2026年も9ヶ月過ぎてしまった。



今年は何をしていたかというと

主に紛争。



争いごとに時間を費やしてきた。



争いごとは好きではないが

働いていると、本当にいろんな人に出くわすので

『自分と意見合わない人いるよね』

『変な人いるよね』

『面倒臭いし、最も無駄な時間だけど弁護士交えた手前相手するしかないので相手してやるか』

と、それくらいに思えるようになってきた。




学生時代にジャイアンみたいなジャイ子に

嫌味を言われ、罵られ泣いていたぶちこが信じられません。




強くなったものだ。




そんなこと言っても体は正直なもので

白髪、全くなかったのに

最近は数ヶ月に2〜3本引っこ抜くはめになったので其れ相応のストレスは感じているみたい。




だが、そんな経験が人を最も成長させてくれるのんだ。




私の家族は代々理系家族で、

中高の友人も医者に薬剤師、

なんなら中高のクラスは理系クラス

大学時代はもちろん医学生だらけ



異なる領域の人たちと接することが全くと言っていいほどなかった。

というか異なる領域があることすら意識してなかったかも。



働き出してからは

もちろん医者の同僚に看護師、薬剤師だらけ



患者には自分の慣れた言葉で、

慣れた領域のことを一方的に話している

※もちろん当時の私は噛み砕いて話しているつもり



そんでどうですか

30代半ばになって。




弁護士と話す。

話が通じない。

横の文系旦那と弁護士は和気藹々話している。



『わたし、旦那と同じこと言ったよね・・?』



そう、旦那と同じ内容を話しているのに

私の話した内容は違うように解釈され、

旦那が言い換えるとスムーズに受け入れられる。



はははは・・どうして〜!!



もちろん、今まで私の言葉で人並みには生きてきた訳だから

私が完全に間違った言葉遣いをしてきた訳ではないと思う。



だがしかし



この半年間、いろんな領域の人と話す機会が増えて

私の語彙力のなさ、会話力のなさ、痛感した。



そして、今までの私の会話では

いろんなところで自分のことについて誤解を与えて生活をしていた可能性がある・・!




そう思うと恐ろしい上に

語彙力、表現力、会話力がない故に損していることが多いのではないか

と30数年生きてきて初めて悟った。遅くないか。




ワタシ、言葉知らないんだ・・



日本人なのに・・



せっかく本たくさん読んでいるので

もっと語彙、使われている言葉の使い回し学んで

自分のものにしていかねば



私が尊敬する石原慎太郎も

よくよく考えたら小説書いて

言葉を使って操っている



インプットして操る練習しないと人並み以上にはなれないんだな。

当たり前だけど。



ちなみに、操れる語彙が少ない人は

自分の感情や考えていることを表現できないから

精神的にも参りやすく、

見ている世界の解像度も低くなるらしい。



よりよく生きるために

言葉を学んで行きたい



争いも耐えない半年だったが

コトバに魅了された半年間だった。



争いごとも悪くない。