去年やっと念願のバロック弓をパリの製作者Crayg Ryderさんから入手した。素晴らし。

 

 

この弓で去年のGoldbergを弾いたのだけれど、こんなに長い期間バロック弓で弾いたのは人生で初めて。その感想を書いてみる。

 

バロック弓を使ってから発見したこと、気がついたことはとっても多い。そのお陰でモダン弓の使い方まで上達した。とにかくまず楽しいし嬉しい。ただしテンペラメントは442より弦の張力が少ない415の方が良い。

 

バロック弓はモダン弓よりある意味性能が悪いのでちゃんと持たないとうまく弾けない。安定した運弓をするには弓の軸方向にできる限り真っ直ぐ、矢が飛んで行く様に弾くことが肝心だ。弓先の形がそんなイメージを増幅させるし、実際弾いていてそんな感触がある。

 

モダン弓はペルナンブッコという信じられないほど強靭でしかもしなやかな木で出来ていることはご承知の通り。このブラジルでしか獲れない貴重な木は、超のつく高級木で現在はワシントン条約で輸出禁止までになって、困った弓製作者たちは特例の設置の嘆願書を出している。

 

この木の柔軟性がモダン弓で弓先まで減衰する事がないsosutnuto(持続的)な音を作り、鋭いアクセントや、スピッカートやRicoché(リコシェ)ができるという訳だ。特にsostenutoはその柔軟性があるからできる。モダン弓は軸方向に対して左右にも「しなり」をだせるが、この反発力が持続的な音を生んでいるのだと気がついた。ところがモダン弓は反対に素早く水平方向に「矢が飛ぶ」ように弾くには、軸方向に対して左右の「しなり」が出ないように幾何学的正確さで真っ直ぐ弾かなければならない。(当たり前だけれど)その真っ直ぐを出すには、「しなり」は禁物で、少し短めで固く「しなり」の少ないバロック弓より、薙刀のように長い弓を操らなければならないのだから難しいのだ。

 

反対にバロック弓でsosutenutoやRicoché(リコシェ)が出来ないかというと、やればある程度はできるけれど大変な労を要する。特にリコシェはかなり難しい。バロック弓は弓先まで同じ音量と粘りで弾くためにははじめから作られていない。それはバロック時代の音楽の「美学」に反するのだから必要がない。だから弓は固く、柔軟性の少ないスネークウッドなどが使われていた。このスネークウッドも名前の通りヘビの皮のような模様が出る美しい木だ。

 

「すべての音はmorendo(死にたえる)しながら消えるべきである」と著書の教本に書いたのはコレッリだったかトレッリだったか?

 

バロック弓はだから音量を出すには弓の圧力ではなくスピードで音を出す。重音も圧力ではなく素早く弦の上を疾走させると倍音の多い美しい音が出せる。モダン弓のように弦に弓を噛ませて引っ掻くように弾くと悲しい結果になる。

 

それがだんだんと時代が進むにつれて、作曲家はとんでもないことを色々書き始めたから、面倒になってきた。古い型の反りが外側に大きいバロック弓はもう少し反りが小さくなって行き、より柔軟な木を使うようになって行く。そこで誰がどうやって見つけたのか、くだんのブラジル産のペルナンブーコを使うようになったというわけだ。

 

このバロック弓の特性を活かして弾くのは結局結論的に言うとモダン弓も全く同じように使える事がわかった。さっき書いた重音も、特に3音、4音の重音は、ロシア式(フランス式?)の下2本上2本を分けて、鋭く噛ませて弾くよりずっと美しい。このやり方ではバロック弓では汚い音しか出ない。

 

実はこう言う弾き方はだいぶん前から自分の弓でやっていた。2004年のバッハのライブ録音もそう言うやり方でモダン弓で弾いていた。だから本当はバロック弓は持っていなかったがだいぶん前から持っていいたに等しい。どう言うことかと言うとモダン弓でも、バッハなどは少し上の部分、巻き革のあたりを持って弾くようにしていたからだ。そうすると弓先方向にある重心が少し手前になってきてバロック弓と同じような効果が出るのだ。それと弓が軽くなる。弓先のsostenuto、スピッカートは難しくなるが弓が弦から離す動作がやりやすい。ちなみにこの巻革のことをフランス語ではPoucette(親指という言葉からの派生語)というのだが、想像を逞しくすると元来は弓はこの位置を持っていたのではないか?そもそもそのあたりを持って弾いている人が現代でも結構いる。

 

初心者の生徒にこの持ち方で教えると良い弓の持ち方を早く覚えられる。ちなみに小さな子供には自転車のハンドル握りでおしえる。実は弓の基本はこれなのだ。弦に良い角度で当たっていれば大抵のことはできる。

 

考えてみれば当たり前だ。ハイドンの晩年、ベートーヴェンの若い頃がモダン弓に変わってきた頃だがその頃のミュージッシャンは古いタイプの弓から徐々に新しいタイプに移っていったはずだから、両方、またはもっとたくさんの種類の弓を用途に応じて使っていただろう。ベートーヴェンの激しいsforzandoやアクセントがあるときは新しいタイプの弓、モーツァルトの若い頃の曲は後期バロック弓とか言う風に。