彼は、変わった。
 彼の離婚が成立する前から
始まった少し不安定だった
同棲生活。 
あの頃から少しずつ、
ほんとに少しずつ、
彼は変わっていった。




 前はね、一緒にいても、 
「写真撮ろう」なんて言う
タイプじゃなかったのに。 
 最近の彼はふとした瞬間に 
「写真、撮ろ」って、
やわらかく笑いながら
言ってくれるようになった。 




 この前なんて、
ふたりでカフェに寄ったとき。
 何気なくスイーツを
食べてた私を見て
彼が急にスマホを取り出したから
「ん、なに?」って聞いたら、 
 「今の顔、すごく幸せそうだから
撮りたくなった」って。 




 「えぇ〜、恥ずかしい」
って言ったら、 
「いいじゃん。
俺はこういう自然な顔、
すごく好きなんだけどな」って、 
ちょっといたずらっぽく笑った。 




  ふたりで歩いてるときも、
 私が彼の腕に
ぎゅってくっついた瞬間に 
「せいか、こっち見て」って
急にパシャっと。
「今のせいかすっごく
いい顔してたから」って。
 




それで、 
いちばんびっくりしたのは
 彼のスマホの
ロック画面を見たとき。 
 そこに映ってたのは、
 私と彼が恋人つなぎしてる
手の写真だった。 
 その瞬間、心がじんわり
あったかくなった。





  「これ…ロック画面、
私たちの手なんだね」って、
言ったら、
彼は微笑みながら言ってた。 
 「うん。これ見ると、
今日もがんばろって
思えるんだよ。 
せいかが隣にいてくれるって、
ちゃんと感じられるから」
 その言葉がうれしくて、
苦しくなるくらいだった。





 だって私たち前は誰にも
見せられない関係だった。
 一緒に写真なんて 
撮らなかったし、
 撮れなかったし、 
撮ろうとも思えなかった。 
 どんなに楽しい時間でも、
 どれだけ大切なデートでも、
 思い出に残したくても、 
シャッターを押す勇気がなかった。 
 いつもどこかで、 
「これはダメなんだ」って 
心のどこかで自分に
ブレーキをかけてた。





 それなのに今は彼のスマホの
いちばん最初に映る画面に、
私たちがいる。 
 そのことが、
 ただそれだけのことが、 
私にはどうしようもなく
うれしくて、泣きたくなる
くらいしあわせ。 




 あの頃、誰にも
知られないようにって 
こっそり会って、
こっそり笑って、 
こっそり恋してた私たちが、
 今は、堂々と手をつないで歩いてて、 
ロック画面に手の写真が残ってて、
 それを彼が大切にしてくれてて。
その全部が、
 あの時間を乗り越えてきた
からこそだって思う。 





 「俺、手をつなぐの、
すごく好きなんだよ」って、
彼が言ってた。 
「安心するし、せいかの手は
やわらかくてあったかいから、
離したくなくなる」って。
 そのとき私、 
ただ小さく「うん…」って
しか言えなかったけど、 
ほんとはね、私のほうこそ、
 ずっとつないでて
ほしいって思ってた。 






 彼が私の手を好きだって
言ってくれることも
ロック画面に残して
くれてることも
その全部が彼の中に
私がいるって証みたいで。
 もうどうしようもなく
うれしかった。