経済小説家、幸田真音の「周極星」を読んだ。上海と東京を舞台に、日本、中国という二つのアイデンティティが交錯する物語である。彼女の作品は、弱肉強食の市場の第一線で勝負する人々が見せる、人間臭い部分を鮮やかに表現していて、難しい話題を扱っていながら、読んでいて全く飽きさせない。社会の仕組みを知るのも好奇心を刺激されるが、やはりその中で活動する人間への興味には敵わないと思う。彼女の小説を読むと、いつもそう考えさせられる。

影響を受けやすい人間だからだと思うが、読み終わってすぐに上海に行きたくなった。物語で語られていた、上海はそれほどとてつもないエネルギーを内包した都市だ。自分もそのエネルギーを目一杯感じてみたい。世界中から、ひきつけられるように、人やお金がこの大都市に導かれ、吸い込まれていく。次々と巨大なビルが空に突きあがり、新しいビジネスが生まれていく。「上海の女は前しか見ないの。」という、登場人物のセリフが、過去を忘れ去るかのように前進と発展を続けるこの都市をうまく言い表している。

3年前に訪れた上海で、そのスケールのでかさと、都市の持つ無限のエネルギーに圧倒されたことを覚えている。正に現在進行形で発展している都市を実感することができた。東方明珠塔を初めとした浦東地区から、郊外へ伸びて建設中の地下鉄や高速道路、そして裏路地のボロ納屋でひっそりと生活する人々まで、上海は経済成長の時間軸が凝縮された都市のように感じられた。高度経済成長期の日本もこんな風だったのだろうか?

昨年7月号のTime誌で、中国の若者層を特集した記事があった。そこでは、自己中心的で自らの欲に正直な若者達による消費が中国経済の成長を支えているとされている。彼らの関心は、自らの生活の向上であり、民主主義や言論の自由ではない。投票権がなくても、自分の生活が豊かである限り、不満はないのだ。皮肉であるがこの国の国民ほど、資本主義に向いている人々もいない気がする。

南の上海に対して、北の大都市と言えば北京である。北京は昨年の夏に二度訪れた。上海で感じたような、都市の持つエネルギーはそこまでなかったが、北京はとにかく広い町だった。Forbitten cityなんて、ほんとうに規格外のでかさだ。時の皇帝はあの端に壇上に立ち、その前に、何万人もの宮廷使えの役人達がひれ伏す光景を見ていたんだろうかと考えたりした。さぞかし気持ちよかったことだろう。ただ、スペースの有効活用に命をかける小さな島国に慣れた自分には、悲しいことに、いたるところで無駄な空間が多いなと感じてしまった。大陸は広い!

この二都市しか中国は知らないが、自分はこの国のエネルギーやスケールの大きさをあらゆるところで感じ圧倒されたというのが実感である。そして、自分をふくめて、人をひきつけてやまない何かが、この二つの都市にはあった気がする。

まとまりのない文章になってしまった・・・
















日常をきりとった日記、つまり「今日、どこで何をしてこう感じた」いうような文章はブログにはなぜかあまり書きたくなかったため、書いてこなかった。 何か特別な出来事が自分に起こったときは自然と文章が出てきたのだけど、平凡な一日では書くべきことも見つからない。今日自分が何したかなんて誰も知りたくないだろうし、(ブログは他者を意識して欠く文章だと思う。)、自分に感じ、考える力、「感性」が足りないのだと思う。だから、マネックスの松本さんのブログ なんかは毎日欠かさず更新されていて、しかも内容も非常に深いものが多い。教養が深くて、ものごとに対する知的好奇心や洞察力に秀でてる人だなといつも関心する。人生を楽しむこつは、経験の量や幅もそうだけど、その質、つまり体験したことをどう感じ、考えるかにかかってるんだろうな。

てことで(?)今日は日常を(がんばって)書いてみよう。

最近していること。朝起きて(結構遅くまで起きれない・・・)、大学に行って、勉強したり、ゼミに出たり、友達と話したり、今計画してるイベントのMTGに出たり、ご飯を作ったり、食べたり、ジムで走ったり、テストを受けたり、バイトに行ったり、飲んだり、踊ったり、可愛い子を観察したり、将来への希望と不安にさいなまれたり、している。幸せなときは、ご飯食べているときと、人と話しているときで、気分が悪いときは朝起きたときと、電車の暖房が暑いとき。

