万葉集1-5  
讃岐国(さぬきのくに)安益郡(あやぐん)に幸(いでま)しし時に軍王(いくさのおおきみ)が山を見て作る歌らしいです。

実際は何という天皇についてどこに行ったのか軍王が誰なのかは不明です。
舒明天皇らしい??

霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 村肝乃

心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠手次 

懸乃宜久 遠神 吾大王乃 行幸能 山越風野

獨座 吾衣手尒 朝夕尒 還比奴礼婆 大夫登

念有我母 草枕 客尒之有者 思遺 鶴寸乎白土

網能浦之  海處女等之 焼塩乃 念曾所焼 吾下情

霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず 村肝の 心を痛み 鵼子鳥 うらなけ居(お)れば  玉襷(たまたすき) 懸けのよろしく 遠つ神わが大君の 行幸(いでまし)の 山越す風の
獨り居(お)る わが衣手に 朝夕(よい)に 
還らひぬれば 大夫(ますらを)と 思えるわれも
草枕 旅にしあれば 思ひ遺(や)る たづきを知らに 網の浦の 海處女(あまをとめ)らが
焼く鹽の 思ひそ焼くる わが下ごころ

大意

①霞の立つ長い春の日が何時暮れたかも知らず、妻を思って胸が痛むので、嘆いていると、わが大君の行幸しておいでの山を越して来る風が、一人いる自分の袖に朝夕吹きかえるので、帰るという言葉もうれしく、家に帰ることばかりが思われて、立派な男子でいる自分も、旅先なのでうれいをはらすすべもないままに、胸の思いの焼けることである。

②霞こめる春の永日が、いつとなくくれてゆくように、なんということもなく心が痛むので美しい襷をかけるように口にするのも立派な遠くは神であらせられた天皇がお出ましになっている山を越して風が、ひとり身のわが袖に朝夕ひるがえるので、立派な男子と思っている私も草を枕と旅するゆえに憂いを晴らす術もなく網の浦の海人少女達の焼く塩のように物思いのまま燃えてくることよ。わが心の底は。

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香川県宇多津町網の浦あたりまで天皇の護衛でやってきた軍王が春先にぼんやり過ごしていたらなんだか憂鬱になってきた。
それはしばらく妻に会っていないからだ。
天皇が行幸している山からの風が独り身の自分の憂鬱な気持ちをさらに増しさせる。
男なのにこの気持ちはどうにもならない。
網の浦の海人(あま)の焼く塩のように憂鬱が燃えてくる。

無理矢理妻を思っている感じの訳にしていますね。
焼塩のくだりは万葉集で結構使われています。

では、訳してみましょう。
この歌は5種類の文が繋がっています。
それを別々に訳していきます。


①霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 

②村肝乃心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠手次 
懸乃宜久 


③遠神 吾大王乃 行幸能 山越風野

獨座 吾衣手尒 朝夕尒 

④還比奴礼婆 大夫登

念有我母 草枕 客尒之有者 思遺 鶴寸乎白土

⑤網能浦之  海處女等之 焼塩乃 念曾所焼 吾下情


○霞立=かる=カルディア人

○長=メソポタミア星座では魂を運ぶ射手座(サギタリアス)を長と呼ぶ。

○春日乃=牛王と龍蛇姫の子孫倭。

カルディア人はメソポタミア星座神話をつくった。
龍蛇ヒメ女王は太陽崇拝
牛王ハル王は月崇拝者
その子孫達は日月両方を崇拝している。

○晩家流=測る

○和豆肝之良受=僅かなよすがに
僅かな時間を測る。

カルディア人(倭人)父母の崇拝(日月崇拝、星座観察 )をしています

カルディア人は僅かな時間を常に測っている、時間、星座の動きを測る一族です

○村肝乃=紫の着物の作り方

○心乎痛見=こよ摘み=綿摘み
心=こ=胡人=ペルシャ人
乎(よ)=柔(rou)い物=綿

○中国の柔然(rouran)ローランとは鮮卑の拓跋部らしいのです。
シルクロードの中心地サマルカンドからモンゴル高原にいたトルコ系の部族です。
『ローランの美女』という美しいミイラが有名です。
美しい2600年前のミイラはアジアとヨーロッパの遺伝子を両方持っていました。

