ショスタコーヴィッチとロストロポーヴィチ
ロストロポーヴィチが生涯に初演した作品は100とも150曲とも言われる。同時代の作品をこれほど初演した人は、チェロに限らずともほかに誰もいないのではないかと思える。
すでにこれだけの数の曲を読みこなし、演奏するだけでも驚異なのだが、その多くを暗譜で弾いているし、いうまでもなくその間にも年に何回もドヴォルザーク、シューマン、ハイドンなどのレパートリーもこなしていたのだから敬服するしかない。
特にショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ブリテン、デュティユー、ルトスワフスキーのコンチェルトはロストロポーヴィチがいたからこそ生まれた20世紀の名曲で今日では多くのコンサートで取り上げられている。ロストロポーヴィチがチェロのソロ楽器としての地位を格段に上げたことに異論を挟む人はいないだろう。
だが、しかしそれにもかかわらず私は人生のある時からかつてのアイドルだった「ロストロ」の影響下から逃れよう、離れようとして来た。
彼の演奏は常に情動的で劇場的だ。それはバッハからデュティユーまでほぼ同じで、常にエモーショナルなものが原動力となって音楽が作られている。
前回書いた彼のバッハの2番のサラバンドの演奏は例えば、悲壮と絶望と言えるような叫びが聞こえる。劇場性とドラマチュルジーだ。この演奏では3/4のサラバンドのリズムは全く感じられない。8分音符で40前後の異常に遅いテンポで、Adagio molto pateticoのような表題が似合う演奏だ。
パリ郊外のサン・ドニで聞いたのもこういう演奏で最後のD音は永遠に無くならないのではないかと思えるほど長く長く引っ張られ、1000人以上入りそうな大伽藍の教会はレクイエムを聴き終わった時のような静寂と悲しみのような雰囲気に満たされ、拍手がなかなか出なかった。こういう演奏こそ彼の真骨頂である。ちなみに僕は一番安い席だったので教会の柱に演奏者が隠れる場所でロストロは全く見えなかった。
この2番のLP録音は僕が高校生の時に5番とカップリングで入ったレコードで何度も聞いて、そのころは大好きだったことを思い出す。プレリュードは何か劇的で破滅的な物へと向かうエレジーのような趣でフェルマータに向かい、最後は驚異的なパワーと激情の驚異的な長さの、一体どれだけ弓が長いのだろうと思いたくなる和音の弾き方で終わる。まさに劇的である。
そういう演奏はいけないとかいうつもりは無いが、これがバッハなのかというと何か別のもののような気がする。
そうして、あの憧れだったドヴォルザーク。自分は意識的にも無意識的にも、ありとあらゆるところで真似をしていたと今から考えると思える。40代を過ぎても無意識な模倣が体のどこかに残っていたと思う。
彼の演奏は意識的か否かは分からないが(多分意識的だとは思うが)リズムの変形がたくさん存在する。
例えばドヴォルザークの第2楽章。楽譜の2小節目のFを彼はほとんど4分音符の長さで弾いている。(この録音で12分35秒あたりから)
しかし、ある意味これは文字通り劇的でレチタティーヴォ風で、楽譜を知らなければこういう音楽だと誰でも思うだろう。説得力が有るか無いかと言ったら、とても説得力がある。カラヤンはさすがにオペラの指揮者でこういうのはうまく「付けて」いる。
前回書いた、リヨンのオケに出演した時もこのリズムの変形はその通りだった。
他にもたくさんあるがほんの一例として、ブリテンの無伴奏チェロ組曲第1番を指摘しておく。2曲目フーガのテヌートと書いてある音を2倍の長さで弾いている例がある(37小節目の和音)。
これなどは知らなければそういう曲だと思ってしまうが、明らかに楽譜とは違う。(この演奏の1分8秒あたりの長い和音)
ブリテンがロストロポーヴィチのために書き、初演した曲なので当然ブリテンも聞いていたはずだが、ブリテンは大チェリスト、ロストロの演奏にあえて異論を唱えなかったのだろうか?この引き伸ばしは私にとっては大変奇妙だ。
この引き伸ばしは結構多くのチェリストがやっているのはやはりロストロの影響なのだろう。
それやこれやで、我々「ロストロ世代」のチェリストにそういうリズム的逸脱が音楽的で個性的だと思うようにな風潮が世界中のチェリストに蔓延していった。さらにはその生徒たちの世代、現在の中堅以上の世代にも反映されていった。
チェロという楽器は書いてあるリズム通りに弾かない、書いてある通りに弾くのは個性的ではない凡庸な演奏だ。我々チェリストはリズムから解放され、好きに弾くという特権を持っていると思い込んで弾いているかのようなチェリストがたくさん出て来た。