最近考えたこと。引越し先、春休みの旅行先、旅行時期、免許講習所の場所、いかに仕事以外に趣味を持つか、ビジネススクールに行く方法、理想の人間関係、好きな人、嫌いな人、人生を豊かにする方法、社会科学と人文科学の違い、経済学の目的、論理的な文章の書き方、いい質問の仕方、好きな店のセールで1万をカードで二回払いで払うか否か、自分の考えを他人にどう伝えるか、働く目的、人とのつながりの大切さ、などなど。

最近消費したもの。服、食材、ご飯、コーヒー、雑誌、本、音楽、チケット。

振り返ることって基本的に好きじゃないけど、たまにはいいかもと思いました。







「Change & Progress」 これが、今年の僕のモットーです。
「It is not the strongest of the species that survives nor the most intelligent that survives, It is the one that is the most adaptable to change」(Charles Darwin)、進化論を唱えたイギリス人自然科学者の有名な言葉である。現在の自分の価値感ととてもシンクロするところがあって、ついつい引用してみたくなりました。

自分は、新しいものが好きで、常に変化しているものに心を揺さぶられる。そして、そんな自分自身も常に変化し、前進していたい。変化をやめることは、現状への安住、成長の停滞を意味すると思う。できるのなら常に、僕はcutting-edgeにいて、世界が変わっていく瞬間をなるべくリアルタイムで見ていたい。自分とはそんな人間だと、最近つくづく思う。

変化と言えば、年明けの国際金融市場は波乱の幕開けだった。1バレル100ドルをつけた石油をはじめとして世界的な資源、コモディティ価格の急騰、そして米国株安、主要通貨に対するドルの続落。続いて発表された、米国の雇用統計の低迷からもサブプライム問題依頼懸念されるアメリカ景気のさらなる減速が示唆された。大国アメリカ経済の落ち込みは、全世界経済に影響を与える。こうやって、刻一刻と変化していく金融や経済というのはやはり面白い。そして、その変化がどのような要因によって引き起こされ、さらにその変化自体がどのような変化につながるのか。変化する事象の原因と結果を考えることはとても好奇心をくすぐる思考であると思う。

「What drives myself?(何が自分自身を奮いたたせるか?)」という問いは、本来快楽主義的な人間が生きていく上で常に直面する問いであると思う。今なら自分は、迷わず「変化」と答えるであろう。

年末年始は、去年の自分を振り返り、来るべき年のまだ見ぬ自分をイメージするためにとても良い時間であった。そうやっていろんなことを考えていると、昔サッカーをやっていた時、良くイメージトレーニングをしていたことをふと思い出した。当時イメージの中の自分は、ワールドカップの決勝でドリブルで敵を抜き去りゴールを決めていたり、高校サッカー選手権で絶妙のラストパスを繰り出していた。数え切れないくらいたくさんの自分の活躍シーンを、しかも具体的にイメージできていたのである。今思うと良くもまあそんな非現実的な自分をずうずうしく思い浮かべていたなと思う。しかし、サッカーをやめてしまった今でも、あらゆる状況で理想の自分像を都合よく頭の中に描くことだけはうまくできるのだ。ただ、それが現実の姿になるかどうかは別の話であるのだけど。

妄想の中の自分に少しでも近づけるようにがんばろう。













僕は、いつもネットでニュースをチェックしているのだが、今日ふと違和感を感じた。

それは、google news やら msn newsなど、ニュース配信サイトを見ると必ず目にする、「本日のトップニュース」について。これって一体、どうゆう基準でこの「トップニュース」が選ばれているのか。もっと、一般的に言えば、報道の優先順位とは一体、どのように決めているのかということである。閲覧者の目に留まる「重要な」ニュースがあれば、目に触れられずに消えていく、所謂「重要度の低い」ニュースも当然あるのだ。これって、良く考えると相当、怖いことではないのかな。

情報インフラが発達し、世界中のニュースが瞬時に手元に届く時代になった。もっと正確に言うと「届けられる」時代になったのだ。時と場所を選ばず欲しい情報を、粒さに仕入れることができる、これを我々は「便利さ」ゆえに盲目的に受け入れていてしまっていることが多い。

