
母の実家のお盆は7月。
「お盆の入りだから、お墓参りに行かない?」
お盆の入りは、月曜日。会議がある。前日には兄が休みのはず。それでも、母はお盆の入りにきちんと両親を迎えに行きたかったのだろう。そんな心が伝わってきたので朝早く起きて、母とお墓へと向かった。
母は、大学生の頃、母親を亡くした。
いちばん年上の姉とは10歳以上はなれていたような記憶がある。その年上の姉たち、何歳か年上の兄との4人兄弟。母親は梅干し作りが上手で、表彰されたことがあると聞いたこともある。
お母さん子だった母は、がんになった母親の看病をしに、大学と実家を行ったり来たりしていた。たまたま母が、入院していた母親に付き添った夜、トイレに行きたいと話した母親をトイレに連れて行き、そのまま母の腕の中で亡くなったと聞いた。
母は、大好きだった母親との別れで、相当心を痛めたそうだ。
高校生だった私に、「これはお母さんを亡くして辛かった時に読んだ本なの」と見せてくれたこともあった。高校生の私が悩んでいた時、その本を手にしてみたが、私には難しすぎて読み進めることができなかった。
母からしか聞かされない、私の祖母の話。
私には祖母との思い出がないが、母の言葉を通し、母がどんなに母親と暮らしていたかったかが伝わってきた。20年くらいしか一緒にいられなかったのなら、そう思うのも当然だろう。
お墓参りに行き、母の歩みをそっと後ろで見守った。
最近は、母は杖をつかないと歩けなくなった。調子が悪い日は、歩けなくて出かけられなくなる。昔は、私が小走りになるくらい、母の歩みは速かった。その母が、今ではゆっくり歩くことしかできなくなった。
子育てでは、子供はいつも親の前を歩いて外の世界へと飛び出していく。
その後ろ姿を、親は黙って見守るもの。そして、時が過ぎると、その立場が逆転してしまう。母の歩みに合わせ、母の背中を見つめる日々。
両親のいるお墓に向かって、杖をつきながら懸命に歩く母の後ろ姿は、どこか小さく見えた。時が過ぎ、私もすでに50代。親が弱っていくのも当たり前。父をすでに失った私としては、母だっていつどうなるかわからない。
幼い頃から母に連れられた、祖父母の墓までの道。何も変わっていないのに、母のひとまわり小さくなった後ろ姿が、時が過ぎたのを伝えてくる。その後ろ姿を見つめながら、心の中で寂しさを覚えた。
今になって思う。
母が、やたらと飲んでいたサプリメントは、我が子のために元気でいるためだったのではないかと。自分が母親と長くいられなかった寂しさを、我が子には味わわせまいと思ったのかもしれない。
そして、今になって思う。
我が子が幸せでいる姿が見られることは、母親にとっても幸せなこと。
だからこそ私は娘として日々を幸せに生き、母にそれを伝えよう。今までは、いつも母に悲しい出来事を伝え、その度に心配をかけてしまった。悲しみの分だけ、これからは安心させてあげたい。
祖父母の墓に向かい、
娘も一緒に連れてきたと嬉しそうに語る母を見て、私はそんなことを考えていた。
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