”秋山なお”の美粒ブログ

”秋山なお”の美粒ブログ

音楽、ナノテク、微粒化、日々の思いをつづっています。
微粒は、美流でつくられ、美粒となります。その思いをつづっています。

 人生に、棚から牡丹餅はない。他人からは棚から牡丹餅に見えることでも、そこには、並々ならぬ努力がある。努力して勝ち取ったものだから、そこに差別化が生まれる。世の中には、確かにボンボンがいる。親の財産や身分や地位を継承して、生きる人たちがいる。自らが努力して得たものではないので、そういう人のまわりには、権謀術数にたけた人、ある意味、詐欺師的な人が群がる。寝首をかいて、その金をふんだくってやろうとする輩が群がる。いつしか、先代が築き上げた財が、消滅することになる。金の切れ目が縁の切れ目となる。

 

 

 人間に能力の差はない。日本語が話せ、ひとりで、生活できる能力があれば、人間としての能力は同じである。後は、個体差の違い、それは、人間とすれば、誤差の範囲である。20歳の時、東大や京大にいようが、どこかの医学部にいようが、Fランの学校にいようが、専門学校にいようが、高校卒業後、どこかに就職していようが、非正規でのフリーターやアルバイトでいようが、人間としての能力は同じである。それは身分や資格に関係するが、基本的にそれらの差異は、人間の能力からみれば誤差の範囲内である。

 

 

 では、それから45年後、それぞれが65歳時、どうなっているか、東大にいっていても、悪いことをやって、浮浪者となっている人もいる。それ以前に、ぽっくりといっていることもある。逆に、高卒でフリーターをやっていた人が、大きな富を築いていることもある。結局、その差異は、やるかやらないかという選択の結果でしかない。やらなかったら、結果はでない。今の状況の延長線上にある。20歳の状況の延長線、普通の人が想定する範囲の中に、その人の未来はある。非正規のフリーターは、45年後も同じような非正規のフリーターでいるだろう。なぜ、そうなるのか、そういうふうな未来になることをその人が選択したからである。やるか、やらないかの一瞬一瞬の選択時、そういう方向にむくように、その人が選んだからである。それが、現実の結果となる。

 

 

 自我がうまれ、自分と外部との囲いを作り出し、親ばなれが始まるのが、大体、中学二年生ごろである。14歳である。男も女もそれぞれの性への分化が鮮明化しだす。自分の人生を自分で決めなければならない時期でもある。これから、やるかやらないか、己の才覚で、人生が決まることになる。親ガチャもあるかもしれないし、親の資産や環境が、子供の教育環境に影響するのも事実である。しかし、それがすべてではない。今の時代、昔と違って、ネット空間に端末をつなげれば、いろいろな情報が得られる。東大、京大、医学部に入学できうる学力をえるための知識や考えかたを、ネットの検索条件次第では、だれでも取得できる。自分の意思で、やるかやらないかの選択ができる。それを実行する気力と努力があれば、だれでも、20歳時にその環境をゲットできうる可能性を有する。14歳から、それぞれの人生が始まることになる。

 

 

 私は、もうすぐ、70歳になる。私と同年配だった人も、ほとんどが第一線を退いている。生きた時間とこれから生きられる時間を比べたら、もはや、消滅へのカウントダウンが始まっているといってもいい。私は、15歳の時に、ネフローゼ症候群にかかった。当時の医療の考え方と今とは全然ちがう。それだけ、治験数が増えて、対処方も変わった。たまたま、私の症例は、ステロイドに敏感に対応した。だから、今日まで、なんとか生きていける。そうして、今でも、私が15歳の時の時間と今日の今の時間とを結ぶことができる。何があったのか、まわりにいた人はどうなったのか、それを客体視することができる。

 

 

 残酷だが、一人一人の独立した人生は、14歳から始まっている。自分の人生の責任は、自分ひとりにある。14歳では、未熟だが、それでも、責任がある。20歳の人生のあり様は、14歳の日々の決断の結果に依存する。40歳、50歳、65歳の人生のあり様は、それぞれの年代での決断の結果に依存する。それが、やはり、人生なのである。だれも、自分の人生の代行などできない。

 

 

 14歳、まだ、中学校2年生、人生を語るにははやいが、それでも、ここから、それぞれの人生の分化は始まっている。今は、昔とちがう。今は、金がなくても、ネットと端末があれば、いくらでも、教育をうけることができる。最難関の大学でも、それをゲットするには、入試という人を選別するパズルを解けばいいだけである。人が作る問題である。かならず、人が陥る落とし穴を用意し、そこで落ちた人を排除する仕掛けになっている。ゲームが得意なら、それをゲームとみれば、いい。やるか、やらないか、常に選択である。やったらいい、そして、努力すればいい。人生のゲームのスタートは14歳からである。つらいことだが、親に甘えられるのは、13歳までである。残酷だが、それがこの世のあり様なのである。なぜ、そう思うのか、一度の人生を何とか苦難を排してここまで生きてきたからである。もし、昔、14歳時の私に、今の私と同じような言葉をかけてくれて、それを信じられる14歳の自分がいたなら、私の人生は、きっとちがうものになっていただろうと思うからである。14歳の時、それから一年後、10年後、50年後、なにが起きたのか、14歳だった私にわかるわけがない。しかし、結果はこうなった。それが現実である。人生は、やるかやらないか、その一瞬一瞬の決断で、未来が変わる。結果からみればそれは運命だが、今から未来をみれば、それは運命ではなく、可能性だということである。あきらめて、だめだとおもったら、だめとなる。人生、終焉まで、希望は捨ててはいけない。

 

 井上陽水さんの歌ではないが、人生が二度あれば、この世でいきた経験が次の人生に活かせる。しかし、残念ながら、人生は再現のない一度限りの筋書きのないドラマ。この世は、なにかの因果で支配されているのかもしれないが、残念ながら、その因果は、誰にもわからない。命がどこかでうまれ、そして、自意識が生まれ、自分の置かれている環境(時間と場所と他者との相対的関係)を理解し、そして、時間が経過して、どこかで、消滅する。常に、自分とは、あるものとの相対的な関係でなりたつ。自分は、自分の視点からでないと、自分がわからない。ドラマの脚本家や映画監督、プロデューサーのように、神様の視点で、作中人物を操ることはできない。常に、最終は、自分の主観の判断で物事が決まる。法律、道徳、倫理、きまり、それらは、あくまで、参考資料でしかない。だから、残虐な殺人事件などが起こる。殺人を決定し実行するのは、最終的には、個人の意思なのである。事実、過去に、女子高生コンクリート殺人事件のようなことが起こる。被害者は、命を奪われ、加害者は、それなりの制裁をうける。加害者は、死ぬまで、殺人を犯したものとして、扱われる。

 

 

 私にも、15歳の時があり、20歳、30歳、40歳、50歳、60歳、65歳があった。もうすぐ、60代がおわる。後、10年、生きられたら十分かもしれない。いつ、亡くなるのかは、わからない。昨日まで元気だった人が、今日、発作がおきて、そのままなくなることもある。人生、100年というが、それは、ほとんどの人がそこまでいけば、あの世へいくという意味である。後は、確率的に、一年一年、生き延びられるかどうかということになる。

 

 

 今、20歳の人がいる。その人がわかるのは、自分が歩んだ時間でのあり様である。その時、わかるのは、そこまで、自分と外部との相対的関係がどう変化したか、その変化の状態である。その人が自分の未来を予想できる根拠は、それまでの変化率をベースに考えることしかできない。しかし、それは、不確実なものである。男は女をもとめ、女も男を求める。求愛、結婚、子供、仕事、お金、自分が社会とさらに関われば、その外部との相対的関係性は、ますます、複雑になっていく。すべてが、現在進行形で行われる。親から独立して、家庭をもてば、生計を立てなければならない。生きていくには、働いて、お金を稼がないといけない。労働力の対価として賃金が支払われる。いつしか、人は、その社会的な仕組みの中に、自分の人生を吸い取られる。働かざる者、食うべからずということになる。

 

 

 老化はどこから始まるか、それは、各年代の死亡率からわかる。不慮の事故死、病死等、各年代、同じような確率でおきる。しかし、あるところから、その死亡率が増えてくる。そして110歳になれば、ほぼ死亡率、100%となる。その変化がおきるのが、大体47歳ー50歳ぐらいである。それまでは、人生は、上り坂という感覚である。未来は永遠に続くものだと錯覚する。しかし、人生の分水嶺は、その年代にある。それからは、実は下り坂なのである。どこで、途切れるかは、確率の問題となる。

 

 

 65歳、多くの人が定年を迎える。私は、40歳ぐらいから、経営者となった。自分で装置を開発して、それをつくり、いろいろなアプリケーションとの適合性を見た。失敗もあったし、無駄な投資もあった。業務提携をした会社から騙されて、はしごを外されたこともあって、膨大な借金を背負わされた。銀行は、死神のように背後からやってきて、返済を要求する。それでも、運がよかった。世の中は捨てる神あれば拾う神もある。いろんな人から助けられて、奈落の底におちそうなところを、なんとか、おちずに、生き延びた。それが、すべて、経験となった。結局、最終的には、他力本願では、人生は生きていけない。なにごとも、自己完結性が重要になる。それは、なにか仕事をするにしても、他人に急所を握られていて、他人の力がないと、仕事が完結しないようだと、結局、足元をすくわれ、失敗する確率が高くなるということになる。