ネット上では特に、情報提供者による、閲覧者が得る情報に対する(結果的に)恣意的な取捨選択が行われる確立が非常に高いと思う。これには、いくつかの原因が考えれる。閲覧者側の事情として、ネット上の情報は無限であるため、限られた時間においては、検索サイトやポータルサイトによって恣意的に選択された情報に頼らざるを得ない。また、情報獲得がワンクリックで行うことができるため、そのために全くといっていいほど、思考を要さない。さらには、大抵の場合、ひとつの情報の周りには、関連する情報へのリンクが張り巡らされており、ひとつひとつの情報を吟味する時間は短くなりがちである。このようにして、閲覧者は、恣意的選択のほどこされた情報の無批判な受け手となってしまいがちなのではなかろうか。

自分達が選択して情報を得ていると思っていても、それはほとんど他人の恣意性を含んだ情報なのである。それ自体は、無限に張り巡らされネット上の情報をひとつひとつ精査するのは不可能であるゆえに仕方がない。しかひ、少なくともそれをどのように、自分のものとして理解し、考えを持つことをせねば。どんなに、世の中が便利になっても、いつの時代も「自分の頭で考えること」を放棄したら、終わりである。

自分への戒めをこめて。








秋になると、家が恋しくなる。
ずっと外で遊んでいたかった夏とはうって変わって、この季節は一日の予定が終わるとすぐに家路につきたくなる。帰宅途中に、家の前のスーパーで買い物して、ゆっくりと夕食を作りたくなる。そんな静かでゆったりとした時間の中で、ひとり色んなことに思いをめぐらす。僕にとって、とても大切な時間だ。

先週末、3泊4日で韓国はソウルに行ってきた。ゼミの合宿ということで、日韓の学生達が研究を発表しあう毎年恒例のセミナーに参加することが、今回の旅の大きな目的だった。2日目に行われた、このセミナーでは各大学の発表内容はとても興味深いものだったが、韓国側の数理モデルを使ったプレゼンは理解に苦労した。そしてその夜は、交流会という名のおきまりの日韓合同飲み会。我らがゼミの男連中は、「韓国版焼酎」の飲み安さに調子に乗り、そして高麗大学の女の子の飲みっぷりに感化されて、そして何より例の「韓国版drinking game」にまんまと乗せられ、ソウルの夜に沈んでいった。しかし、やはりお酒を酌み交わすことで、深い話しができたことも事実で、代償は大きかったが(次の日は生き地獄)、楽しい夜だった。

それはそうと、個人的に色々なことを考えた旅行だった。特に、韓国や韓国の人々を通して、再度日本を客観的に見ることができたという意味で、とても意義深いものであった。韓国と日本は、あらゆるところが非常によく似ている。それは、韓国が日本を参考にして経済を発展させていったこと、また、この国がかつて日本の植民地であったことから考えると、自然なことかもしれないが、初めての韓国でそれを実感した。それゆえに一層、韓国滞在中、相対的に日本を見るようになっていたのかもしれない。

韓国の学生と話すといつも思うことがある。(これは僕がある特定の層の学生達と話しているからだけなのかもしれないが)それは、彼らは自分の国の状況を良く分かっていて、その中で自分が生きていくには何をすべきなのかについて真剣に考えている。これは、彼らの国がおかれた状況を考えれば、ある程度は理解できることかもしれない。韓国は、とても小さな国である。人口は、せいぜい日本の4分の一で、国土も日本の二分の一ほど。対した、天然資源が国内にあるわけでもない。そして、常に北との戦争の危険にさらされてきた歴史を持ち(男子は原則二年の兵役がある。)、民主主義を勝ち取ったのも最近のことである。97年には、アジア通貨危機で、IMFの支援を受けるまでに経済は落ち込んだ。そして、依然として相対的に高い失業率が存在し、所謂一流大学を出ても仕事がないという状況は少なくないそうだ。
このような状況の中で、韓国は日本を上回るスピードで経済発展を遂げて、先進国の仲間入りをした。国内市場が限られているため、国民は良い生活を享受するために、外に目を向け、さらに自分の国に何が足りないのかを常に意識しなければならない。韓国の学生(少なくとも僕の会った)と話すと、彼ら、彼女らは、自国の将来(=自分自身の将来)を真剣に考えているし、そこには危機感がある。これは、彼らにとって当然なことであると言えばそれまでである。

