ハノイの市場

 

 

  今日のタイトルは、今から15年前には存在した、幻の航空路線だ。あの頃は

  アシアナ航空が人気があって、今よりずっと世界中で、新規路線と言うのを

  開拓していた、、当時のオレは、1年の内の半年を、中国雲南省で沈没して

  いたんだが、、その理由は聞かんでくれ

 

  というわけで、このコロナ後の現在じゃ信じられないことだが、こんなヤバい

  国、となる前の天国だった雲南省のベトナム国境に、オレは1年の内の半分を

  住んでいたんだ、、、これもあの時代、、まだ体力と健康に自信があった、

  あの頃だからヤレた、、、、まさかこんな時代が来るとは 夢にも思って

  なかった、、が、分かっていれば、もっと毎晩打ち込んだろう

 

  で、中国とベトナムとの国境の橋を、15日ごとに行ったり来たりさえ

  してれば日本人は 無限にビザ代がタダで滞在できた時代、、そんな夢

  みたいな事が、本当にヤレた、、、で、その時代に、オレが3か月の

  滞在を終えて、日本帰国する際に利用したのがアシアナ航空なんだ、

  上の、昆明→ソウル、ソウル→福島と言う超マイナー路線というのが

  存在し、、それに乗れば昆明を、夜中に出て、早朝ソウルについて、

  2時間後の福島行の便に乗り換えれば、何と昨夜までベトナム語で

  オンナと涙の別れをしたオレが、、翌日の午後には、郡山駅前に

  迎えにきた姉に会えたんだ、、、信じられない距離感、文化の

  違いの短縮だ、、オレはまだ、福島弁にアジャストしないのに

  故郷の味が食えたんだ

 

  というよ~な信じられないコース→航空路線、ビザの緩さ、そして

  中国と言う国に、くつろいで滞在を繰り返す、ということ自体が

  できなくなった今、、もしベトナム人の娼婦が部屋に居たところを

  公安になんか見つかったら、オレはスパイ容疑で逮捕されるんだ、

  いくらオレがベトナム女が大好きでも、中国の刑務所はゴメンだ

 

 

  アシアナ航空も、その後、幾多のスキャンダルやトラブルで有名な

  航空会社となってしまい、、今じゃ当時の勢いは見る影もないんだ

  LCC時代が幕開けする直前だった、、という超マイナーな航空路で

  オレが日本行きをやった時代、片倉やキンテツは、大阪港から、、

  鑑真号フェリーで上海に渡り、そこからさらに昆明まで2泊3日の

  人民列車で目指したんだ、オレの路線の半分のカネですんだからな

 

 

 

 

                    # 今はなき過去の旅

 

 

 

                       ナナ