南魚沼に上杉家と深いゆかりのあるお寺が二つあり、
「雲洞庵の土踏んだか」
「関興寺の味噌なめたか」で知られています。
上杉謙信が亡くなった後、
御館の乱(景勝と景虎による家督相続争い)がおこり、
関興寺は景虎方の小田原北条軍に包囲され焼き討ちにあってしまい、
総門、三門、仏殿、法堂、方丈、禅堂、塔頭7ヶ寺に及ぶ大伽藍はことごとく焼失してしまいました。
そのとき上杉氏より寄進された大般若経典六百巻を味噌桶の中に埋めて大切な経典を戦火から守りました。
経典を守った味噌の噂が広まり、
その御利益から味噌を分けて欲しいと関興寺に参拝する人があとを絶たなかったといわれています。
そして、「関興寺にお参りして有り難い味噌をいただきましたか?」の問いかけの言葉として、「関興寺の味噌なめたか」という言葉が生まれました。
(※県のHPより)
雲洞庵を後にして「関興寺」へ向かいました。
三門が修理中で。
こちらの方から伺いました。