それでは、日本はどうか?日本の国民、少なくとも日本の大学生のどれほどがこの国の将来について真剣に考えているだろうか。自分は、この国が駄目になっても、やっていけるだけの実力をつけるべく努力しているというのなら話は別だが、そのようなさししまった危機感はこの国からはほとんど感じられない。海の向こう側では、グローバル競争が当たり前のように繰り広げられているというのに。日本は、日本人はその中で果たして生き残っていけるのか。

日本の経済は、かなりの部分を内需に頼った経済である。人口一億三千万、国民一人当たりの平均所得が3100ドルという、未だ巨大な市場は健在であるためである。しかし、一人当たりの所得がそれほど増加せず、少子化がこのペースで進んでいったらどうなるのか(この国が人口が減っていくのは)。当然、内需は減少する。じゃあ、トヨタや松下のような「製造業」が外需を利用して日本経済を支えてくれるのか?必ずしもそうではない。現代のグローバル企業は、安くて優秀な労働力、安い税金、整備されたインフラを求めて、国境を自由に移動する。逆に、国家はそのような多国籍企業を自国にひきつけるために、優秀な労働力やインフラを提供し、効率的な資本市場を整備しなければならないのである。なぜなら、これらの企業の存在が、直接的には国家の税収の増加につながり、国内の雇用創出につながり、ひいては国の経済を豊かにすることにつながるのである。今後市場が縮小し、規制の厳しく、税金の高く、英語もまともに話せない日本にすすんで資金を投資してくれる企業が果たして継続的に生まれてくるだろうか。当然、トヨタや松下が日本で製造し、日本でビジネスをすることにこだわる理由など、あまりない。

とはいえ、日本は本当に豊かな国であると思う。韓国で一番豊かであるといわれるソウルの街を歩いてみて、改めてそれを強く感じた。おととしあたりから就職前線は空前の売り手市場であるし、四半期決算を見る限り製造業を中心に日本企業の業績は極めて好調である。(しかし、これらは新興市場や資源高といった、所謂外需の伸びが最大の要因である。内需は依然として、落ち込んだままである。)しかし、これは本当にサステイナブルなのかについて、私達ひとりひとりが真剣に考えなければいけない段階に日本はきていると思う。莫大な財政赤字を毎年積み上げる上、自分の老後のことしか考えていない年寄り政治家達に、この国の抜本的な改革を期待するのが間違っている。だからこそ、余計、国民ひとりひとりが危機感を持ち、今変えられることを改善していかなければない。そういう意識さえもが、この「豊かボケした」日本には決定的に欠けていると思う。

今こそ、韓国に日本は学ぶべきことが多いのでは。





















以前、どっかに行く飛行機の機内で読んだ雑誌で、SONYの前CEOの出井さんがこんなような事を言っていた。
「僕は、物事を考えるときは常に、マクロとミクロの両方の視点を持つようにしている。」その前後のつながりは忘れてしまったが、僕はこの言葉が非常に印象に残っている。先々週、学校近くのホテルで本人をお見かけしたこともあり、少し考えてみた。(ちなみにその時の立食パーティーには、あのスティグリッツもすぐ目の前に、しかも一人でいたのにも関わらず、僕は極度に緊張して何もできませんでした。リアルに人生最大の後悔のひとつです・・・)

ミクロ、マクロと聞いて、真っ先に想起されるのが、経済学のミクロ経済学とマクロ経済学である。経済学自体が、世の中の事象を説明するための手段としての側面があるので、そもそもマクロ、ミクロの視点というのはもともとは経済学の世界から出てきたのかしれない。僕も、ひとりの経済学を勉強する学生として、ミクロ的に、あるいはマクロ的に世界を見る、と普段何気なく使うことがある。

ミクロ経済学とマクロ経済学で扱う事象や学習する分野は、きちんと分かれているようであるが、当然オーバーラップするところもある。一方で、一般的に使う「ミクロ的視点」「マクロ的視点」の両者は、所詮相対的なものに過ぎない。ミクロが相対的に小さく、部分的な事象のことをさすのに対して、マクロは相対的に大きく、全体的な事象のことを表しているのである。ミクロがあってのマクロであり、マクロがあってのミクロであるのである。