 

 

 なぜ、私が生きていられるか、それは、他人の力を借りることなく、自分の力で、ものを、お金をとれるものをつくり、それを販売し、利益を上げられたからである。ひとつのアプリケーションの用途がおわる。そうしたら、次の用途をさがすことになる。全部、自分でやりこなす。機械設計すれば、あとは、それを加工屋にだせば、部品はくる。それを自分で組み立てる。ポンプも発注すればことが足りる。特許も特許事務所にお願いして、提出してもらう。もちろん、発明者は私であり、人様の技術のぱくりでもないし、コピーでもない。結果がでるから、企業は買うことになる。全部、自分ひとりで、できるから、裏切りがおきないのである。もちろん、私、ひとりでできる範囲は限定的である。そうなれば、いろんな人が、支援して、この技術を広めようとしてくれる。結果がでないものを、権威や身分や学識で、ごまかすことは一時できても、長続きはしない。結果がでて、費用対効果があって、複雑でなくシンプルなもの、それが本物であり、そういうものは、継承される。それがイノベーションの本質となる。そういった経験をもつ私からみれば、若者に足りない視点がみえてくる。なにも考えないで、刹那的に時間を浪費していても、65歳時に見える風景は、わびしいものとなると予感する。

 

 

 定年時、65歳時、自分は、どこにいるのか、想像した方がいい。自分がそれまでいきてきた経験が、それ以降も、社会に必要とされるだろうか、である。会社組織に正規社員としていれば、雇用は守ってくれる。労働の対価として報酬はもらえる。そして、定年を迎える。すべては、需要と供給とのバランス、外部との相対的関係でものごとは動くことになる。社会が、企業が、自分の力、能力、経験を、必要としているかどうかである。必要としなければ、年金や自前の貯蓄で、余生を好きにいきたらいいということになる。そこで初めて、自分が他力本願で生きてきたことを悟る。その時もっている自己の生命の燃料を使いきったところが、その人の終焉となる。なぜなら、そこまで、自己完結性への努力、自力で這い上がろうとする努力を怠って、他力本願でいきてきた可能性があるからである。そういう風に生きてきたつけが回ってくるからである。人生、幸運不運、つきものである。しかし、人生、一度きりとみれば、残酷だが、すべては結果なのである。たとえ、障害を背負っても、それに克己した経験と知恵はやはり、社会にとって、必要な宝となるのである。

 

 

 人生は順風満帆ではない。余談だが、本当に、私は、とある企業からとんでもない状況に追い込まれた過去がある。いまでも、その会社の役員が最後に私に吐いた言葉が忘れられない。「選んだ相手がわるかったね」、それは、そういう企業だと、見抜けなかった私がまぬけだったということを言っている。もちろん、そういう企業風土だから、その役員も私の事業に関わった人も、数年以内に全員、退社したようだ。だから、どん底に落とされた当時、考えた。どうしたら、安くいいものを作れるのか、金がない、あるのは、残された材料、残された知財、それまでの経験、それまでの人間関係、止まれば、銀行が待ったなしに死神のようにやってくる。月々の返済がやってくる。自己破産などしない、ブラックリストにのらない。考えて、行動を起こして、ものを作り、宣伝をかけ、安くていいものを作る。生活費も得なくてはいけない。納品して壊れたら検収があがらない。金が回収できない。だから、こわれないものを作る。すべて、自分ひとりでやらなければならない。他人に給料を払える金がないからである。追いこまれたから、いいものができる。すべては結果である。結果が今の私を作り上げている。今は、ネットがある。ブラックリストにのらなかったから、法人カードも持てる。今は、ネットでなんでも注文できる。機械部品も材料も実験器具も必要なものはなんでも、手に入る。わからないことは、ネットをみれば何でもわかる。高校生の物理も化学も、ネットで無料で授業をしている。AI検索すれば、大体わかる。専門の大学や大学院で得る情報以上なものがネットに転がっている。そうして、世界のトップの技術者がわからないことも、ここではわかる。なぜなら、ここに、唯一無二のツールがあるからである。現実のものがここにあるからである。材料と用途がなければ、ツールなど、がらくたにすぎない。それに命をともすのが、結果なのである。そこに、需要と費用対効果があれば、商売は、生まれる。商社という業種がある以上、いいものは、つながる。三方よしの考えが成立するのである。

 

 

 これが、世の中の道理である。だから、実際、私よりも年配者で、企業を引っ張っている人がたくさんいる。そういう人をみていると、とてつもなく苦労をしている。どん底に追い込まれて、そこから這い上がって、がんばる。そういう人は、病気にもなる。しかし、その病にもまけず、頑張っている年配者の方もいる。そういう人は死なない。社会が、この世が、その人を必要として、その人も、それにこたえようと頑張っている。そのエネルギーが、前へと動かしている。

 

 

 人生、最後のあり様は、それまで得てきた己の才覚で、決まる。努力はかならず実を結ぶ。脇があまければ、かならず、人に付け込まれる。人をだまして、金をかすめる方が楽だかである。だから、詐欺師には、詐欺師なりの体臭がある。しばらく、いっしょにいると、こいつは、うさん臭いやつだとわかってくる。最初はえさをばらまくが、どこかで詐欺の本領を発揮しだす。だいたい、詐欺師同士が集まると、お互い同士、あいつは最低の詐欺師だとののしりあうことになる。

 

 

 これから、社会は激変する。AIの世界では、膨大な情報が仮想空間にある。プロンプト次第で、いくらでも、数理演算で、情報を好きなように加工してくれる。膨大な計算も、絵も、音楽も、デジタル化されたものであれば、AIの学習機能で、創作ができる。10年後、20年後、ますます、社会は変化している。今、価値あることが、20年後、誰でもできることとなり、今、ある価値ある事が激変していることだろう。つまり、現実社会では、逆に仮想空間では、できないリアルなものが重要になる。たぶん、ロボットのプログラムもAIが自分で学習して、AIが作ることになるはずである。では、何が不足するのか、それは、ものを組み合わせて、つくる世界、仮想空間ではなく、リアルな実在的、物質的なものを作り出す技工、ハンドメイドな世界となるはずである。メンテナンス、整備、試運転、リアルな研究開発等、AIの対極に存在する実存的な価値のあるものが希少価値となる。

 

 

 スクリーンにかわいい人が映し出される。そして、きれいにしたアンドロイドお嬢さんがそばにいる。そんなところにいても、人は癒されない。銀座や新地で、それらしい女性が、それらしく、傍らにいて、しゃれた大人の会話をする。すけべなおじさんは、鼻のしたをのばし、女性の肩に手を伸ばし、アバンチュールを期待する。アンドロイドの肩に手を伸ばしても、なにも面白くはない。AIにそういうプロンプトで、絵をかけといえば、それらしい画像を提供する。しかし、それをみても、何も興奮しない。

 

 

 今の20歳の人が、65歳になる時、45年後の世界だろうが、今とまったく違う世界だろうと思う。しかし、リアルな人間社会は昔も今も未来も同じである。人生は再現のない一度きりのドラマである。命を授けられて、自分という自意識がうまれた。なら、最後まで、生きて、授かった命を十分に満喫したほうがいい。そうして、この宇宙の因果の中に消滅したらいい。その消滅するまで、思い切って、いきたらいい。

 人間は、自分の事を客観視できないものである。神様の視点から、自分の人生を見られたら、自分のまわりに、いろんな落とし穴があることが理解できる。周りも自分と同じ人間であり、自分と同じように、エゴをもつ。誰でもが、生存主張をもつ。自分という意識がある以上、誰でもが自分の存在意義をもち、多くの人から自分の人生のあり様を承認してもらいたいと思う。多くの人から、自己否定され、無視され、あなたなど、生きる価値などないと、その人の生存意義を否定されたら、だれでも、生きる意義を見失う。それに打ち勝てる力は、自分の中にある存在意義を持ち続けられるかどうかにかかっている。それもなかなか難しいことである。

 

 

 人生は、好事魔多しである。その陥穽に陥るのは、ひとえに、油断は大敵とみていないからである。頭のいい人が、ちょっと、客観的にみれば人生を狂わすことになるかもしれない事を、行う。例えば、横領である。自分が返済できる金をちょっと、拝借する。後で返せばいいと正当化する。他人のお金を管理する業務を担っていた人が、その金をねこばばしたら、これは業務上横領となる。犯罪である。あるべき金があるべきところにない。ずっと、管理できる立場にあり、必要とされた金額が、すぐに補填できれば、横領の事実の発覚は遅れる。しかし、それは、かならず、どこかで破綻する。客観的にみれば、誰でもわかること。しかし、それをやる人がいる。覚醒剤やアルコール中毒も同じである。一回ならいいだろう、すこしならいいだろう、そういうことで、手を出してしまう。しかし、麻薬性、習慣性があるから、ある所から、やめられなくなる。元に戻れない状態に入る。頭のいい人でもやる。覚醒剤、麻薬は犯罪である。アルコール中毒は、自分の体を破壊する。

 

 

