2年前の七夕祭りの夜、

 彼と初めてキスをした。

 お互いの気持ちが“本物”かどうか、

 まだちゃんと言葉に

できていなかったけれど、

 あの瞬間だけは

 ただ「好き」が溢れて、

止まらなかった。





 ある夜、ふと思い出して

聞いてみた。

「ねぇ、2年前なんで

急にキスしたの?」って。





 彼は少し目を見開いたあと、

 照れたように笑って言った。 

「せいかが、俺のこと好きって

言ってくれた顔

めちゃくちゃかわいくて、

我慢できなかった。 

あの時、両想いだってわかって、 

うれしくてたまらなかった」 






 もし、あのとき私が

気持ちを伝えなければ。

 もし、彼があのキスを

してくれなかったら。 

いま隣にいるこの関係は、

なかったかもしれない。

 そう思うと

あの夜が奇跡のように思えた。






 でも、そのキスの数日後。

 私は、大切な人を失った。

 病院からの電話を受けて

 心臓マッサージを

受けている父の姿だった。 

 「お父さん、だめだよ」 

「ひとりにしないで」 

泣き叫んだ声が、

自分でも驚くほど大きかった。

 看護師さんが背中を

さすってくれていたけど、

 胸の苦しさは消えなかった。






 家にはもう誰もいない。

 仏壇には父と母の遺影が

並んでいた。

 部屋の静けさがこわくて、

 声をあげて泣き続けた。 

 「私、これからどうしたらいいの…」

 そんな思いでいっぱいの中、 

思い出したのは彼の言葉だった。

 「いつでも連絡して」 

 その言葉を信じて、

震える手で電話をかけた。

 彼の声はあたたかくて、 

「もしもし?せいかちゃん?」

その一言で、

張り詰めていた感情が崩れて、

 私は泣きじゃくった。 






 彼は何も言わず、

ただ寄り添ってくれて、

 やさしく「会いたかった」

「好きだよ」って

抱きしめてくれた。

 不倫は、だめ。 

それは頭ではちゃんとわかってた。

 でも、どうしても彼が好きだった。

 彼はまっすぐ私の目を見て言った。

 「俺たち付き合おう。

 なにがあっても俺が守るから」 

 その言葉を私は信じた。 

私は彼に心も身体も

すべてをあずけた。






 好きな人に抱かれるって

 こんなにも安心で

やさしくて 

幸せなものなんだって知った。 

 それからの2年間、

 彼は本当に私を守ってくれた。

 奥さんが私を訴えるって

言ってきたときも、

 会社で白い目で見られたときも。

 私の手を離さず、

いつもそばにいてくれた。






 そして今。 

毎朝「いってきます」と

キスをして笑い合える日々がある。

 あのとき、

彼を諦めようとしなくて、

 本当によかった。

 7月がくるたびに私は思い出す。

 父が旅立ったときの、

あの静けさと涙を。 

そして彼がくれたぬくもりも。

 私の手をぎゅっと

握ってくれたことも、 

「好きだよ」と

何度も言ってくれた声も。

 あのキスも涙も

 全部が私たちの7月に詰まってる。

 だから私はきっと

これからもずっと

この月を忘れない。




明日は七夕祭り。

会社のみんなで

短冊に願いを書いた。

彼が何を書いたかはわからない。

私はこう書いた。

「お父さん、お母さん

私は今とても幸せです。

いつまでも見守っててね」って。