとは「記憶」

と、私が学んでいる大鈴佳花先生

いつもおっしゃいます。

 

 

 

そうであれば、

自分の中の「記憶」が

そうなのだったら

それをクリアしていけばいい

のかな…

 

 

まとめ

 

記憶って

なんだろう…