 京都の一条に、晴明神社がある。その近辺に一条戻り橋がある。昔、その橋を渡り切れば、もう戻ることができない世界にはいると言われていた。その橋の途中なら、戻ることができる。戻ることができる、それが回復力、スプリングでいえば、戻る力がある領域である。弾性域と言われる。そうして、橋を渡ったら、もうもどれない、戻る力がない。坂道を下っていく。戻ろうとする力があっても、それを引き裂こうとする力の方が勝る。どこからくるのか、わからない。それが、ダークマター、闇の力かもしれない。それが、塑性域である。そうして、どこかで、人生の生命の糸がぱちんと切れる。破断、人生の終焉である。

 

 

 もちろん、誰でも、命の終わりがくる。どこで迎えるかは、人の寿命である。しかし、飛行機と同じように、エネルギーを消費させながら、ゆっくりとソフトランディングをして、この世を終えるのがいい。制御を間違えれば、生きられる命を途中で放棄することになる。人生、ちょっとのことで病気になる。生体系がどこかおかしくなる。30年、40年、ストレスにさらされていれば、どこか、変調をおこす。人は、かならず、油断するのである。世の中には、結果があれば、かならず、それを生み出す要因、原因がある。無から有を生み出すのも、無の中に有を生み出すものが内在していなければ、有はうまれない。ちょっとしたことの積み重ねが、その変調応力の蓄積が、生命に備わっている弾性力(回復力)を弱めることになり、それが、戻らない状態に人をひきずりこむ。自覚症状がでたときには、一条戻り橋を渡った後である。それでも、医薬の進歩により新薬が生まれ、それを連れ戻ることができるものもある。後は、その人の生命力とその人が未来において必要とされるかどうかにかかっている。

 

 

 私は、幸いにも、目が見える。耳も聞こえる。歩くことも、腕をつかうこともできる。日本語を話せ、ひとりでも生活することができる。しかし、世の中にはその機能を奪われた障害を持つ人々もいる。私には、体に弱いところがある。人生の終盤になって、弱いところが、何かのきっかけで出てくる。人間の体は不思議である。弱いところは、ずっと潜伏している。ちょっと油断していると、ネフローゼ症候群の症状がでてくる。いつも、尿たんぱく検査紙を常備していて、なにかあると、チェックしている。だから、それがでれば、医者にいって、ステロイドを処方してもらう。確かに、つらいが、私の場合、それで命がつながる。いつかは、途切れる命だが、いきられるだけありがたい。障害をもつ人に比べたら、愚痴などいえない。

 

 

 だから、私は、幸いである。目が見え、耳が聞こえ、歩くことも、ものをつかむことも、スマホやパソコンも、ギターも奏でることができるからである。生きていられるから、幸いなのである。夜、帰宅する際、夜空をみる。目を細めれば、多くの星や惑星が輝いているのが見える。10年前も、20年前も、30年前も、同じである。私はこの宇宙とともにある。すくなくとも、自分というものを認識できるから、私が生まれる以前に発した光を自分はいま、それをとらえることができる。それは、今、私はその宇宙の因果を見ていることになる。自分はその因果に生かされていることになるのだろうと思う。それは、神とともにあることになる。

 

 

 すこし、考えれば、だれでもが、一条戻り橋を歩いていることに気づく。好事魔多し、有頂天になっていると、自分が見えなくなる。神様の視点を失い、闇の罠にはまっていることに気づかなくなる。せっかく、苦労して気づいたものを、自分で壊してはいけない。人生を棒に振ってはいけない。油断は大敵なのである。

 

 

 宇宙とともにあれ、神とともにあれ、最後まで、自分の命を使いきれ、一条戻り橋をわたって、黄泉の領域にいってはいけない。自分の命を乱したらいけないし、世の中を乱したらいけない。乱れは、かならず、自分に返ってくる。作用反作用の原理がやはり、この世では働く。人を乱せば、その力は自分に跳ね返ってくる。かならず、破壊が生まれる。

 私は病気で社会にでるのが、人よりも4年遅れた。最初にかかったのが、15歳、中学3年の時、病症は、ネフローゼ症候群、当時も、ステロイド療法、一択であった。尿毒症一歩手前までいった。しかし、あるところから、急激に効いてきて、もとに戻った。それから、大学に入るまでに、3回、再発した。人生とは摩訶不思議なものである。それから、32年間、再発はなかった。しかし、病根は残っているものである。なにかのスイッチを体内に与えると、同じ症状が起きた。しかし、ステロイドを飲むと、すぐに元にもどった。いままで、7回、再発している。再発というのは、尿にたんぱくが出ることである。したがって、私は、たんぱく・尿糖検査紙を常時保管して、何か体がおかしいと感じた時はすぐに検査して、たんぱくが陰性であることを確認している。

 

 

 だから、私は、学歴で誇れるものなどない。それよりも、この年になるまで、付き合っているこの病歴の方に誇りを持っている。それがあるから、人生に、めげることがない。起きたものを冷静にうけとめ、それからどう立て直していくのか、それをもとにどのように生きることができるか。なぜなら、たんぱくが出たら、どんなことをしても、根性では治らないからである。ステロイドをのみ、たんぱくが止まることしかすべがないからである。そうして、そこから、長い時間をかけて、ステロイドの量を減量していく作業が始まる。ステロイド療法は。当然に楽ではない。しかし、それなくしては、正常にもどらない。泣いてももがいても、どうにもならない。生きていられるだけ、OKということになる。私が相対的に幸せだったのは、ステロイドに反応して、薬を飲めば、元にもどる病症だったからである。だから、この年になるまで、生きていられる。今の私の年齢よりも、若くして亡くなった人を何人もみた。大抵は、がんであった。

 

 

 私が履歴書を書いたのは、大学を卒業して最初に就職した会社に出したときである。それが最初で最後だと記憶している。中堅の機械商社であった。しかし、人は、好きなものの方へ流れるものである。自分にとって面白いもの、興味あるものに流れるもの。何かの縁で社長になるまで、それから3回、転職した。いずれも、その会社のトップが了解し家にこないかと言われたからである。

 

 

 私はいろんな人にあってきた。私は、一度足りとも、学歴など聞かれたことがなかった。いまでもそうである。社長であるから、人も採用したことがあるが、どこの大学かなど、関心がなかった。見たのは、人柄とやる気であった。積極的にしかも誠意をもって、ぶつかってくれば、そこに雇用の需要があれば、採用するものである。そのぶつかってくる態度に、横柄さだったり、傲慢さが見えたら、大体NGとなる。その人の話す内容、話し方、書く文章で、その人の能力というのはわかるものである。後は、積極性と誠実さ、裏を返せば、謙虚さなのである。強い自我は、それはいい。それを全面にだせば、嫌われるから、無理をしてでも、謙虚さを演出した方がいい場合もある。

 

 

 学歴が機能するのは、新人までである。だから、就活時、大手企業の採用時、学歴フィルターがあるのは、当然になる。社会実績やその企業にとって利益のあること、それに対する社会的な実績と結果が示されていない段階で、評価できるのは、偏差値の高い大学に入学して、そこを卒業した実績と結果でしか判断できないからである。もちろん、それが評価されるのは会社に入って数年以内までである。会社にはいれば、学歴もコネも関係がなくなる。それらは、すべて、その他として扱われる。あとは、その企業にとっての、利益が結果として出せるか、社内営業、社外営業、仕事の実績、利益への寄与、それらが結果として反映され、給料として身に帰ってくる。結果がでなければ、切られるし、それを束ねている上司も切られる。その上もまた切られる。最後は社長や経営者が、社会から切られるということになる。戦国時代となんら変わらない。

 

 

 35歳以降は、結果がすべてである。そうして、それから55歳まで、一本道である。どのように生きるかは本人の勝手である。人生は一度きりの再現不可能なドラマである。後悔しても、後戻りはできない。そうして、人生のヤマ場は、もう一度現れる。それが、55―60歳までの間の期間である。今は、65歳で定年、少子高齢化で、70歳まで伸びるかもしれないが、一応、満額の年金の支給が65歳となっているから、65歳で、定年ということになる。65歳で、自分が社会にどのようにかかわれるか、自分が今まで生きてきたやり方が、社会にどう必要とされるのかが、問われる。すべてが結果といった意味は、ここに集約される。学歴など、関係がない。学歴があっても、結果を示せない人は、65歳以降、社会との関係性は縮小化される。65歳時、自分がどこにいるか、それを決定するのが、55歳からー60歳まで、自分がどう生きて、どうしたか、その生き方が、その人の未来の因果を決めることになる。

 

 

 人生に順風満帆などない。いいと思って、思いあがっていると、大体、ろくなことは起きない。人間、苦労を経験して、どん底を経験する免疫を得ないと、大抵、人に騙されることになる。私も、かつて、事業がうまくいき、とあるところから、業務提携の話を持ち込まれた。このままでは、やっていけないと、それを受け入れた。しかし、結果からいえば、そこからはしごを外され、どん底に追いやられた。結果からみて、資産と商権を失い、個人としては莫大な借財を背負わされた。倒産や自己破産すれば、どうなるか、わかっていたから、その選択肢はなかった。いろいろな人が、私を助けてくれた。銀行は、借金を棒引きなどしない。俗にいうリスケである。中小企業金融円滑化法案やその後のコンプライアンス(法令遵守)等があって、悪徳な貸しはがしは、なかったが、それでも、毎年、死神のように、返済を要求された。一度も約束をやぶったり、遅延することはなかった。たまたま、私がやっていたことが、ニッチな分野で、社会の時流がそれを必要としたからである。ひとつ、かみ合わなかったら、そのまま、奈落の底に落ちているところだった。

