豊かであること。
先日、ご縁あり、
徳島にある、廣川さん宅に
お邪魔しました。
廣川さんはわたしと同世代ですが、
神奈川から徳島に移り住まれ、
時給自足の生活を送っていらっしゃいます。
お子さん4人の6人家族。
テレビ朝日のモーニングショー
そもそも総研でも、取り上げられてる
ご家族です。
山の見える広い土地には柿、びわ、野菜、ハーブ…。
色々なものが、植えたのか、自然に生えているのか…、
とにかく豊富です。
この日は干した大豆を皮から外す作業。
足踏み脱穀機で、まず大体の皮を外します。
廣川さんは簡単に機械を足で踏みますが、やってみるとかなりの重労働。
そして、大豆が残っていないか、
ひと枝ひと枝、点検。
残ったものは手で取り出します。
そして、唐箕(とうみ)と言う農具で、
いらない殻を飛ばします。
手間のかかる作業です。
でも、大自然の中みんなでやる作業は、とても楽しく都会にはない時間です。
味噌は手作りしていますが、
収穫した大豆が、
大豆の粒として目の前に来るまでに、
こんなにもたくさんの過程を通っていたとは思いもしなかったので、
今まで以上に一粒一粒、愛おしく感じました。
ガスはなく、薪で火を起こし料理をし、お風呂も薪で沸かします。
廣川さんが集めた石で作った
満点の星の見える露天風呂。
上を見上げれば、星の隙間がないほどびっしりの星空。
こんな贅沢なお風呂は、
どんな高級旅館でも味わえないでしょう。
肉は山からジビエを獲り、ほとんどのものを自分たちの畑で作り…。
この日食卓に並んだのは廣川さんが山で獲ってきた
鹿のモツ煮と、レバーの竜田揚げ。
そして、ピーナツも味噌も大豆から自家製の自家製ピーナツ味噌。
こちらも大豆から自家製の納豆。
ケーキも登場しましたが、小麦も作って石臼で挽いた完全自家製。
買ったものが、まず、ない…。
そして、それらはずっしりと、エネルギー溢れた命の味がしました。
私たちにとって蛇口をひねれば、
たやすく手に入るお湯ですら、
薪に火をつけるところから始まり、
私たちがお金を出せばすぐ買える食材も、命を頂き、手間暇かけてやっと食卓にのぼるのです。
一粒、ひとかけらさえも残す事なんて、出来ません。
本当はそれは当たり前のことなのに、
その過程をお金を払うことで済ませ、
見る機会のない私たちは、
ありがたさも薄れ…。
本当の豊かさを忘れてしまっています。
本当の豊かさを知ってる彼らの笑顔はとても素敵で、キラキラ輝き…
わたしは、フィリピンでの生活を思い出しました。
金銭的に貧しくても、 とても豊かな心を持ったフィリピンの家族のような友達たちの目はキラキラ輝き、ピュアで、
物資的にだけ豊かな日本が恥ずかしい気持ちにすらなりました。
しかし、日本にもこんな方達がいた。
本当に素敵だ〜。
心の豊かさを持つこと。
それは、私たち現代人には失われてしまった、
わたしたちの祖母の時代の人々が持っていた、
そして、フィリピンの仲間が、
廣川さん一家が持ってる
最高の財産で、
物質的に豊かならしあわせと思いこみ、
時には苦しみながらもそれを追い求めてる今を生きる日本人が
そんな心を持てたら素敵だなぁ〜
と、
満点の星空のように隙間なく輝いてる
都会の夜景を見ながら…、思うのです。