会津飯盛山にある「さざえ堂」。
寛成8年(1796年)  当時飯盛山にあった正宗寺(しょうそうじ)の住職であった郁堂和尚が建立した高さ約16.5m、六角3層のお堂です。

正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」といい、国の重要文化財に指定されてます(重要文化財指定名称は、旧正宗寺三匝堂)



かつては西国三十三観音像が安置されており、
参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができるといわれていました。

上り下り別々のらせん形通路により階段がなく、一方通行の構造により参拝者がすれ違うことなく安全にお参りできるという日本唯一、世界にも例のない名建築といわれています。


この珍しいらせん形通路。
堂内に入ると不思議な感覚に襲われます。
すんごく急な場所もあり。
いまの私にはかなり難儀なものとなりました
(*_*)アセアセアセアセ



「さざえ堂」の前には「宇賀神堂」が。
寛文年間(1661年~1672年)に松平容保公が厳島神社の傍社として建立。
五穀豊穣の宇賀神(白蛇)をお祀りし、戊辰戦争のあと白虎隊十九士の霊像をお祀りしています。



「さざえ堂」の近くにある「戸ノ口堰洞穴」。
戸ノ口原の戦いに敗れた白虎隊士20名は、
長さ約150mのこの洞穴を潜り、飯盛山にたどり着きます。
命からがらやっとのことで着いて、
眺めた先には…
お城の周りには黙々と燃え上がる黒煙がもやもや

自刃の場は目もあてられないほどの凄惨だったと伝えられています。
少年たちの無念。
はかりしれないです。

 
洞穴の近くに「白虎清水観音」がありました。

木の根本から「白虎清水」と呼ばれる水が滾々と湧き出ていたのだとか。
(現在は出ておりません)

お堂に祀られている「慈母子育観音」は、
母が子に対するがごとく、どこまでも深く大きな慈愛のこころを表した菩薩さまです。



洞穴横には「厳島神社」が鎮座。

「厳島神社」は永徳年間に地域の豪族の石塚、石部、堂家の三家によって造営されました。


   
こちらは「戸ノ口堰水神社」です。




「厳島神社」には参拝者が見られましたが、
こちらの「戸ノ口堰水神社」は訪れる人はあまりいなくて…。
ひっそりとたたずむ神社に静かに手をあわせてまいりました。

 

「飯盛山案内図」によれば、
我々の参拝順序は真逆でした滝汗


飯盛山で見かけたラッピング自販機。
鶴ヶ城と赤べこと起き上がりこぼしと。
ご当地色満載ですねラブラブ

会津若松市のマンホール
磐梯山、猪苗代湖、市の木 赤松がデザインされてます。


いただいたパンフレットによれば
飯盛山は古墳なのだそうですね。
神社仏閣の境内であり、
霊山とのこと。

厳かな雰囲気漂う飯盛山。
何度訪れても感銘受けます。