 

 

 銀行から死神のように借金とりがやってくる。立ち止まったら、NG。どうしたら、利益がでるか、もちろん、法令遵守の中で、利益をだして、借金を返済するか、それが、結果である。いくら、いい技術、仕事の可能性をいっても、銀行は相手にしない。リスケをしている企業には、金を貸さない。銀行にとって、貸した金に利息をプラスして回収する。それが、銀行の仕事である。社会が必要としているものをつくる。それを宣伝し、それをうる。そして、お金を回収して、利益をだす。その利益で、借金を返す。借金が返済されるまで、銀行は、死神のようにやってくる。うまく資金繰りが回っている時はそれでもいい。しかし、うまく回らず、金が続かない時はある。他人の金で、仕事をしている会社員や公務員には、それがわからない。だから、簡単に起業できると錯覚する。うまくいくのは、千にひとつ。特に、大学発のベンチャーは、金の切れ目が縁の切れ目となる。

 

 

 だから、そういう状況に追い込まれたら、立ち止まることなどできない。常に、何かを考え、客が必要としている何かを作り、何かを客に訴え、客からその代金をもらう。待ったなしである。それを一人でやらなければならない。そうなれば、次々とアイデアが浮かび、いいものができることになる。銀行は金を貸さないから、できるだけ、原価の安いものを使用していいものを作ることになる。安かろう悪かろうでは、長続きしないからである。ハンディキャップを負いながらも、下克上のように上に這い上がるには、知恵とある意味、勇気とが必要になる。学歴があっても、己の身分や環境に胡坐をかいて、何もしなければ、65歳以降、しっぺ返しがくる。その年代を過ぎた今、周りを見ても、ぱっとした人は少ない。70歳をすぎて、頑張っている人は、周りが必要としているからそこにいるのであって、必要とされない人は、自然と淘汰されている。人生において、やはり、結果がすべてなのである。70歳をすぎても、鋭い人は、やはり、過去において、壮絶な体験をしている。それを乗り越えた人だから、今があると思う。

 人生の本質とは、最後まで生き抜くことである。水子として、生まれる以前に亡くなる人もいるし、5歳で、10歳で、20歳で、30歳で、理由をとわず、亡くなる人がいる。亡くなってしまえば、結果論として、それでこの世の人生は終わりである。それは、どうすることもできない。そして、この世に生まれ落ちた人は、いつかは、それでも、最高110歳ぐらいで、亡くなる。人によってどこで命がつきるかわからないが、その尽きた時が、エンドである。生きることは、自我を有すること。外界と自分との境界をつくり、そして、その内部に、生きていたすべての記憶が収納され、自我がそれを呼び込んで、自分(自意識)というものを形成する。もし、朝、起きて、その記憶にある情報を呼び出せなければ、自分が誰であるのか、自分がなにものなのか、わからない。肉体と記憶がなくなったその時の自分がいるだけである。それと同じような状態が、認知症である。年をとり、だんだんと、生命が消えかかる時、記憶がきえて、自分がだれであるのか、わからなくなる。ろうがなくなり、ろうそくの炎がきえていくように、安らかな死がやってくる。

 

 

 人は、生命を脅かすような症状(病気)を体内にもっていなければ、自意識と記憶があるかぎり、人は死なない。朝、起きて、昨日までの記憶が連続して思い出せたなら、人は正常である。夜、睡眠をとるまで、その人は事故にあわないかぎり、生きていける。だから、その日、一日、最善をつくして、自分ができることをやったほうがいい。次の朝、自分が自分であるとは限らないし、夜中に事故や災害や病気がおきて、そのまま、目覚めないこともある。確率の問題だが、阪神淡路震災で、家屋が倒れて、そのまま就眠中に亡くなった人もいる。

 

 

 自意識が生まれ、自我が確立したあと、あとは、そこから亡くなるまでが、その人の一生ということになる。どういうふうに生きるかは、人それぞれである。しかし、どんな人だろうと、死んでしまえば、同じとなる。生まれる前と死んだ後、状態はだれでも同じである。いずれ、地球は太陽に飲み込まれる。どこかで、地球を脱出するかもしれない。この宇宙も最終的にどうなるかわからない。生命が存在できないような状態になるかもしれない。そうなれば、すべてが、無となり、均一な状態となる。森羅万象が同一となるだろう。したがって、いつかは、すべてが均一となる。

 

 

 無限の話をしても意味がない。自我があって、自分が自分であること、自分が太郎君や花子さんではないと認識できれば、あとは、命ある間に、何かの行動をすることになる。一日、だれとも会わず、生命を維持できる範囲の栄養と水を取り入れ、それを数十年繰り返しても、死なない限り、そういう選択をして生きてきたということになる。もちろん、それをどうのこうのいえるものではない。

 

 

 人生において、死ぬまで、何かの選択をして人は生きることになる。基本的にその選択は3つのパターンに分類できる。何かをやる。それが1である。何かをやらない。それが0である。3つ目が、やるのでもなく、やらないのでもない状態、1でもあるし、0でもある状態、または、1ではなく、0でもない状態。なんのことかわかりにくいだろうが、1でもない、0でもない。それが、両方重なった状態、つまり、すべてが、確率的な状態といえるものである。

 

 

 なにごとも、それが、反社会的なもの、違法行為になることは、やめたほうがいい。人生を棒に振ることになりかねない。昔ならわからないことも、今なら、明確化され、それを親告されたら、もし、それが、犯罪の構成要件に該当し、そこに責任能力があれば、まちがいなく、逮捕される。たとえ、起訴猶予となっても、誤認逮捕以外、その履歴は残る。なんらかのブラックリストにのれば、なんらかの影響は一生付きまとうことになる。だから、反社会的な行為はやめたほうがいい。いいことはいいが、悪いことは、いつの世でも、伝播しやすい。人の口には戸が立てられないからである。

 

 

 人生とは、常に選択である。その一瞬一瞬がやるか、やらないか、の選択となる。当然に、そのやるかやらないかを決める直前が、やるか、やらないか、1でも0でもない確率的な状態になっている。そして、人は、決断し、何かの選択をする。選択をしない選択をするかもしれない。そうして、それが、1なら、0は消える。人生は無限なる選択肢に満ち溢れている。人生とはそういうものである。0を選べば、1を選んだ後の可能性が消えることになる。1を選べば、必ず、次の選択肢が現れる。人に人生の価値観など押し付けることはできない。反社会的な行為をしなければ、あとは、好き勝手にしたらいいということになる。

 

 

 仮に、65歳、多くの人が定年を迎え、年金が支給されるとき、やることがない人、つまり、人生の選択肢が限られている人と、人生の選択肢がまだ残っていて、色んな可能性が残されている人を比べたらいい。どちらを選びたいかといえば、多くの人は、後者を選ぶ。人生は一度きりの再現不能なドラマに近い。若い人は、自分が65歳になったときの心情など、わかりようがない。それを過ぎ去った私からみれば、65歳時、人生の選択肢が多く残っていた方がいいと、思っている。

 

 

 だから、なにかをやることが、反社会的な行為なら、やめろであるが、そうでないなら、やったほうがいい。そして、そのやったことでの影響が現れる。因果である。また、次の選択肢が現れる。やるか、やめるかの選択である。人生を山登りだとするなら、やめるというのは、途中で山を下りることを意味する。やるという選択をしたならば、そのあとも上りが続くことは覚悟しなければならない。無理は禁物、やるという判断が成立するのは、その後も、できるという可能性が見えることが前提である。

 

 

 人生の分水嶺は47―50歳にある。それより、若い人には、やり直せる可能性がある。だから、まよったら、やったほうがいい。自分の感性に正直になって、進みたいなら進んだ方がいい。

昔から、お世話になった人が、亡くなった。つい数か月前に、イワシ料理をごちそうし、ほろ酔いしながら、さよならと、手をふったのが最後の姿になってしまった。ずっと、ちいさな部品や加工をお願いする人だった。ちょっと依頼品がでたので、いつものように電話をした。出なかった。どこか旅行か、一杯飲んでいるのかと思った。たいていは、次の日、電話がかかってくる。しかし、その次の日も電話がなかった。2-3日、立て続けに、電話を入れたが、呼び出し音がなるだけだった。要件は、FAXをいれておいた。気になったから、固定電話にも電話を入れた。どこかに、入院でもしているのかとおもった。さすがに、一週間、音信不通、それはおかしいとおもって、知り合い等、どうなっていますか、と連絡をした。私と同じようにかんがえている人がいて、その人も、仕事を依頼している人なのだろう、その人が、連絡がとれないその人の家にいったそうだ。奥さんは、数年前に他界されて、子供さんたちも、それぞれ自立されている。老人の一人住まいであった。近所の人にも確認をされたが、わからない。その人もおかしいと感じて、警察に連絡をした。警官といっしょに、中にはいってみると、その人は、倒れて死んでいたそうだ。数日後、その息子さんから、電話がきた。携帯電話に私からの着信記録が残っていたからだ。詳しい話はきかなかったが、警察の見立てでは、倒れて、発見されるまでに10日ぐらいの日数が経過されていたそうだ。私の脳裏には、その人の残像がいまでも焼き付いている。会社の前の道路に白いプリウスを止めて、そこから部品を届けてくれた。仕事があると、その前の席にのって、仕事の依頼をした。たばこと、ガラケーがいつもひじ掛けボックスにはあった。たいてい、車のテレビには、時代劇が映っていた。

