先日、ほぼ一週間の日程を終えHPAIRから帰ってきました。よく学び、よく考え、よく遊び(クラブでワイングラスの破片が靴の裏にきれいに刺さったまま踊ってみたり 笑)、よく食べた(午前3時に男二人でタクシーに乗ってチキンライス食べに行ったり)、日々だったな。


ああゆう会議ってそりゃあ、世界中の意識の高い学生達に会って刺激もいっぱい受けるし、参加するだけでなんとなく成長した気になってしまうけど、やっぱり一番大事なのはその後なんだよね。見て、聞いて、感じたことを自分の中でそのままにしておくだけじゃ、すぐに無くなってしまって、そんなの行かなかったことと一緒。 

何を吸収できたかってこと、何ができて、何が出来なかったかってことをはっきりさせて、次につなげていかなきゃね☆ 


要はPDCF(Plan Do Check Fix) を働かせろって事だな。(就活でよくいわれるあれね(`∀´))


と自分を戒めてみたけど、このHPAIR,本当に参加できて良かったと心底思っています。Londonで7月に同じ寮で会った上海の女の子に偶然再開したり、ずっとメールのやり取りしてた日本に留学してた子にやっと会えたり、ひとつ一つの出会いがとても印象的でした。そして、何よりもたくさんの同じ時間をともに笑い、考え、議論して過ごせた、個性豊かなJapanese delegatesのみんなにありがとうと言いたい。また、絶対みんなでわいわいやろう。


肝心の、会議で感じたこと。"Reevaluating Asia、what is Asia?"という問いかけが会議全体の、特に自分がいたworkshop "religion and nation"の一貫した問いかけであったような気がした。個人的にはアジアとは一言で言うと多様性であると思うな。西洋に対しての東洋という見方で捕らえるのではなくて、あらゆる宗教、人種、文化、政治体制がアジア”多様性”という輪の中で共存していると考えるべきだと思う。アジア的価値観(オリエンタリズム的な)(さらに儒教文明、イスラム文明とかいうわけ方も無理があると思う)、なんて、本当は存在しない。無理やりひとくくりにして説明しようとするからダメなんだよね。 だって、正直同じアジアって言われても、日本人にとってインド、パキスタン、さらには、カスピ海周辺諸国や中東の国々の人は地理的にも文化的にも遠い存在でしょ。さらに、隣国の(アメリカ人からみたら相違のない)中国や韓国ですら、日本との”違い”は顕著に出るときがあるから。だから、逆に面白いんだよね。 グローバリゼーションで地球が小さくなっても、”Asia still shares the notion that it is diverse”.  


Along with this line, ”靖国問題”のセッションで感じたことは、お互いの意見のずれを修正して、合意することを期待して議論しても、そんなの始めから無駄であって、結局何も生まれないってことだな。 Acceptace of the differences が何よりも重要。そりゃあ、モノの見方は誰だって違うし、ましてや教育やマスコミや文化背景が違ったら、そんなの当たり前。共通の歴史認識を持とうなんて言ってる人もいるけど、それってナンセンスじゃあないのかな。”何が違うのか?”ってことの理解から始めて、じゃあそれはお互いどういう理由で違う見解を持っているんだとうっていう方法で進めないと。 


いい例が”日本の首相は日本が引き起こした戦争に関して隣国に一度も謝ったことがない”っていう、中国や韓国の学生から良く聞かれる意見。事実は日本政府は謝っているんだけど、この受け止め方の相違はどこに原因があるだとうっていうアプローチをここでするのがthe most productive であると思う。それをするには両者の冷静で活発な”dialogue”しかない。それだけに、政治的な意図で東アジア諸国の外交的な交流が控えられていることはとても勿体ない。(学生レベルではあんなに腹をわって話せるのに)

つまりは、違いがあるってさえ認められれば、状況は進展するんだと思うな。日本も中国も韓国も自分の考えとか認識が唯一正しくて、他国にそれを受け入れてもらうことを目的としているんじゃないかな?!お互いを良く知り違いを認めること!!その上で誰が、何をすべきかを決めればよいんだと思う☆これって、意外と実践されてないんじゃ?!

A funny story goes in our work shop. (A Korean guy said "I hate Japanese. I am sure to be smarter than them. I really hate them but my Japanese girlfriend!!)



しっかり一年過ごして、来年もまた仲間に会いに行こうと思った。