額田王は皇極天皇に仕えた宮廷歌人と言う設定です。
だから皇極天皇の代わりに歌を詠むのがお仕事なんです。
皇極天皇の二人の息子、天智、天武と結婚した謎の美女。
母親は鏡王(おおきみ)です。
このあたりまではよくご存知なのではないかと思います。
謎の宮廷歌人額田王の素性がわかれば皇極天皇についてもよくわかってくるでしょう。
前ブログで額田王は巫女王だとわかりました。
しかも住んでいたのは常陸国です。
残念ながら奈良の都ではありませんでした。
額田王が読んだとされる歌を訳しながらその証拠を挙げて行きたいと思います。
今回の歌はこちら。
万葉集でも一二を争う難読歌です。
万葉集 1-9
額田王の作れる歌
莫囂圓隣之 大相七兄爪謁気 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本
莫囂円隣之 大相七兄爪謁気 我が背子がい立せりけむ厳橿が本
訳
莫囂円隣之 大相七兄爪謁気 我が愛しい背の君がお立ちになっていただろう。あの神聖な木の下
三諸山見つつゆけ我が背子がい立たせりけむ厳橿が本
莫囂圓隣之 大相七兄爪謁気
↓
この部分についての訳が30以上あるのですが、誰も訳せていません。
訳せるのにわざと訳せていないのかもしれません。
奈良の都からありえない場所が見えてくるからです。
訳してみました。
莫囂円隣之 大相七兄爪謁気
牧入りの 大穴津湯気(しぶき)
吾瀬子之 射立為兼 五可新何本
我が子が 真っ直ぐに立つ 梅の木の本
牧入りとは山の奥に行くことです。
大穴津は群馬県四万温泉近くの四万川にある四万の甌穴群(おうけつぐん)で、古代からある景勝地です。
少し前まで子供の遊び場でした。
甌穴は全国どこにでもありますが四万川は特に素晴らしい景観を持っています。
謁気→甌穴から上がるシブキ。
群馬県中条町 天然記念物 四万甌穴
橿かし(梅)→梅の木の元に立っているのだから子供でなくてはならないのです。
なぜなら梅の木は古来から子授けの木だからです。
いず、いつ→いず、いつは地名だと思います。
その説明は長くなるので今回は省きます。
額田王は子供を連れて群馬県の四万温泉に行きました。
そこで甌穴で子供を遊ばせ、その後に子授けを祈願した梅の木に感謝と子供の健やかな未来を更に祈願したのです。
その観点から群馬県四万温泉界隈の神社を探してみました。
気になる神社がありました。
額田王が参ったのではないかと推測できます。
大宮巌鼓神社
吾妻川と四万川の合流地点近くに鎮座しています。
このような川の合流点にある神社仏閣は本物です。
合流点で水量を計測していた場所だからです。
何の為にって?
いまだって堤防を超えないように河川事務所があるではありませんか?
まさに鼓(つつみ)は堤だったのです。
神社の場所をよく観察すれば川の合流点には必ず社があります。
川俣神社と言う名前が多いのですが、後々に変えられるていることがあるのでご注意下さい。
大宮巌鼓神社 拝殿
旧郷社
由緒を紹介します。(案内板より)
吾妻町大字原町字大宮に鎮座す、字号之に起ると云う。
原町一円を氏子区域となす。由来当社は武将民衆の尊崇頗る
厚く、天正十八年北條家朱印、宝暦以降真田家黒印の社領を
附せらる。明治維新の後、郡官の設ありてより郡官本社に
参詣することその例たり。明治四十年本町各所の無格社数祠
を併せ維持方法を確立し、大正四年八月十三日神饌幣帛料供進
神社に指定せられ、昭和十六年五月五日郷社に列格す。
境内に末社数祠を祀る。八幡宮、宇婆神社、神明宮等之なり
就中 宇婆神社は保姆の神として信仰近隣に及び、神明宮は
神宮古殿材を拝載し、以て広く郡内に浄資を勧募昭和五十年
四月五日創建す。
由緒を紹介します。(案内板より)
吾妻町大字原町字大宮に鎮座す、字号之に起ると云う。
原町一円を氏子区域となす。由来当社は武将民衆の尊崇頗る
厚く、天正十八年北條家朱印、宝暦以降真田家黒印の社領を
附せらる。明治維新の後、郡官の設ありてより郡官本社に
参詣することその例たり。明治四十年本町各所の無格社数祠
を併せ維持方法を確立し、大正四年八月十三日神饌幣帛料供進
神社に指定せられ、昭和十六年五月五日郷社に列格す。
境内に末社数祠を祀る。八幡宮、宇婆神社、神明宮等之なり
就中 宇婆神社は保姆の神として信仰近隣に及び、神明宮は
神宮古殿材を拝載し、以て広く郡内に浄資を勧募昭和五十年
四月五日創建す。
ここでは、保姆の神としての信仰が厚いと書いてあります。
保姆の神とは保食神(ウケモチ)のことを言っているのだと思います。
ウケモチとは食べ物の神様であり子育ての神様でもあります。
額田王は子供を連れて温泉に入ったり川遊びをさせながらこの場所にきたのでしょう。
額田王は奈良の都にいたのではなく常陸国、武蔵国、にいた人物だったのです。
それだと額田王の仕えた皇極天皇はどこにいたのでしょうか?
天智天皇、天武天皇とはどうなった?
万葉集を紐解くと意外な答えが返ってきます。
次回も額田王の歌をご紹介します。