 

人生の幕切れは、このように、いつも、あっけなく、突然に起きるもの。

 

人生に、小難しい論理など不要である。がんがばって、がんばって、生きて、そうして、時がきたら、あの世へと旅立てばいい。結局、その人がどんなことを考え、どんな思いで生きたのかなど、だれにもわからない。自分が納得できるように最後まで生き抜いたらいい。

 

結局、その亡くなった人は、孤独死ということでかたづけられるが、それだけでは決してない。私がその人を、垣間見られたのは、仕事での20年の間だけで、私生活のことなどわからない。しかし、その人は、最後まで仕事をして、人から頼られる人だった。倒れる寸前まで、その人の日常がそこにあった。仕事がくれば、ちゃんと段取りをして、そこに彼のルーチンがあった。突然倒れなければ、昨日は今日の延長、そして明日は、今日のまた延長、目覚めれば、そこに、今日という日があった。そして、過去の記憶がよみがえり、自分というものが、再生される。本来はそうして、今年の年末を迎えるはずだった。一年前の正月の日、何かをおもって、昨年の年末を迎えた。そして、今年の正月も何かを思ったはずである。そうして、11月に突然たおれて、そのまま、亡くなった。私の日常は今なお、この一瞬までつながっている。しかし、その人との接点はもうない。もう、永遠にその人の声も聴けないし、その人に会うこともできない。すべては、私の記憶のなかで、その人をしのぶことしかできない。

 

考えてみれば、最後の最後まで、彼は彼の日常の中いて、そこで、何の迷いもなく死んだことになる。ある意味、最良の死に方かもしれない。病院で、衰弱して、死ぬことでなく、その倒れる寸前まで、自律的に生きていた。その人の感覚では、一瞬、あっと、おもって、ふらふらとなり、倒れて意識がなくなったのだろう。そこにだれかがいて、救急医療をすれば、蘇生したかもしれない。もし、そういうリスクがあったのなら、何かの手段をとっていたはずである。しかし、そうしていなかった。もし、そうなったら、それでよしと、覚悟を決めていたのかもしれない。その人には高血圧の持病があり、過去にも倒れた経験があったからである。ある意味、頑固者の、あっぱれな生き方だった。すくなくとも、私を助けてくれた恩人の一人である。

 

世の中は、自分の意と合わない事の方がおおい。自分の思いの通り行くことの方がすくない。いろいろな不満をもって、生きている。その組織の縛りがいやなら、でていくことだ。もちろん、新しいところにも新しい縛りがある。ひとりでいきていけないのなら、しょうがない。それが嫌なら、一人で生きていけるような力と才をもつことである。そうなれば、取得するための時間が必要となる。修行である。修行には苦労と努力がいる。一人で生きていけるようになるには、その人が一番、なにかの需要を満たしてくれるだけのものがあることが必要になる。もちろん、そこに需要がなければ、意味がない。需要を満たす能力があるから、一人で生きていけるのである。棚から牡丹餅は、人生にはやはりない。

 

とにかく、がんばることだ。そうして、がんばる方向性を間違えないことだ。敵を防御できる力があっても、敵が来ない所を防御しても意味がないのと同じである。そうして、時間軸、経験則が生かせるところを攻めるべきである。AIでやっても、わからない、人間が経験を通して取得できるもの、それが、市場に需要があれば、最後までその人は生きていける。それが、これから、ひとりで生きていける指針となる。

 

年をとって、やることがないほど、つらいものはない。それは、生きる必要性がないと言われているのと同じである。年よりの価値はどこになるのかと言われれば、人生を生きたということである。人生という未知な一度しか歩めない航路をたどってきた経験がある。私は、20年前、人生をかたれなかった。10年前もそうだ。しかし、私と同じ年代の人も、この世を去っていくのを見て、そろそろ、人生の航路の終点にやってきたと思える。そうであれば、人生の荒波がどこにあるのか、過去を振り返ることができる。どこで、人生をつまずき、どこでだめになるのか、そういう人がどういう風な生き方をしていたのか、人生の終盤を生きる人の視点からみると、それが、わかるようになる。人生を経験した実績がものをいう。

 

世の中には、人生を自滅させる人がいる。これをすれば、未来がどうなるか、わかっているはずである。自滅する人からみれば、それが、わからない。わかっているけど、その道を歩む。昔の大本営と同じである。自滅する人、自滅する組織、自滅する国家、自滅する論理を取っている。その人が勝手に自滅するならそれはいい、しかし、それに巻き込まれて影響を受けるひとはたまったものではない。

 

じじいの話を聞けという人がいる。しかし、右顧左眄して、組織にしがみついている人の話など、あまりいみがない。自分の才覚で、自分のリスクで、今をいきている人の意見は、耳を傾ける価値はある。自分は自分の主観の中でいきる。自分のエゴをもつ。だれも、自分の未来を予見することはできない。しかし、自分の才覚で、自分のリスクで、ものを成し遂げた人は、世の中の動きが見えるものである。人のエゴと能力と才覚が未来においてどういう相互作用するのか、予見できるものである。こいつは、失敗する。こいつは、うまくいく。大体、わかるものである。すくなくとも、私には、だんだんそれがわかるようになった。

 

人生のそれぞれの瞬間には、いつも二つの選択しかない。やるか、やらないかである。まよったら、やったほうがいい。しかし、それを無理してやらなければならないのなら、やらない方がいいかもしれない。無理をすれば、たいてい、乱れることになるからである。そう、乱れることなく、人生を整えながら縮小し、この時空に消滅する。この意味が分かるようになれば、物事はうまい方向へと進展するはずである。

 生きるというのは、エゴとエゴとの衝突でもある。自分というもの、他人というもの、それが、相互作用を起こす。それが、男女で、エネルギーがあれば、陽と陰が重なり、愛欲が生まれる。いずれにしても、人生の分水嶺をこえないかぎり、だれでも、自分のエゴが優先される。欲望である。しかし、どんな権力者でも、終わりがくる。その権力者にこびへつらったものは、体制が変われば、否定される。これが世の常である。古今東西、今なお、その理はそのままである。

 

 

 我々は、何もしらない。この宇宙がなぜ、うまれたのか、そして、なぜ、宇宙が存在し、そこに、物質が存在し、生命の中に自律的なエゴが存在するのか、だれもわからない。そうして、なぜか、時間が経過する。気の遠くなる昔、そして、気の遠くなる時間、過去がある以上、未来はある。100億年後は、100億年後に存在する。いまから、100億年前というものがあった。そして、その100億年後が、今である。すくなくとも、100億年後、この地球は存在しない。そして、だれも、存在していない。難波の事は、夢のまた夢、そこにあるのは、空相、そのものである。そこにあるのは、目に見えない何かが、無限に揺らいでいる状態かもしれない。形もなく、音もなく、光さえもない、ただ、なにかが、揺らいでいる状態だろう。それが、一人の人間のエゴが消え、自分の意識が溶けた状態と類似しているかもしれない。それが、ある意味、死である。死とは、生まれる以前の状態に戻ることなのかもしれない。

 

 

 自分がいつ、倒れるのか、だれもわからない。しかし、現状、どんなに幸運にめぐまれても、110歳ぐらいが限界のようである。生まれてから100歳ぐらいの間で、人は死ぬ。これはどうにもならない。20歳で亡くなる人もいれば、50歳で亡くなる人、80歳でなくなる人、95歳まで生き続ける人、これは、結果論でしかわからない。病気で亡くなる人、事故で亡くなる人、災害で亡くなる人、自分がどこで、どのように、いつ、亡くなるか、誰もわからない。

 

 

 だから、人生とは、こんなものだと、決めつけない方がいい。当然に、この世に運命ということもない。それは、死んだその時、自分の人生が終わりを告げたとき、その時、それがその人の運命だったと言えることになる。死ぬまで、それが運命だとは、誰もいえない。

 

 

 誰でも、自分のエゴを優先する。だから、この世が空相だとは、わからない。なぜなら、生きているからである。欲望をもって、エネルギーをもって、この時間の中を、自分が動いているからである。そこに、いろんな人が、それぞれのエゴをもって動いている。当然に衝突する。同調する場合もあるし、反発することもある。そこに、感情が生まれる。好意もあれば憎悪もある。いずれにしても、そこにあるのは、物質的な欲望の世界である。

 

 

 感受性の高い人、感性が鋭い人は、そういう世界で生きることにつかれてしまう。ある意味、人間社会は、エゴとエゴとの闘争である。受験戦争、会社や組織での権力闘争、出世競争、己の欲望を最大限に満たそうとする輩が多い。だから、人間社会がスムーズにいくように、一定のルールをつくった。それが法律である。人間が人それぞれ、お釈迦様のように慈悲と利他をもっているなら、法律など不要である。そうでないから、法律で、行き過ぎた欲望に制御をかけた。だから、総理大臣でも大統領でも、犯罪をおかし、法をやぶれば、処罰される。極刑は死刑でもある。そうであっても、その権力者が死んでしまえれば、その権力者の頭で作った虚構も、現実の俗欲世界も、消滅することになる。難波の事は夢のまた夢なのである。

