経済小説家、幸田真音の「周極星」を読んだ。上海と東京を舞台に、日本、中国という二つのアイデンティティが交錯する物語である。彼女の作品は、弱肉強食の市場の第一線で勝負する人々が見せる、人間臭い部分を鮮やかに表現していて、難しい話題を扱っていながら、読んでいて全く飽きさせない。社会の仕組みを知るのも好奇心を刺激されるが、やはりその中で活動する人間への興味には敵わないと思う。彼女の小説を読むと、いつもそう考えさせられる。
影響を受けやすい人間だからだと思うが、読み終わってすぐに上海に行きたくなった。物語で語られていた、上海はそれほどとてつもないエネルギーを内包した都市だ。自分もそのエネルギーを目一杯感じてみたい。世界中から、ひきつけられるように、人やお金がこの大都市に導かれ、吸い込まれていく。次々と巨大なビルが空に突きあがり、新しいビジネスが生まれていく。「上海の女は前しか見ないの。」という、登場人物のセリフが、過去を忘れ去るかのように前進と発展を続けるこの都市をうまく言い表している。
3年前に訪れた上海で、そのスケールのでかさと、都市の持つ無限のエネルギーに圧倒されたことを覚えている。正に現在進行形で発展している都市を実感することができた。東方明珠塔を初めとした浦東地区から、郊外へ伸びて建設中の地下鉄や高速道路、そして裏路地のボロ納屋でひっそりと生活する人々まで、上海は経済成長の時間軸が凝縮された都市のように感じられた。高度経済成長期の日本もこんな風だったのだろうか?
昨年7月号のTime誌で、中国の若者層を特集した記事があった。そこでは、自己中心的で自らの欲に正直な若者達による消費が中国経済の成長を支えているとされている。彼らの関心は、自らの生活の向上であり、民主主義や言論の自由ではない。投票権がなくても、自分の生活が豊かである限り、不満はないのだ。皮肉であるがこの国の国民ほど、資本主義に向いている人々もいない気がする。
南の上海に対して、北の大都市と言えば北京である。北京は昨年の夏に二度訪れた。上海で感じたような、都市の持つエネルギーはそこまでなかったが、北京はとにかく広い町だった。Forbitten cityなんて、ほんとうに規格外のでかさだ。時の皇帝はあの端に壇上に立ち、その前に、何万人もの宮廷使えの役人達がひれ伏す光景を見ていたんだろうかと考えたりした。さぞかし気持ちよかったことだろう。ただ、スペースの有効活用に命をかける小さな島国に慣れた自分には、悲しいことに、いたるところで無駄な空間が多いなと感じてしまった。大陸は広い!
この二都市しか中国は知らないが、自分はこの国のエネルギーやスケールの大きさをあらゆるところで感じ圧倒されたというのが実感である。そして、自分をふくめて、人をひきつけてやまない何かが、この二つの都市にはあった気がする。
まとまりのない文章になってしまった・・・
影響を受けやすい人間だからだと思うが、読み終わってすぐに上海に行きたくなった。物語で語られていた、上海はそれほどとてつもないエネルギーを内包した都市だ。自分もそのエネルギーを目一杯感じてみたい。世界中から、ひきつけられるように、人やお金がこの大都市に導かれ、吸い込まれていく。次々と巨大なビルが空に突きあがり、新しいビジネスが生まれていく。「上海の女は前しか見ないの。」という、登場人物のセリフが、過去を忘れ去るかのように前進と発展を続けるこの都市をうまく言い表している。
3年前に訪れた上海で、そのスケールのでかさと、都市の持つ無限のエネルギーに圧倒されたことを覚えている。正に現在進行形で発展している都市を実感することができた。東方明珠塔を初めとした浦東地区から、郊外へ伸びて建設中の地下鉄や高速道路、そして裏路地のボロ納屋でひっそりと生活する人々まで、上海は経済成長の時間軸が凝縮された都市のように感じられた。高度経済成長期の日本もこんな風だったのだろうか?
昨年7月号のTime誌で、中国の若者層を特集した記事があった。そこでは、自己中心的で自らの欲に正直な若者達による消費が中国経済の成長を支えているとされている。彼らの関心は、自らの生活の向上であり、民主主義や言論の自由ではない。投票権がなくても、自分の生活が豊かである限り、不満はないのだ。皮肉であるがこの国の国民ほど、資本主義に向いている人々もいない気がする。
南の上海に対して、北の大都市と言えば北京である。北京は昨年の夏に二度訪れた。上海で感じたような、都市の持つエネルギーはそこまでなかったが、北京はとにかく広い町だった。Forbitten cityなんて、ほんとうに規格外のでかさだ。時の皇帝はあの端に壇上に立ち、その前に、何万人もの宮廷使えの役人達がひれ伏す光景を見ていたんだろうかと考えたりした。さぞかし気持ちよかったことだろう。ただ、スペースの有効活用に命をかける小さな島国に慣れた自分には、悲しいことに、いたるところで無駄な空間が多いなと感じてしまった。大陸は広い!
この二都市しか中国は知らないが、自分はこの国のエネルギーやスケールの大きさをあらゆるところで感じ圧倒されたというのが実感である。そして、自分をふくめて、人をひきつけてやまない何かが、この二つの都市にはあった気がする。
まとまりのない文章になってしまった・・・