イザベル ファウストのベートーヴェンのコンチェルトをリヨン管弦楽団の定期で聴いた。指揮者はThomas Dausgaardだった。

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その演奏がなんと血の通った隅々まで音楽が流れる素晴らしいベートーヴェンだったことか。こんなに素晴らしいベートーヴェンのヴァイオリンコンチェルトは初めて聞いたと言っても大袈裟ではない。

 

まずはファウストのヴァイオリンが素晴らしいのはもちろんだ。少なめのヴィブラートを掛けるところと掛けないところをはっきり意識して使い分けているのが素晴らしいが、それにもまして素晴らしいのが音程の「取り方」だ。

 

我々の世代が若い頃から聴き慣れた20世紀の巨匠たちの音程の取り方はいわゆる「高め」で「ブリリャント」と言われている見栄っ張りな「ソリスト仕様」とでも言える音程の取り方で、簡単にいうとヴァイオリンの第3ポジションより上の高音域はわずかに高めに弾くのが通常だった。このコンチェルトで言えばD durの音階が3オクターブに渡って上って行くところなどで最高音のdが少し開いた高い音になるのはよく聞く。そう言った演奏は今でもYouTubeなどで聞けばすぐに出てくる。あの音程の取り方に慣れるとそれが当たり前に聞こえてくる。若い頃はそういう音程の取り方を積極的に教える先生がたくさんいた。

 

ファウストはその見栄っ張りをやめて、楽曲が真に求めている音楽そのものだけに集中している演奏に聞こえる。音程をにオーケストラから浮き上がった、目立つ音ではなく反対にオーケストラに進んで調和して行く弾き方だ。ハイレベルの弦楽四重奏団のファーストヴァイオリンのように演奏しているところが随所にある。例えば第3楽章のロンドの主題がそうだった。

 

最初G線で少し骨太な音で出てきた後、高音でもう一度出てくる時がそうだった。ここではピアノ(もしかしてpianissimo)の音形をまるで弦楽四重奏のパッセージのように思い切って弱音でまるで4人で弾いているかのような音を作っていた。当然ながら30人近くいるだろう弦楽器群の超弱音は必須と言っていい。こういうパッセージが至る所にあり大変高度な室内楽を聞いている心地になった。

 

そうしてそれを実現したのがTh. Dausgaardの率いる素晴らしいオーケストラだった。先にも書いたpianissimoの部分もそうだが、素晴らしいと思ったことのひとつがオーケストラの前奏、間奏だった。この曲はヴァイオリンのソロに応えるオケが気の抜けたつまらない演奏になる例がたくさんある。大抵の客演指揮者というのは月曜か火曜に街にやってきてまず自分の持ち曲を思う存分練習したいものである。コンチェルトは大抵の場合は主催オケから頼まれた曲で人によってはスコアすら持ってこないで練習も1回くらい(お座なりに)しかしなかったりする。曲に対するコンセプトなど云々したりすることもなくソリストに任せっきりのような演奏が結構ある。

 

話が脱線するが、昔クルト ザンデルリングがシューマンのピアノコンチェルトをアルゲリッチとやったことがあったがそれはまさにそうだった。オケだけの譜読みすらしなかったが演奏は生涯残るような素晴らしいものだった。ザンデルリングの偉大さを知った時だ。だが、大抵はそうはいかない。

 

話をDausgaardに戻すと彼は前奏から間奏、全てに渡って全身全霊を込めて振っていた。まるでソリストとオケは対等、いやもしくはオケの方が大事だと言わんばかりの熱のこもった名演で、そうしてファウストはそれに応えるかのようにほとんどのオケの部分をファーストヴァイオリンと一緒に弾いていたがそれがまたオケの熱演を誘ったのではないかと思って聞いていた。

 

あるところではベートーヴェンのもう1曲の弦楽四重奏曲、別のところではもう1曲のベートーヴェンの交響曲を聴いた気分だった。

 

この指揮者だが、昔リヨンのオペラにも振りに来たかもしれないと後から思うのだが定かではない。