「相手の立場になってものを考える」
道徳の時間によく聞かされた言葉だと思います。
人の気持ちがわかる=思いやり・・・・ですね。
思いやりは、人の気持ちがわかる人同士じゃないと通じないということですね。
そこのところは授業では言いません。
思いやりは一方的ではなく双方向からの発信です。
思いやりがわからない人には思いやりは全く、通じません。
誰もがわかるはずだと思っている幻想は捨てて下さい。
(夫婦や親子、兄弟でもすれ違います。)
私は、幼いころから人の気持ちがわかりました。
だからといって思いやりがあったかというと疑問です。
幼いですからね、
ただ、相手の望んでいることがわかると応えたくなります。
応えられる範囲ならできるけど、もちろん超えれば無理です。
相手の立場になると言うのは程度問題だということです。
日本人は、相手の気持ちになれる共感覚の持ち主が多いと感じます。
しかしあまりに、無自覚で、無防備です。
それが自分にどんな作用をもたらすのか知らなすぎます。
性善説が通じていた昭和の時代あたりまでは無自覚でも良かったのでしょう。
今は、だめです。
メディアに殺人、暴力、SEX、刺激物が溢れているからです。
そういった毒物にも無意識に同調してしまいます。
無自覚な人程、子供ですね、知らずに影響を受けます。
無自覚な共感覚の持ち主は、マインドコントロールされています。
脳はドキドキすることが好きですから、どんどん刺激の強いドキドキを求めていきます。
私は、いじめる人、いじめられる人、双方とも共感覚の強い人なのではないのかと思います。
共感覚には、気持ちだけではなく、音が形に見えたりする人がいるみたいです。
不思議なことはたくさんありますね。