瓢湖へ行ったときに通りがかって
ずっと気になっていた「史跡 越後府跡」。
1度訪ねてみたいと思っていました。
ヒマワリ畑を後にして、
向かいました。


戊辰戦争が終わり。
元号が明治に改まった1868年9月に、水原の市街地にある「天朝山」に「新潟府」が置かれ、翌年2月に「越後府」と改称。
同年7月には「水原県」と改め、新潟県を合併したことで名実ともに水原は越後の政治・行政の中心地となった。
8か月後には新潟県が復活し、県庁は新潟市に移されるが、その歴史的事実から水原は「県政発祥の地」と言われている。
(新潟観光ナビより)



この「天朝山」。
山だと思っていたら盛り土なんだそうです。
 ※天保8年(1837年)豪農市島家が別邸築造の際に、付近の田畑混在地から土を担いで運ばせたのだそうです。


現在は公園になっていて。
市民の憩いの場になっているのだとかガーベラ
春には桜の名所となっているそうですよ。

こちらは復元された「越後府矢倉」です。 
市島家が別邸として築いたこちらに、
明治政府が政治機関「越後府」を置きました。


池もあり。
散策するのも楽しかったです音符





越後で繰り広げられた戊辰戦争では
会津藩が本陣を置き
建物は焼失したとのことです。



「天朝山」の前には市の鳥の白鳥のオブジェが音符

力強い羽ばたきが感じられますブルー音符ピンク音符


水原は県政発祥の地だったんですね。
政治には疎くてアセアセ
大臣の名前も覚えられないデス(^^;)