金曜日の夜。
会社の近くの居酒屋で、
新入社員の歓迎会が開かれた。
バイトの私も招待されて、
彼とお父さんがいるとはいえ、
ちょっぴり緊張してた。
最初は事務のおばさんと
一緒の席に座って、
「こういう場、苦手?」
なんて笑いながら話していた。
しばらくして
料理が運ばれ始めたころ、
向こうのテーブルから彼が、
立ち上がってこっちに来た。
「せいか、こっち来なよ」
「えっ?」
思わず聞き返すと、
彼は当然のように言った。
「隣、空いてるし
俺の隣、座って」
その声に周りの
社員さんたちがざわざわする。
「お〜! 呼び出しか?」
「これは堂々だな〜」って
冷やかされながらも、
私は席を立った。
隣に座ると、
彼はちょっと得意げに
「やっと隣に来てくれた」
なんて言ってきて、
耳が熱くなるのを感じた。
「せいかちゃん、
ホントに仲良しだよね〜」
って周囲からの声に、
思わず笑ってしまった。
彼はそんな
みんなの視線を受けながら、
ごく自然に私のグラスに
ウーロン茶を注いでくれた。
「高校生なんだから、飲まないでね」
「飲まないよー!」
って言いながら、
にこっと笑い合ったその瞬間、
まるでふたりだけ時間が
止まったみたいだった。
こんなふうに、会社の人たちに
笑って囲まれる日が来るなんて、
正直ちょっと
信じられなかった。
ほんの少し前までは、
彼とふたりで並んでるだけで、
ひそひそと何か
言われてるような、
そんな空気を感じてた。
無理もないって思う。
彼には奥さんがいたし、
まだ離婚が成立してなかった。
最初の頃はバイトの高校生と
不倫なんて最低だ!
って言われて。
冷たい視線もあったし、
会社で必要以上に
話しかけられることもなくて。
正直、居場所なんて
ないって感じてた。
でも彼は私の手を離さなかった。
「全部俺が悪いって
言われていいんだから
絶対にせいかを守る」って、
いつも真っ直ぐだった。
だから今日、
こうしてみんなの輪の中で、
彼の隣に座って、
笑って話せてることが、
ただただ嬉しかった。
周囲の空気は変わった。
歓迎会でお酒の勢いも
あるのかもしれないけど、
「お前たち、
意外とお似合いなんじゃん」
なんて冗談っぽく言われるたび、
過去の痛みが、
少しだけ無くなっていく。
これもきっと彼のおかげ
少し緊張している私の不安を
感じ取ったのか、
彼がこっそりテーブルの下で、
手を握ってくれた。
そして「大丈夫だよ」
と言ってくれた。
その声が胸にしみた。
彼のことが
もっと好きになった。