何かを説明したり、自分の頭の中の理解を整理したりするときに、マクロ、ミクロという、あるひとつの事象をある意味強引に二分して、単純化することはとても役立つものであると思う。何か、抽象的な概念に対して秩序付けを与えることができるのである。こういうのはまた強引かもしれないが、「私の主張は、以下の3点です。」というのと同質である気がする。フレームワークにあてはめることで、すっきりさせるのだ。

僕は、ものごとを考えるということは、世の中の混沌とした事象を各自が自分の中にあるフレームワークで整理し直す作業なのだと思う。ある人は、今回のサブプライムの問題を「アメリカの低所得者向けの住宅ローンの焦げ付きというミクロの問題が、世界の金融市場におけるクレジットクランチというマクロの問題につながった。」とマクロとミクロの視点から捉えなおすが、別の人は、「格付けの低い低所得者層向けのローンと、それを証券化し組成された格付けの高い証券化商品との信用力のギャップの存在が、金融市場の隠れたリスクの増大につながった。」と、リスクの高低に着目した説明を展開するかもしれない。また、他の人は、この事象を二つではなく、それ以上の複数に分けて捉えなおすかもしれないのだ。

僕は、個人的にはマクロ、ミクロの視点は、自分の置かれている状況を相対化するためにとても役立つので、好きです。




















「東京」、この街で生活し、学び、働く人々の大半がそうであるように、僕自身も、もともとはこの街の出身者ではない。僕は、大学に通うために上京して、はや3年と半年ほど。当時未だ10代だった僕は、とても閉鎖的で限られた可能性しか感じられなかった、愛知の田舎を飛び出し、ただただ大きな世界を見るために東京にやってきた。初めて降り立った新宿駅の地下の迷路に迷い、一時間くらい地上に出れなかったこともあった。とにかく、巨大で、人が一杯いるところだなと思ったのを覚えている。

僕の東京生活一年目は、一人暮らし、大学生としての生活のリズムを掴もうとしているうちに終わりを迎えた。三年の夏にアメリカから帰国してから、就職活動で、都内の色々なところにセミナーやら面接に駆け回った。思えば、この頃からようやく、東京という街を楽しめるようになってきた。興味のあった会社のロケーションの関係で、丸の内と六本木、赤坂あたりは頻繁に行った。いいなあと思ったカフェや洋服店に、リクルートスーツのまま入って自分の時間を過ごすのが、ストレスフルな就職活動の楽しみの一つだった。

一方で、僕は大学生の間、海外の「都市」にもよく足を運んだ。NY、Boston、Chicago、DC、Miami、LA、London、Shanghai、Singapore、Hong Kong、Beijing、Bangkok。ここに挙げた都市は全て、コスモポリタンと呼ばれる都市であり、世界中から色んな国の人々や彼らが持ち込む文化が集まり、それぞれが独特の雰囲気を作りあげていた。僕は、それぞれの街で世界中の人たちと一緒にとても楽しい思い出を作ることができた。NYでは、当然のようにEmpire stateからの夜景に圧倒され、Hong KongではSohoにあるfancyなレストランに心を奪われた。

でも、こうやって色んな都市を見た後で、僕は今つくづく思う。東京ほどバランスのとれた都市はないなと。
いくらコスモポリタンとは言え、東京ほど、あらゆるジャンル、そしてあらゆる価格帯の食事を楽しむことのできる都市は他にはないと思う。交通機関の便利さは言わずもがなだし、買い物や遊ぶ場所だって無限のチョイスがある。そして、何より安全で清潔ある(蛇口の水飲めるし)。気候だって、夏の一時期を除けば、四季を楽しみながら暮らすことができる。緑溢れる公園、高層ビルからの夜景・・・世界に、これほど総合力の高い都市はないのではと。NYはエキサイティングだが、いかんせん汚いし、治安も心もとない。Londonも同じく。Hong KongやSingaporeは非常にバランスのとれた都市であると思うが、決定的に欠けているものがある。それは、都市としての歴史である。やはり、積み重ねてきた時間の重さは何にも変えられない。

戦後から少し前までずっと東京の中心だった、日比谷公園周辺を歩きながら、少しこんなことを考えた。


先日、ゼミに講師としてお話しをしにいらした某企業の方がおっしゃっていた。
「僕は、話すだけでその人が日記をつけているかどうかが分かる。」と。そこで、今日は文章を書くことの意義について考えてみた。ちなみに僕は、進んで文章を書くような人間ではない。