 

 

 これが、色即是空である。しかし、だから、それでどうなるのか、そう、どうにもならないのである。現実の世界は弱肉小食である。成人をすぎて、自分勝手にならない事象がおきて、道端で、いやだ、いやだ、といって駄々をこねても、誰も相手にしない。自分勝手にならないから、切れて、他人に八つ当たりする未熟な輩もいる。それでどうなるか、警察に連れていかれて、社会から、駄目な奴だと烙印が押される。それでいいなら、それでもいい。しかし、それは必ず後悔することになる。若い時に、社会から、駄目な奴だと烙印が押されたら、それが、ずっと、一生ついてくる。それがなかったら、多少、若い時、やんちゃをしても、なんとかなるものである。

 

 

 この世は色即是空である。だから、逆に、がんばることになる。やってもやらなくても、一緒なら、やることである。逆にやらなかったらどうなるか、倒されるだけである。意地汚い人のエゴにもてあそばれ、踏みつけられるだけである。人間には、エゴがある。自分を守ろうとする本能がある。だから、倒され踏みつけられたら、自己防御が働く。苦しくなる。そうなると、だれでも、こん畜生と、思う。それが、生きる原動力となる。色即是空だから、空をエネルギーとして、色の中で生きようとする。色とは、現実の世俗社会の事でもある。これが、空即是色の意味でもある。もちろん、がんばりたくないと思う人もいる。これ以上、やりたくないと思う人もいる。そこで、諦めたら、それでおしまいというのが、この世の習わしのようである。強制はできない。生と死をさまようとき、生に戻る人は、生きたいという思いが強い人である。生と死との境で50%の確率で生と死が分かれるなら、最後は、生きたいという思いが強ければ、生へと向かうはずである。

 

 

 倒れたら、起き上がったらいい。倒されたら、起き上がり倒した相手に立ち向かうことである。人生、順風満帆で生きられることはない。山あり谷ありである。最後まで、自分のやりたいことをやり続けることである。50歳で亡くなれば、その人の人生はそれでおしまいとなる。60歳であれば、それでおしまいである。その後、どのような世界がきたか、知るすべもない。最後まで、意地汚くてもいいから、生き抜くことである。自分がかかわった世界がどう変化していくのか、最後の最後まで、見届けることである。それが、人として、最大の幸せでもある。

 

 

 私の知り合いで、77歳の人がいる。65歳で、事業を失敗するように追い込まれ、自己破産したそうである。そして、それから、なにくそうと、おもって、事業を興した。詳細の事はわからない。結果的に、事業がうまくいった。事業規模は、拡大した。しかし、ストレスがあったのか、がんにかかった。人間の力は不思議である。悪いところをきって、つぎはぎだらけの体となった。しかし、元気である。がんは根治しているわけではない。それでも負けない。あらゆる方策を講じて、生きようとしている。自分が勝ち取った資産である。だから、最良の医療をつかって、がんばろうとしている。これこそが、色即是空、空即是色の本質である。ただ、ただ、頭が下がる思いである。世の中にはそういう人もいる。

 

 

 誰でも、人生、いいことばかりではない。人によっては、どん底に突き落とされる場合がある。それが、一度や二度ではない。波状攻撃のように、災難はやってくるものである。重要なのは、その時、どうするかである。かならず、人生には、倒れるときがある。倒される時が来る。深い挫折を何回も味わうことがある。その時、どうするのかで、その人の真価が問われる。立ち上がって、前にむいてあるくのか、だめだとおもってあきらめるのかである。この世は、色即是空、空即是色、なのである。あきらめなければ、最後まで青春、そして、青春の中で、人は死んでいくのがいいのである。難波の事は、夢のまた夢、それでいい、結局は、そうなるのであれば、そう思って、生きていくのがいい。うまくいったら、災難がくる。それをまた乗り越える。そのたびに、人は大きくなるものである。

 生まれる前のことはわからない。自分がいるということは、からなず、父と母がいる。その父と母にも、同じように、父と母がいるという事である。父と母がどうやって出会って、自分が生まれたのか、わからない。それと同じように、自分が死んだ後、世界がどうなるのかは、自分ではわからない。もちろん、自分という意識がどういう風に形成されているのかわからない以上、どの状態か自分なのか、誰もわからない。寝ているとき、自分の意識はないが、他人からみれば、そこに寝ている自分がいると人は認識する。しかし、自分ではわからない。寝ているとき、突然、大地震が起きて、それか、突然心臓発作がおきて、一瞬、我に戻るときはあるかもしれないが、そのまま、ぽっくりという事もある。自分は、突然、消えることになる。数年前、安倍晋三元首相が銃弾で倒れた。撃たれる前、颯爽と、街頭演説をしていた。そこに、彼は存在していた。しかし、銃弾が当たって、彼は倒れ落ちた。その映像が残っていて、しばらくの間、それが、ニュースで使われていた。安倍晋三元首相は、その後死んだ。自分が撃たれたことは、撃たれた時、彼は理解しただろうが、血液が流れて、だんだんと意識が希薄になって、昏睡状態となった時、彼は、自分がだれであるのか理解できなくなった。そこで、生死は混然となった。その後、何が起きたのか、安倍晋三元首相は知る由もない。彼の死後、今日まで何が起きたのかは、事実を見たらいい。現実は、なるようにしかならなかった。安倍元首相が関与した現実は、そこで、終わった。周りにいた人々も、安部元首相との関連性は、そこで遮断された。その後、どうなったかは、事実が示すとおりである。

 

 

 これが、現実である。今日の姿が、安部元首相が求めていた世界かどうかはわからない。しかし、これが、結果である。安倍元首相を支持していた人が、これが、安倍元首相が求めていた世界だと、思えるならそれでいい。そうでないなら、その人たちは、単に安倍元首相を利用していたにすぎない。その人たち、それぞれが、自分の都合で安部元首相を利用していたということになる。当然に、その人が死んだら、その人たちの周りにいた人々も、それぞれの自分の都合で、その人を利用していたのだから、その人との関連性もそこで切れることになる。豊臣秀吉が生きているころ、徳川家康は豊臣秀頼の臣下として、跪いていた。秀吉が死んだら、関ヶ原、大阪夏冬の陣で、豊臣家をつぶして、徳川の世を作った。田中角栄氏が生きていたころ、田中派の議員は、田中角栄氏が逮捕されても、先生、先生とあがめていたが、病気で倒れ、死去した後は、それぞれ、自分の都合を優先にして、田中派を消滅させた。田中角栄氏が今の世の中を望んだかわからないが、それが現実である。失われた30年、日本は没落した。結婚できないし子供も作れないロストジェネレーションを作った。少子高齢化は必然で、生産労働も低下する。日本人ファーストといって飛躍した政党もある。どうやって、この日本で生産性をあげて、国力をあげていくか、その方法論もない。ものづくり日本を支える技術をどうやって育てるのか、その方法論もない。単に理念だけでは、現実は変わらない。党首みずからが、イノベーションを起こせる技術をもっていないかぎり、何をいっても、絵にかいた餅となる。絵で描いた餅で議員は増やせても、ロストジェネレーションで貧困にあえぐ日本人に仕事を与え、職場を与えて、家庭を持たせて、子供が作れる環境は作れない。

 

 

 83年前、日本帝国の大本営は、無謀な戦いをアメリカに仕掛けた。その結果、広島、長崎に原爆を落とされ、日本は無条件降伏し、その数年後、東京裁判で、戦争を仕掛けた軍上層部は、絞首刑となった。それが結果である。そして、復員してきた日本人、戦禍を生き抜いた日本人で、戦後復興を成し遂げた。日本が世界でNO.1となった。戦争でまけても、技術や経済で勝ったと多くの日本人は喜んだ。それも結果である。そして、それから、日本は斜陽していく。そして、滅茶苦茶なトランプ大統領に関税15%にしてやると、呼びつけられ、米つきバッタのように、右顧左眄しながら、受け入れる。徳川将軍に跪く外様の弱小藩主のようである。日本はいつからアメリカの属国になり下がったのか、それも現実である。

 

 

 日本人ファースト、日本も核武装をもて、と訳の分からないことをいう人たちがいる。どこで核実験をして、どのように北朝鮮のようにロケット打ち上げをするのか、そんなことをやれば、アメリカから関税、200%と宣告される。83年前のように、トラトラと、自衛隊機で在米軍事基地を奇襲攻撃するのか、ロシアがウクライナを攻撃したように、中国と手を結んで、台湾、韓国を征服して、在日米国軍を駆逐する気があるのか、今はSNSが発達しているので、そんなことは、不可能である。やれば、日本人は亡国の民となる。

 

 