身につけていた衣服は羊毛、絹、綿があったに違いないでしょう。

日本いたローランの支族も綿を栽培する技術があっても不思議ではありません。

サマルカンドからタクマラカン砂漠にはいまでもウィグル族が住んでいます。
そして新疆綿は今でも世界3代産地です。
シルクロードはコットンロードと呼び変えても良いと思います。

タクマラカン砂漠を超えてきた者達が綿の種を持ってこないはずがありません。
綿は金と同等の価値があったからです。

○奴要子鳥=縫うことより

○卜歎居者=きたいは=難しいのは

○珠手次=玉手次=紡ぎ玉(糸を紡ぐこと)
現在でも糸とり3年織3日と言われている

○懸乃宜久=かけのぎく=経糸を掛ける
懸け=掛ける
宜久(ぎく)=経糸(jingジィグ・中国語発音)

紫の着物の作り方は、綿を摘み縫うことは簡単。より難しいのは糸を紡ぐことと経糸(縦糸)をかけること

○遠神=遠き神を奉る

○吾大王乃=我が女王は

○行幸能=いく先

○山越風野=御光の

○獨座=大きな一つ星=金星
明けの明星 男星→太陽
宵の明星  女星→月

○吾衣手尒=相手に=崇め奉る

朝夕尒=朝夕に
明けの明星
宵の明星

遠き神を奉る我が女王の行く先には大きな星があります。
朝に夕に、明けの明星、宵の明星(どちらも金星)を崇め奉ります。

④○還比奴礼婆=帰るには

○大夫登=鼻緒の太い丈夫草履(沓くつ)

○念有我母=いるかも

○草枕=野宿

○客尒之有者=かようのは

○思遺=無理

○鶴寸乎白土=覚悟しないと

帰ってくるのには丈夫な沓がいるし
通うのは無理なので泊まる覚悟です。

⑤○網能浦之=ものぼの一番星=金星

○海處女等之=みそそらの=美空(明るく澄んだ秋の空の色)

○焼塩乃=暁天の=夜明け前

○念曾所焼=磯城宮=しきのみや

○吾下情=我が城

我が城、磯城宮(しきのみや)の秋、夜明け前の美空に輝く一番星(金星)
④は末尾から訳しました。
わざと逆から書いてあるようです。

カルディア人(倭人)父母の崇拝(日月崇拝、星座観察 )をしています

全訳

カルディア人は僅かな時間を常に測っている、時間、星座の動きを測る一族です

紫の着物の作り方。
綿を摘み縫うことは簡単です。
より難しいのは糸を紡ぐことと経糸(縦糸)をかけることです。

遠き神を奉る我が女王の行く先には大きな星があります。
朝に夕に、明けの明星、宵の明星(どちらも金星)を崇め奉ります。

帰ってくるのには丈夫な沓(くつ)がいるし
通うのは無理なので泊まる覚悟です。

我が城、磯城宮(しきのみや)の秋、夜明け前の美空に輝く一番星(金星)が見えます。


この歌は秋に詠んだ歌だとわかりました。
それとものぼので新しい発見がありました。

日本武尊の眠る能褒野王塚古墳の「能褒野(のぼの)」はものぼのからきているようなのです。

そうすると日本武尊は金星の王ですから甕星香々背男命となります。

岐阜県、愛知県には甕星香々背男命を祀る星神社がたくさんあるのでの納得できます。

この長歌には返歌があります。

万葉集1-6

山越野 風乎時自身 寐夜不落 家在妹

懸而小竹

山越の風を時じみ寝る夜落ちず家なる妹を懸けて偲ひつ

大意
山越に吹いてくる風がたえないので(袖がいつもひるがえり)家に帰ることばかり思われて家にいる妻を毎晩心に浮かべて思い慕っている

この歌についての情報はあまりなく『内容、成立については詳しくわからない、古歌を分類し作歌事情を付したものらしい。』と解説に書いてありました。

次の万葉集1-7の歌は秋を詠んでいるので1-6は1-5  を妻恋歌として成立させるために差し込んだ返歌なのかもしれません。

ではまた。

はじめての本です。よろしくお願いします。



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紅茶のお供においし〜です


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かなり贅沢なスイーツです