文章(日記を含め)を書くことは、社会的な生活を営む上で多くのメリットがあると思う。

まず、文章を書くことで、自分の考えを整理し、論理的にものごとを考えられるようになる。
僕の場合は特にそうなのだが、頭の中で何かを考えたり、感覚的に何か感じたとして、それを文章にするのは時に非常に難しい。なぜなら、文章は基本的に他者を想定して書くものであり、自分なりに「大体こういう感じ」と表現するだけでは、全く意味の分からないものになりかねないからである。よって、自分の頭や感覚で分かっているつもりになっていることを、他人への伝達の手段としての文章として分かりやすく体裁化することは、社会的存在として生きていくには必要不可欠なのである。

次に、文章を書くことで、自分の知識を広げるきっかけとなる。
文章を書いていると、頭の中に入った知識だけでは、上手く説明できない事象に出会うことが多々ある。例えば、他に最も適した表現方法や、適切な例示的事象が自分では思いつかない場合。または単純に、自分が書いているうちに、内容に関するインプットが足りずにそれ以上書けなくなる局面がある。そういう場合は、当然調べるしかない。その意味で文章を書くことは、ソクラテスではないけど、ある種の「無知の知」の行為なのである。自分が何を知っていて、何をさらに探求する必要があるのかを、正確に理解している人は以外と少ない。

最後に、文章を書くことで、「記録」を残すことができる。
これは、文章としての物理的な記録についてもそうであるが、人間はやはり、自分の手と視覚を使って文字にしたことは頭の中に定着しやすいものである。僕自身も経験があるが、文章にしたことは印象的に覚えているし、他人にもうまく説明できる。

ここまで、うだうだ書いてきたが、要するに文章とは「自己と深く向かい合うための最適な手段」であると言えよう。
そうすると、文章を書かない人間(自分)は、自己と深く向かい合うことを避けてきた人間であると言える!?
確かに、納得。。。










昨日、韓国の高麗大学の学生達と合同ゼミを行った後、一緒に東京観光へ繰り出した。

先方の希望で、コースは六本木ヒルズ→夕食→新宿の都庁展望台。

17:00@六本木
今回の訪問団を率いる、Hong教授は、韓国の政府関係機関の要職を歴任されている方。とても、物腰の柔らかく、博識なお方で、日本、韓国、アジアについて色んな話をさせていただきました。東京タワーがきれいに見える、例のスポットへ、さりげなく学生達を導いかれた時は、ちょっとびっくり。よくご存知で・・・ ちなみに、学生達は、毛利庭園や、ケヤキ坂でこれでもかというくらいに写真を撮ってました。蛇足ですが、スタバのコーヒーは、東京よりソウルの方が高いということ。また、インドではスタバのコーヒーを片手に歩くのが、一種のSocial statusになっているみたいで。日本では、ちょっと大衆化しすぎていますよね・・・

19:30@新宿西口
日本風居酒屋で夕食。店の内装も日本の民家のようなつくりで、彼らも満足。Hong教授が、日本酒は新潟産しか飲まないというこだわりがあるらしく、当然のように注文。韓国、中国の学生がいたので、それぞれの国の乾杯の仕方を教えていただいたんだけど、韓国は日本以上に厳格な上下関係が存在していることを再認識。目上の人から、お酒をついでもらうときは、当然、おちょこを両手で持ち、いただくときは、相手の目の前ではなく、後ろを向いてこっそり飲むのである。そして、飲んだら、御礼。お酒を飲む順番も目上から下の順番で、つがれたお酒は一口で飲み干すことが礼儀とされているらしい。When in Rome, do as Romans do, ということで、自分も今度から気をつけます。蛇足ですが、お酒が入ると英語が饒舌に話せるようになる。