 人生はなるようにしかならない。死んだ後、何がおこるのか、誰もわからない。豊臣秀吉が、まさか、数十年後、自分がつくったものが、一掃されるとは思っていない。安倍元首相も、こんな状況になるとは思っていない。たぶん、今は、権力の中枢にいるトランプ大統領も、10年以内に、全否定されるはずである。ヨーロッパの絶対王政で、栄華を誇った貴族がどうなったか、豊臣家、徳川家が、政権がひっくり返ったとき、どうなったか、戦争中、栄華をほこった日本大本営は、敗戦後、どうなったか、それが、現実である。

 

 

 今がどんな状況であっても、過去は変えられない。しかし、自分に力があれば、技量や能力があれば、それが必要となる時がくるかもしれない。それが、30代にくることもあれば、40代、50代、もしかしたら、65歳以降になるかしれない。人生は一度きり、これはしょうがない。だから、今が不遇なら、力をためて、時がくるのを待つべきである。長生きすることである。70歳、80歳で、花咲くこともある。ロストジェネレーションの人々、それでも少子高齢化だから、十年以内に、いじきたない老人が多量にこの世を去る。そうなれば、かならず、ポジションに空洞化ができる。そのために、今がつらくとも、がんばって、生き延びることである。私の経験の範囲でしかないが、あきらめないで頑張った人には、最後には果実が来る。人をだまし、意地汚く生きる人は、それまでの人生でしかない。確かに、人生は不平等である。いい家庭にうまれ、親の財産を継承し、好き勝手に生きる腐れ貴族も存在する。それと対極にいきる貧困にあえぐ人もいるのも事実である。もし、最後に腐れ貴族と社会の底辺で頑張った人が対峙したとき、どちらが勝つか。たぶん、確率的に、後者の人が勝利を得る。人生の経験値が違うからである。

 

 どんなにわめいても、騒いでも、物事には必ず終わりが来る。始まりがあれば、どこかで終わりが来る。それは仕方がない。なら、せっかく、命をもらって、自分という意識をもって、今を生きられるなら、それを有用に使い切って終わったほうが、さっぱりとするものである。それを、端的にいうなら、人生を楽しんで生き抜くということである。

 

 人生になにか意義があるとか、なにか目的があるだのと、いっても、まったく意味がない。そんなものなどないというのが正論だろう。ないというよりも、我々には、それを感知できない。この宇宙の成り立ちやこの宇宙の因果がわからない以上、その下に生きる我々には、それを知る由もないし、仮に知ったとしても、意味のないものになるだろう。二次元に生きる人が、三次元を知ることができないのと同じ、仮に、宇宙を支配している神様がいたとしても、我々にはそれを認知などできないし、それを制御することができない。だから、この世の次元を超えたものの論理の中では、どんな論理も成立する。昔から、いろんな宗教が存在する。なぜ、そうなるのか、だれも、この宇宙がどうしてできたのか、どうなっていくのか、わからないから好き勝手なことが言えるのである。見たことがないことを、あたかも見たようにいっても、それは、ひとつの話であって、それがこの世の絶対的なものだと、証明できないからである。もちろん、それが、絶対的に正しいと思うのは、個人の自由だから、そうしたらいい。

 

 地球が誕生するまえにも、この宇宙の時間は存在していた。この時空間には、膨大なエネルギーは存在していた。そうして、気の遠くなる時間が過ぎれば、太陽は膨張し、地球は飲み込まれ、消滅する。それは、この膨大な宇宙のちり芥の出来事にすぎない。人類がどうなっているのか、わからない。ただ、一つ言えるには、この宇宙が存在しているならば、今、自分を作り上げているもの(エネルギー)は、どこかに存在しているということになる。自分という意識、自分が発したもの、自分を構成した細胞、自分が死んでも、その素になったエネルギーは、形をかえて、この宇宙の中の一部になっているということである。私がいえるのは、それだけである。この宇宙もどこかで終わり、形をかえて、別な宇宙に変化するかもしれない。しかし、その中にも、自分を構成したエネルギーは、存在しているはずである。もちろん、そうだからといって、それがどうしたと言われれば、ただ、それだけということになる。

 

 若い時は、自意識が広がる。自分と外部との界面をつくる。それが、自分というものだと思う。それは当たり前、だから、そこに、喜怒哀楽が生まれる。すべてが、自分の思うようにいくことなどない。自分は、自分である。エゴをもつ。欲望をもつ。ある意味、欲望があるから、生存できる。食欲、睡眠欲、おおきくなれば、性欲がでてくる。生きるために、必要なものである。もちろん、自我がでれば、その欲望を強く満たそうとする。物欲、権力職、支配欲、この世は、経済活動で、動いている。だから、金銭欲がでてくる。当たり前のこと。当然に、それが満たされればいい、しかし、人生、すべてが満たされることなどない。生きるために、楽しくないこともしなければならない。苦しみや悲しみが生じる。だれでも、思春期には、悩むもの、まよい、苦しみ、時として、自己制御できずに、暴れることもある。

 

 自分ひとりなら、何でも好きにしたらいい。しかし、この世には何百億の人がいる。みんなが好き勝手にやれば、弱肉強食で、この世は滅びる。自分の欲望のため、人をころし、人を姦淫し、人の財物を横取りする。戦争中、理性を失えば、そういうことが起きる。もちろん、平時にそれをやれば、捕まる。人を殺せば、殺人罪である。そこに情状酌量の余地がなければ、死刑となる。

 

 人生において、最大の価値は、ぽっくりといくまで生きることである。そして、その次にくる価値は、すきなことをして生きるということである。嫌いなこと、嫌いなひとと一緒に生きることは苦痛である。だから、嫌いなことをして生きたくないと思うのが自然である。しかし、この世の中、好きと嫌いとを、二つだけで切り分けることなどできない。世の中、大体がアナログ的なものである。好きなところが51%、いやなところ49%なら、好きということになる。恋人でも夫婦でも、好きなところが51%以上なら、離れることはない。しかし、嫌いなところが51%以上なら、かならず、どこかで別れていく。離別する。仕事でもおなじである。その仕事が51%以上好きなら、継続するし、嫌いなところが51%以上あれば、その仕事から離れていく。人は、嫌いなことをいやいややりたくはない。継続してやるのは、その仕事が51%以上、好きだからやるのである。

 

 人生を楽しむ。そういっても、そんなことはできないと思う。会社にいけば、わがままで自分勝手な上司がいる。好き勝手に生意気なことをいう部下がいる。自分がやりたいようにできることなどない。自分が置かれた状況の中、いくらがんばっても、ぱっとしないこともある。まわりは、すべて、自分勝手なことをいう。それでも、頑張って生きなければならない。人生を楽しむ、なにをアホなことをいっているのかと、思うだろう。その通りである。しかし、ある程度、人生をいきて、人生の終着点がみえてくると、人生を楽しんでいきることが、一番、重要なことだと思えてくる。

 

 人生、苦しいことばかりで楽しいことなどない。それが、現実的な感覚である。しかし、同じような境遇でも、人生を楽しむと思っている人と、人生など楽しくはないと思っている人では、人生の最後が違ってきている。笑う門には福来るである。若い人で、朗らかに、元気で、前向きに取り込む人と、そうでない人がいたなら、そういう朗らかに元気にほほ笑む若い人に、なにかチャンスをあたえてやろうと、思うものである。スタイルがよくて、美人顔でも、そこに、微笑みや朗らかさがなければ、チャンスは転がってはこない。また、そこに、何か、その人の欲望や人を利用してやろうといういやらしさが、見えたら、チャンスは、来ない。人間だれでも、欲望はある。しかし、それが、51%以上、見えたら、やはりNGなのである。利他と自利、すくなくとも、利他が51%以上、見えたり、感じられなかったら、チャンスは遠ざかるものである。

 

 テレビで活躍する若い女優さん、この世の中には、きれいでスタイルのいい人はたくさんいる。しかし、実際に選ばれる人は、数少ない。もちろん、芸能事務所の力関係もあるだろう、しかし、最大の要素は、利他がより多く見えたり、感じられる人が選ばれる。スクリーンで、その女優の人間的なエゴ、いやらしさが見えたら、演技以前で、嫌われるからである。プロデューサーや監督やスポンサーから、この子はいい子だと、つまり、人間的にいい子だと、思われなかったら、大衆からの支持も得られないことになるからである。

 

 人生を楽しむ。仕事を楽しむ。やはり、好きこそものの上手なれ、である。嫌いなものは長続きしない。そして、人生、最後まで楽しんでいきるには、楽しく時間を過ごせる仕事(やるべきこと)が必要になる。人生でつらいのは、やることがないこと、自分が必要な存在と認められないことである。定年後、やることがなく、社会参加することがなければ、たいていは、早く死ぬ。生きる価値が見いだせなくなるからである。がんになっても、頑張れる人は、くたばってたまるかという何かしらの使命感があるからである。それが、利他の感覚でもある。

 

 若い人は、そのことを感覚でわかってほしい。今は、近未来のことで精一杯だろう。仕事、恋愛、結婚、家族、子供の教育、ローン等、目先の事で一杯のはずである。だれでも年をとり、終活を迎える。その時、自分に何が残っているか、自分にどんな技量がのこっているのか、それを意識して、今を生きてほしい。