これを僕は密かに「チェリスト病」と呼んでいる。
それが全てロストロが原因でその影響とまでは言わないが。
こういう楽譜から逸脱して「個性的」なリズムをひいたり、テンポを不必要に動かしたり、時には和声まで変えてしまう大音楽家はチェロに限らず、ピアノやヴァイオリンの世界でもかつてはかなり多かった。
19世紀中頃からのヴィルトゥオーゾの風潮は奏者の勝手な「解釈」と「見得」のために音の変更やリズムの変更はむしろ推奨されていて、楽譜通りに弾く人こそつまらない存在だと思われていた。
他にもハープはその特殊性もあって楽譜の変更はザラにある。よく知られた例では「くるみ割り人形」の中の「花のワルツ」のハープのカデンツァはチャイコフスキーが書いた楽譜をそのまま弾いている人はいない。
しかし、ロストロ全盛の時代でも、フランスやイタリアのチェリストたちは明らかに違った表現をしていた。恩師のジャンドロンとレーヌ・フラショーももちろんだが、少ない機会だが直接接することができたナヴァラ、トルトリエらも皆口を揃えて、楽譜に書かれていることに忠実であれ、もしもそうでは無いことをするのなら、あなたはその作曲家より優れていなければならないと言っていた。
それは上に書いたような19世紀からの名人芸的風潮へのアンチテーゼだったのだろう。彼らの演奏の録音を今聴くと音楽へのその真摯なアプローチ、譜面を忠実に再現しようとする演奏に、矜持を正される気持ちになる。特に私は近年ピエール・フルニエの演奏が本当に素晴らしいことが分かってきた。
戦後のある時期から、こういう演奏者のわがままな演奏を嗜める反動として「新即物主義」という運動が盛んになった。ストラヴィンスキーのように演奏者は楽譜に書いてある通りのテンポ、リズム、音を再現するだけでよく、音楽は自ずからそれで表されるように書いてあるから、余計なことはするな、という運動があった。例えばヒンデミットなどもそういう考えだったと思う。
ロストロが譜面に忠実ではないとは言わない。多くの場合はむしろその反対だ。だが、彼の演奏を乱暴にカテゴリゼ(カテゴライズ)するとオペラ歌手、もっと言えばヘルデンテノールの歌い方では無いかと思うに至った。
オペラ歌手がリズム的にかなり自由なことはよく知られている。
ヘルデンテノール。ワーグナーのジークフリート、ローエングリン、ベートーヴェンの「フィデリオ」のフロレスタンなどを歌う、極限までパワーを出し切り英雄的な(ヘルデン)表現力と声を持っているテノールのことをさす。大抵はお相撲さんのような巨漢で、1日に1回しかハイCは出さないという特殊な人たちだ。一声歌えば、文字通り天井のシャンデリアが震えるほどの声量の持ち主だ。歌い終わった後は汗を滴らせ、肩で息をするほど勢力を使う。
ロストロは例えば、ドヴォルザークやショスタコーヴィッチのコンチェルトのソロを弾き終わってオーケストラに音楽が移った時、息が上がったかのように肩を大きく動かして息を吸う演技めいたことをするが、これは明らかにオペラ歌手の演技に似ている。我々チェリストはどんなに難しく、フィジカルなパッセージでも息が切れるようなことは実際にはあり得ない。
ロストロのこの所作をコンサートや映像で見ると確かにすごい迫力がある。トスカでマリオが処刑される前に絶叫する「星も光りぬ」の場面のように。また別の場所では、啜り泣く「オネーギン」のタチアーナや、絶望するレンスキーのように、彼の演奏には演技がある。
そこでふと思ったのだが、ロストロポーヴィッチの妻女はヴィシネフスカヤでソプラノ歌手である。ロストロは曲が仕上がったら妻のガリーナの前で必ず演奏をして意見を聞いていたそうだが、ロストロが彼女から舞台での演技やパフォーマンスのアイデアを取り入れているとしても不思議ではない。
そうでは無いにしても、彼の演奏スタイルに一貫しているのはこのヘルデンテノール風表現を中心にした劇場型のオペラ歌手的表現が感じられる。その表現力の高さに異論を挟むつもりはない。例えばプロコフィエフの協奏的交響曲やドヴォルザーク、彼のああいう演奏がものすごい緊迫感で自分も感動していたことは確かだが、あの歌い方はヘルデンテノールそのものだということに気づいた次第である。
プロコフィエフの場合は初演者で作者のプロコフィエフが積極的に彼の意見を聞いて作られた曲なので彼の弾き方がある意味「原典」なのだろうが、ヘルデンテノール風にとまでは指示がない以上別の表現もあるのだろうし、ロストロポーヴィッチの真似をしても始まらないのだ。
自分もロストロの影響を受けた端くれだったと告白するがそうやってたくさん真似をしていたのだとこの歳になって気がついたという、つまらない結論のために長々書いてしまった。