22:00@都庁45階
なんと、自分自身も初となる、都庁の展望階からの夜景。基本的に、外国人の方々しかいませんでした。Hong教授が、しきりに、このCity Buildingは巨大すぎると繰り返していたのが印象的でした。日本の中心東京都のシンボルですからね。それより何より、高麗大学の女の子達は、お土産購入に夢中になって、夜景なんてそっちのけだったことが驚き。肝心の夜景はというと、大満足でした。NYのEmpire state からのManhattanの夜景は鳥肌ものでしたが、高さは違えど、東京のそれもなかなかでした。夜景つながりで、蛇足ですが、夜、空から見たChicagoの街並みは今までの中でベストだったかなと。あそこは、道路が東西南北に碁盤の目のように張り巡らされ、それに沿った統一的な街頭の色が果てしなく続いていて、上から見ると無数の光の滑走路のようなのです。

今回の訪問は、学生達の強い希望に、Hong先生が何とか応えてあげたいということで実現した模様。聞くところだと、特に、中国の学生が日本をたった7日間の間でも訪れるためには、VISAが必要とされ、それを手にするためには、かなり多くの書類の提出が求められるらしい。そのような煩雑さや、高い旅費を自分達で工面して来ていただいた彼らに本当に感謝しねばと思った。それと同時に、この差別的とも言える、入国審査はやはり再考の必要性が多いにあると思う。

政府間関係が冷え切っても、私達は国境にかかる橋を強く信じねば。









 
先週、授業をお休みさせてもらって、京都に行ってきた。

小さい頃、両親が京都や奈良を好きだったせいで、良く連れてってもらったのを覚えている。当時は、古いお寺やお城なんて全く興味なんてないから、街で買ってもらえるソフトクリームやら、ホテルの朝食バイキングを楽しみにしていただけ。でも、なんとなく、その頃見たあの京都の街並みは今でも頭の片隅に残っていた。

今回は、京都の友人に、会いに行くのも目的だったんだけど、それ以上に、京都という街自体を、ゆっくりと見て、物思いにふけりたいなーというのが旅の目的。いつもどおり、無計画の旅行で、直前に夜行バスのチケットをとり、朝、京都に到着。その後は、鴨川で友達と会って、市内の寺を散策。京大を散策した後、午後からは嵐山へ。

嵐山は、数年前に来たことがあって、とても好きだった場所。その時にも乗ったトロッコ列車に乗ろうと思ったら、水曜日は定休日ということで、川くだりのボートに変更。男3人で、乗ってたのはうちらだけでした(笑) その後は、竹林で舞妓さんに会ったり、ぶらぶら散歩したり、とてもゆったりした時間でした。夜は、京都市内で飲んで、友人の家に転がりこんだ。

二日目は、今、話題の伊藤若冲展へ。自分も、行くまで知らなかったけど、今回の作品の公開はとても特別な意味を持つことであるらしい。明治の廃仏棄釈において、お上に没収された作品が、久方振りに返却されたのである。だから、平日とは言え、たくさんの人(ほぼおじいさん、おばあさん)が足を運んでいた。展覧会自体は、花、草、鳥、動物などを鮮やかな色使いで描いた作品は、とても迫力があった。

午後からは、哲学の道をぼーっと散策し、「ようじ屋」銀閣寺店の日本庭園に、感動。ようじ屋カフェでは、その日本庭園を見ながら、お茶を楽しめるということで、次回はぜひ。

夜は、再び京大で別の友達と三人で、学食へ。茶そばおいしかったなー。その後は、夜風にあたりながら、カップルが見事に等間隔に座っている鴨川沿いを歩きながら、近所の銭湯に行って、就寝。

最終日は、再び嵐山へ。今回は、レンタサイクルで、天竜寺、大覚寺などのお寺めぐり。中でも、足利尊氏が作らせたといわれる天竜寺の庭園は、良かった。これを、今まで保存してくれた人々に感謝しなければ。大覚寺の庭園もそうだけど、やはり水がある庭園の風景ってとても落ち着くなーと。京都は、鴨川やあちこちに見られる、小さな用水路のように、水をうまく町に取り込めているところだなと思った。

この日は、夕方に、友人と別れて、愛知へ。高校時代のサッカー部の面子は、やっぱり一番落ち着きます。

存分にリフレッシュして、よし、勉強がんばるぞ!と思った月曜日だったんだけど、ついにうちの学校も、麻疹で一週間休校という事態に・・・そののりで昨日はディズニーに行ってしまって、なんだか、ばたばたした、一週間だったなーとブログ書いてて思います。

それにしても、京都は三日間じゃあ全然足りなかったので、また秋にでもお邪魔しようっと。さてさて、レポートを早くやらねば(T_T)