前提がある。
私は半世紀以上生きている。
つまり、私はこれから身体的なピークを迎えることのできる年齢ではない。
むしろ、これから全ての身体的機能は衰えていくことを前提にしなければならない。
幸か不幸か、私は40代半ばまで、運動らしい運動をしてこなかった。
こう言い切ってしまうと語弊があるかもしれない。
歩くのは好きだったので、よく歩いていた。
行事としての運動会には嫌がらずに参加していた。
所謂「運動」。部活動的な体系だった身体活動はしたことがなかった。という方が正確かな。
「運動」には素人なのである。
走るのが好きになり、走り初めて、約3年になる。
長距離走が好きだ。
遠くまで、自分の足で走って行くことができる、そのことが嬉しくてならない。
一体何歳まで私は走り続けていられるだろう?
感情としては、100歳を越えたって走り続けるもんね。
なんだが、理性としては、日本人の平均寿命等から予想するに、健康な状態を最大限維持できたとして、後30年程度だろう。
後30年間幸いにもランニングシューズを履き続けることができたとして、その内、ある速度で、ある距離を、規定時間内に走り切ることができるのは、せいぜい、その内の2分の1か、3分の1の期間だろう。
そういう計算の元、残る年月の中で、走ることについての目標がある。
1_4時間未満でフルマラソンを完走すること。
2_100km以上のマラソンを完走すること。
目標ではなく、憧れとして、
3_3時間未満でフルマラソンを完走すること。
「これから先、身体的ピークは来ない」という前提条件下で、1を達成するには、楽しく走っているだけでは駄目だ、というぐらいは私にも分かる。
これから先は、頭を使って、身体を使っていくことになる。
それは、私の生きている時間をどう使うか、ってことでもあるのだ。