[前回]

https://ameblo.jp/nantonakushihoushiken/entry-12838198698.html 

 「見ろ。木の上のほうに、糸が絡まっている」おじさんが萎れた指を上に伸ばす。


 何を言っているのか分からず、目を細めると、十メートルはある木の天辺にぐるぐると巻きつく糸がある。よく見えるな、と感心しながら、「あれは何ですか」と訊ねた。

「凧じゃないか、と今、話していたところだ」おじさんが、おばさんを見ながら言う。

「タコ?」

「昔、渉のヤツが、ああ、ウチの息子なんだが、凧を公園でなくしたことがあったんだ」おじさんは遠い目をしながら、昔話をはじめる。「もう高校生のくせに、近所の子どもの凧を使って、それを木に絡ませやがった。それで、こいつがえらく怒った」


 おばさんをチラッと見る。能面のような顔はピクリとも動かないが、罪悪感が漏れ出ている。

「ふと見上げたら、糸が絡まっているのが見えて、渉が絡ませたヤツじゃないか、と言っていたんだ」おじさんはそこで、複雑に絡まり、引けば引くほど徐々にキツくなっていく糸のように、表情を固くした。引っ張るだけでは、永遠に糸は解けない。

「二十年以上前の話です。残っているわけありません」おばさんが独り言のように言う。

「だが、あの糸はだいぶ古く見える」

「確かに。相当くたびれた糸です」よく見えていないが、僕は空を見上げる姿勢で言ってみた。

「登って確かめるか?」老人が冗談を言うが、隣の老女は反応しない。