お久しぶりです、3年漕手の渡邉です。最後にブログを執筆したのが4月だったので2月程経ちました。この間で人生の方向性を変える出来事がいくつもあったので眩暈がしそうですが、何とか頑張っています。ですが、恐らくこのブログが今現役最後のブログになると思うのですよね。如何せん全員分回るには単純計算ではあと20人位回す必要があり、遅延分の日数も含めて計算すると多分今現役でブログを書く機会はインカレまでないかと思われます。しかも自分は今年インカレに出ることは無いですし自分の失敗からくる経験を後世に語り継ぐためにもここで今現役ラストブログとして寄稿する所存であります。自分自身後悔に次ぐ後悔の連続で碌に目標も達成できていないし漕手としてこの部に残せたものなど微塵もありませんが、こうして文章として残すことが出来ればいいなと思って寄稿致します。皆様におかれましては、これは自分のしくじり日記のようなものなので反面教師にして今後の漕手人生に役立ててくれれば幸いです。多分ここだけだと書き切れないので、今回は2223現役時代のことについて書いていきます。それでは、ひとつよしなに。
早速ですが今回指導課期間は省略します。碌でもないような部員でしたし迷惑しかかけていないので既述した内容で不快感を持つ人が居たら嫌だなと思っているので、書かないこととします。ということで現役に入ってからのことを書いていきます。
まず、2223現役が始まってからというもの自分の漕手人生は波乱万丈でした。頼りがいのある2021の先輩方が現役引退して22の先輩方が右も左もわからないような時期だったし本当に多忙であったのでしょうがないと思っていましたがそれにせよ先輩からの指導不足で何をすればよいのか全く以て分かりませんでした。練習方針にしろ練習メニューにしろメンタル管理にしる上から与えられてもそれを自分なりに解釈する能力が未発達だったので真の意味で効率的な練習をすることが出来ませんでした。その結果名古屋レガッタでも中部学生選手権でもシングルで5分を切ることが出来ませんでした。男子シングルで5分切れないなんて初心者でも論外ですし、エルゴの出力が全く艇に伝わっていない証拠でしたし、ここで1回自分の漕手としての将来が見込めないことに対して絶望し心がポッキリ折れました。何をしたら早くなるのか全く分からない中で自分なりの漕ぎの正解を導き出す過程は、今となっては貴重な経験ですしこれが無かったら自分の中で「漕ぎを言語化する」という今の自分の基礎である部分が作られなかったと考えます。
25の子達に伝えたいのは、この時期シングルで挫折することが何度もあるだろうけど、その時に単に絶望して何もしないのではなくて、何か1つでも他人よりも優れている点を導き出してそれを糧にして邁進するだけなのです。自身は人から付与されるのではなくて自分で導出して糧にするものです。同期先輩の漕手は頼れる仲間でもありますが同時に対校を争うライバルでもあるので、何でもかんでも他人が助けてくれると思っているといつの間にか成長度合いで他人より劣っているなんてことはよくある話です。そこに気付くかどうかが今後の現役人生を左右する最大のイベントだと私は今になって回想すると感じるわけです。
大会で絶望した自分はその後もシングルに乗らせて頂き乗艇技術を極めるべく日々の水上moで誰よりも距離をこなしました。1番早く出て1番遅く帰ってくるというポリシーはこの時に作られました。まあ、この時は碌にリギングのことを理解していなかった時期なのでめちゃくちゃな数値だったでしょうし(前に乗っていた先輩の数値からほとんど変えていない状態)、それで漕ぎがいまいち上達しなかったのでしょう。また、庄内川は今にして思えば最高の練習環境でした。何せ直線距離で最大3kmもとれるような水域は全国探してもそうありませんし、ここで練習できることは割と恵まれています。しかしそれでも自分はそれに気づかず闇雲に乗艇するのみでした。
エルゴに関してはこの時期非常に伸び悩んでいました。というのも、元々指導課でタイムを求める余りフォームは手つかずだったので直すことから始まりました。22の壮真さんぎもとさん、加えてコーチの方々から色々ご指導ご鞭撻をいただきました。脚が使えていない、動きが分裂している、リラックス出来ていないなど、多くのアドバイスをいただきました。その中で得たこととして、単に他人から得た知識をそのまま吸収することも重要ですがそれ以上にその知識ないしは概念が何故成り立つのかの原理的な所を突き詰めていくことにローイングの真髄があるということがありました。あらゆる知識には裏付けと根拠があり、それは人から教わるものもあれば自分で気づくものもあります。前者は口伝にしろ伝聞にしろ教わればそれで終了ですが、。後者なら気付くまでの「過程」で様々な気づきを得られます。それは得た知識以外の別の知識にも応用できるような知識検索エンジンが出来るような気がするのです。何を言っているのかわからないと思いますが、知識の導出のためにはそこまでに至る検索エンジンを自分の脳内に持っておくことで非常に簡潔に知識を得ることが出来ます。そのエンジンを得られるかどうかは本人の漕艇技術の取得への要求度合いに依拠しますし、得たとしてもそれを使い続けないといつかは廃れて使い物にならなくなります。それに、漕艇に関する知識は全て相互的に連携しているので1つの知識を得たら芋づる式で他の知識も得られるなんてことはよくある話です。だからこそ、知識を得ることに対してもっともっと欲深くなりましょう。知は力です。
大分脱線しましたが、エルゴに関してはここで伸び悩んだおかげでこの後記録が伸びることになりました。utでもatでも記録が伸び始めました。それはmo以外の自主練も大きかったと自負しております。授業終わりに真やぎもとさんと独房でチェーンの錆び切ったエルゴでatをぶん回していたおかげでしょう。今の自主練文化は実はあそこから始まったのです。それ以前から自主練文化はあったのですがあれだけ独房エルゴで距離と強度をこなしていたのは2223現役が初めてでしょう。艇庫でのmoでも徐々にエルゴのコツをつかみ始めて一番成長が感じられる時期でした。しかし、それを受けた12月の20
00では指導課時代の記録を上回れませんでした。理由は明確で疲労でした。TT前の調整を怠ったせいで全く以てタイムが出なかったのですが、これも知識不足が原因でした。1年ならではですが、水上での挫折は幾度も経験してもエルゴで挫折したのはこの時が初めてだったので相当ショックでした。メンタルブレイク寸前までいったのもこの時でした。
とりま締め切り有るのでここまでにして、また、付け足しします。