 人生、うまくいくとは限らない。気持ちがへこたれるだけならいい。しかし、それが物理的、経済的にへこたれるときがある。病気や失業、倒産、破産、など、いままで築いていたものが、目の前から消えるときがある。寝て、薬を飲んで休めば治るものならいいが、原因がわからず、再発しやすい病気なら、自分ではどうにもならない。しかし、発病するまで、元気で過ごしていたならば、何かしら、元に戻る可能性はある。老衰は仕方がないが、よほどの疾患でない以上、完治した人がいるなら、元にもどすという希望と信念を持ち続けることが肝要である。

 

 

 すこし、長いこと生きてきた人生の経験則からみれば、だめだと、あきらめ時、そこから、浮上した人を見たことがない。瞬間の生死を分けるもの、それは、慌てない、乱さないことだと私は思っている。そして、ドン底から這いあがるかそのまま沈みこむかは、その人がもっている人生に対するプライドがあるかどうかである。それが、ある意味、なにくそーという原動力になる。なにくそーと思わなくても、このままでは、終わりたくないという気持ちがあれば、それが、あきらめよりも、強い思いならば、必ず、どこかで、好転するタイミングがくる。それまで、苦しくとも、たえて生きること、頑張ることである。それが、生きるプライドである。それが、なければ、何かあったとき、そのまま沈み込む場合が多い。

 

 

 私は、中学3年の時、ネフローゼ症候群を発病した。当時の医療水準からすれば、プレドニンを飲んで、安静、食事療法というのが、常道手段である。それから、22歳ぐらいまで、3回、再発した。自分の人生、これからどうなるのかという不安があった。起きたことはしかたがない。何とか資格でもとって、生きるしかないかと、おもって、入学しやすい学部と大学を選んだ。ある意味、時間稼ぎである。企業につとめるにも、学歴と縁故が左右することはわかっていた。4年も遅れたら、普通の会社つとめなど、できない。ある意味、そういう覚悟ができていたから、学生時代、アルバイトをしたとき、中小企業のおじさんから、かわいがられた。人生とは不思議である。その後、大学にはいったら、遅すぎた春がやってきた。勉強など、ほとんどしなかった。おかげで、それから32年間、ネフローゼ症候群の再発はなかった。それから、いろんなけったいの人たちと出会った。何とか、大学を卒業して、専門機械商社に入った。その配属された部署で大きな物件を受注した。工事があって、だれか、人を出さなければならなかった。窓際の他の部の部長が現場監督にいくから、そのサポートにいけと、言われた。現場監督補助である。そこにいろんな人が出入りした。非常に面白かった。その現場で、知り合った人から、その会社の社長を紹介された。中国関係で、化粧品製造装置を納めている。言葉ができる人を探している。病気で遅れたので、英語だけでも、やっていようと思っていたので、多少の英語力が、功を奏した。そこが、大阪の西成である。玉出である。一瞬、とんでもないところに来たと思ったが、やはり、とんでもないところだった。むかしの漫画、じゃりン子チエに描かれた世界、そのものだった。その社長には、ほんとうに、よくしてもらった。大阪、西成の中小企業のすけべで、意地汚くて、見栄っ張りで、人のいい、金回りのいい、中小企業のおやじ、そのものだった。当時、よく中国の代表団がきた。そのたびに、アテンドした。高級レストランで、おいしいものを、中国の代表団といっしょに、たべた。京都、奈良、観光にも付き合った。もちろん、それに見合うだけの商売が中国からきた。西成の中小企業のおやじに、現ナマが、ウハウハ入った時代である。日本の中小企業のレベルの方が当時の中国のレベルよりも、はるかに上だった時である。天安門事件が起きる前の鄧小平がまだ生きていた時代である。今、その会社は名前だけ残っている。大手企業に100%買収された格好である。合併、合併を繰り返し、名前だけ存続して、もともとあった会社は、消滅会社として、登記簿からも痕跡が抹消された。

 

 

 それから、いろいろとあった。自らが望んではなかったが、会社を設立した。もともと、機械いじりが好きだったし、機械があれば、それをばらして、再構築するのがすきだった。だから、装置を組み立てたり、実験したり、中身を考えて考案したりするのが好きだし、電気も、システムも考えるのが、得意だった。だから、結局、ほとんど、一人でできた。途中で、CADやシーケンスも学んだから、たいていは、ひとりでメンテができた。それが、自己完結ループの始まりである。世の中は、順風満帆では進まない。企業規模が大きくなり、需要が拡大すれば、事業拡大である。その時、ろくでもない大手商社に引っかかった。詳細にいえば、その商社の100%子会社にはしごを外されたといっていい。いろいろあって、最後の最後というとき、その会社の役員が、私に、捨て台詞を吐いた。「選んだ会社がまずかったね」と。その後、数年以内に、私の会社と関わった社員、全員、その会社から消えた。ひとり、用なしと揶揄された人がその会社にのこったが、その人も、ひどいことをした、と言っていた。それで、膨大な借金を背負うことになった。世の中は、捨てる神があれば拾う神ありである。助けてくれる人がたくさんいた。ある意味、それだけ、私が作り上げるものに、需要があったということである。それから、現時点で、つぶれずに、事業展開できていることは、それなりの商売が継続していたということである。もちろん、銀行から融資を受けていたから、リスケをしながら、返済をしていた。一回も遅延したことはないから、ブラックリストにはのっていない。リスケをしているから、銀行からお金は借りられない。返済して、事業をまかなえたのは、すべて、商売でえた資金である。とあるところと資本提携をしたので、のこりの借金も、すべて返済した。いつも、偉そうなことを言ってくる大手銀行のリスケ担当は、完済したとき、そっけない事務的な返答だけしてきた。もうこういう人たちと関わることがない、上から目線で偉そうにいう言葉を聞かなくていい。私は、この銀行の担当者は、ほんとうに、アホだと思った。完済すれば、銀行との関係は逆転する。もう銀行に忖度する必要もない。これまで、偉そうなことを言ってきた態度、指導等、公にすることができる。そういうことを想像する力が欠落している。それがわかったら、「いろいろ大変でしたね、ご苦労様です。破産することなく、チキンと完済していただき、当行も利息で収益を得ていました。今後とも、なにかあれば、御協力いたしますので、よろしくお願いします」そのくらい、気の利いた言葉が思い描けるのが、銀行マンだとおもうのだが、今はそれもいえない。それほど、銀行の質が低下しているし、外資の資本に利益をあげろと締め上げられているのだろう。なにもかも、AIとネット化、マニュアル化、官僚化してしまった。

 

 

 結局、ろくでもない商社や外資に収益向上を強要されている銀行をはねのけて、がんばる原動力は何かといえば、それが、生きるプライドである。押しつぶされそうになっても、それを踏ん張りつづけるパワー、それがある意味、プライドである。それまで生きてきた人生のプライド、誇りである。それを否定することは、自分の人生を否定することと同一である。結局、それは、生の否定、つまり、死を意味する。

 

 

 今、私は、インフラを変革できそうな基材を作り上げた。それなりの自信がある。かなり、将来、うまくいったとき、商権の取り合いが生まれるかもしれない。その時、複数の商社が扱いたいといってきたとき、私がいったい何をするか、そのとき、その銀行系列の企業がきたらどうするか、私の言葉はもう決まっている。私は、そういう日がくるのを楽しみにしている。テレビドラマ、「半沢直樹」ではないが、言う言葉は、倍返し、ということになるかもしれない。技術を掌握している私が、NOといえば、まず、はじかれる。

 

 

 人は才覚によって生きる。その才覚を下支えするのが、プライドである。この世は無数の人の相互作用で成立している。だから、それぞれのプライドは常に傷ついている。建前は、人のプライドを尊重しろ、であるが、実質は、そうではない。この世は、たぬきときつねのバカ試合だから、逆に、そんなことで、めげてはいけない。ただし、重要なのは、人から傷つけられても、その自分のプライドを自分で否定してはいけないということである。自分のプライドを自分で否定するような行動はするな、余儀なくされても、こんちきしょー、今にみておれ、という気持ちを忘れるなということである。駄目だとおもったら、そこで終わる。駄目だとおもったら、駄目じゃなくなるにはどうしたらいいか、そこで才覚がはたらく。PLAN Aがだめなら、B,C,ということになる。急がば回れというのもある。もちろん、その才覚が働くのは、そこに利他という冠がつく。利他のためのプライドだから、そのプライドが力として機能する。己ひとりのエゴのためのプライドなら、かならず、心が乱れて、自己破壊する。

 

 

 いじめを受ける人がいる。集団生活となれば、人は必ず相対化し、差別化する。それが、エゴの本質である。俺の方がいい、私のほうがいい、そうなると、いじめやすい人が自然と集団の中ででてくる。プライドを傷つける行為をする。加害者と被害者がでてくる。最悪は、被害者が自分のプライドを自分で傷つける。自己否定して、命を落とすケースもあるだろう。自分自身、プライドを持ち続けることである。人を否定しなければ、自己存在が見いだせない人は、愚かな人たちである。難しいが、毅然とした態度をとったらいい。そういう人は、利他の中に、身を置いたらいい。困った人、苦しむ人たちをサポートする人の輪の中に、入ることだ。その組織の代表が、利他という言葉を利用して個人の利得を得ようとする汚い人なら別だが、そうでなければ、ちょっとした利他の行為の中で、自分のブライドが、癒されて、新しく、生きる道を示唆してくれるはずである。Keep your pride in life! 生きるプライドを持ち続けろである。