乳首女優

 

 

  今日のテーマ、<やはり2次元より3次元だ >を見て読者の

  多くは、<ナナも、とうとう頭が基地外になってフィリピンを

  止めてサイエンス、、科学者になろうと気が狂ったか?>と

  思ったに違いない

 

  しかしそうじゃないんだ、昔からオレのブログを読んでくれて

  いるショーンさん、TBBさん、PEROさん、マヨエールさんの

  4人だけは、今日、このテーマの意味が< やっと昨夜ナナも

  待望のピーナの肌に打ち込んで、、それまで日本でエロ画面で

  上の天音りんちゃんの 乳首の2次元でガマンしてたのが、

  ナマ身のピーナが抱けたことで、やっと自分らしさ、本来の

  自分自身が、この大地に打ち込み、いや立っていると言う、、

  生命の実感、それを得たんだ>、ということを理解したんだ

  やはり、AV嬢との2次元だけの付き合いというんはフェラ

  いやフェイクなんだ とオレは昨夜つくづく思った、日本で

  2次元で満足してる若者は オレに言わせれば<生きる屍>

  なんだ、しかし彼等はそれに気ずかない、可哀そうだ、哀れ

  だ、ナマで打ち込めす、デコイに打ち込まされる牛と同じだ 

  オレの時代は日本人はカネ持ちで世界中で打ち込めたんだ

  若者がナマの女に打ち込めずAV女優と、2次元でガマン

  するというのは、、本当は性欲の問題ではなくカネ、オレの

  時代には、世界で打ち込めたカネがないという 経済問題

  なんだ

 

 

  という経済問題なんだが、、じつはせっかくフィリピンに

  戻ったというの、肝心のソフィーが、いないんだ、彼女

  からFACEBOOKメッセンジャーが届いて、<ナナ、私って

  今、故郷のサマールに居るのよ、ナナに会いたいわ、急いで

  帰るから交通費のカネを送って 💛💛💛>

  と言う愛のメールが来たんだ、、これって本当にラブレター

  なのか?、という複雑な気分で、オレは別の妾いやオキニ

  に昨夜は打ち込んだんだ、、しかしブルーな気分が幸いして

  長持ちしたんだ

 

 

 

            # 今日のテーマは経済ネタなのか?

 

 

 

                     ナナ

 

 

 

 

 

 

 

ステーキ

 

 

 

  オレは昨日、、1ケ月ぶりに、フィリピンの自宅に戻ったんだ

 

 

  で、その感想なんだが、、、セブ航空が、成田からクラークまで、

  午前11時15分の成田発が、、クラークに着いたのは午後4時

  だったんだ、つまり5時間近くもノロノロ運転いやスロー飛行を

  続けてんだ、そりゃ今の燃料価格で、成田からフィリピンまで、

  毎日の定期運航をヤッテくれるだけ運がイイともいえるんだが、

  そのためには、できるだけ燃料を使わないエコな飛行、、それは

  分かるんだがオレはダルい、、何と5時間の間、機内販売もない

  んだ、水もカップヌードルも食えないんだ、、そ~いえばオレは

  今回は乗ってはいなかったが、日本の新幹線も もう機内販売を

  止めたんだ、何でもすべてセルフサービス、しかもよく分から

  ないタッチパネルというモノで注文をやらされる、オレみたい

  なスマホ弱者はシンドイんだ、文句があるなら、何語でもイイ

  から人間の言葉で話してくれ、そっちならオレは得意なのに

 

  ところで日本滞在中だが、、この一か月オレはほとんどタガログ

  を話してないんだ、つまり公共の場所で、今の日本でフィリピン

  人は働いてないんだ、代わりにオレがよく話したのがネパール人

  今やホテルのフロントやメインテナンスなんかで彼等を見かける

  機会がグーンと増えた、、あんな小さな国で、カネだって、こんな

  プアになった日本人よりさらに少ないというのに彼等は皆英語を

  話すんだ、もっとも日本に送りだす時点で選別はされている が、

  オレの愛するピーナは、誰も選別なんかしてないのに全員が英語を

  話すんだ、、少なくとも文字ではなく貝話と言う意味でピーナの言語

  学習能力は日本人では天才のオレより上だ、でも分数は出来ないんだ

  しかし世界を歩く時に分数は必要ではない、英語の方が100倍は

  役に立つんだ、、さらに現知人並みのネチッこいサービスを求めると

  オレのように現地語ラビリンスに行くんだ だからほとんどの日本の

  スケベは、房田のベトナム語、木蓄とTBBさんのタイ語、そして

  片倉の英語なんだが、残念ながら彼の英語はスワイパーでは無価値

  だった、、だから片倉はしかたなく、ベトナム語学校へ通ったんだ

  しかしオレだけは、いくらベトナム女のサービスがネチっこくとも

  それでは満足せず、7か国語の貝話をやったんだ、、しかしヤッて

  本当に良かった、ハバナに行って、スワイパーよりもっとネチッこい

  南米の女ががいる事を知ったんだ、もちろんブラジルもコロンビアも

  よかったが、それがヤレたのも皆1990年にスペインとポルトガルで

  2ヵ月暮らしたせいなんだ、、あの頃はまったく英語が通じなかった

 

 

  で、、やっと今日のネタいやテーマになるが、オレはさっき1ケ月ぶりに

  電動バイクで近所のZⅤRレストランでアメリカンブレックファースト

  の朝食、、パンケーキ+ベーコン+玉子+コーヒーを取ったんだが

  そのボリューム、白人のサイズというものが、食い切れなくて、半分

  テークアウトにしてメイドに上げたんだ、、メイドは久しぶりにパン

  ケーキやベーコンと言う、普段自分では買えないエサいや食物に、

  ありついて、嬉しいんだ、、でフィリピンに着いて、、当たり前だが、

  いきなり英語、オレの場合はタガログ語だが、、それを話さないと

  ボッタクリ、いやカネを高く取られるんだ、だからオレは世界中の女を

  現地人価格でヤル、いや愛する為に必死で現地語をヤッタんだ、それが

  今、ジジイになってからも

  とっても役に立ってる💛んよ 

 

  やはり人生は打ち込み、いや修業なんだ、、とはいえ一カ月間滞在

  した今の日本はもうオレの時代はじゃパゆき、いやフィリピン人が

  あんなにいたのに、今日本で風俗ヤッていんのは日本人、大久保

  ガールなんだ、日本に来るフィリピン人は日本に稼ぎに来るので

  はなく、観光旅行、フィリピンより安い寿司が食いたくて来るんだ

  オレはフィリピン人より、もっと旨いすしが食いたいから、新潟へ

  行くんだ

 

 

             # これから夜の本番が待ってっかんな

 

    

                       ナナ

 

  

 

 

 

  

生そば

 

 

  今日これからオレは、成田空港からフィリピンへ、LCCの、

  セブ航空で戻るんだ、1カ月ぶりに若いオンナの肌を抱く

  んだ 

 

 

  昔、バックパッカー時代の、オレに誰かが言った、、、

  <旅とは捨て去ること>という言葉をオレは、今も

  思い出す、、その言葉を何の本で読んだ、あるいは

  旅先のゲストハウスで、誰か旅の先輩が言った言葉

  なのかは思いだせない、、しかしどこで誰が言った

  言葉かは忘れたが<旅とは自分を捨て去る事>と

  いう言葉だけは今も記憶に残る、つまり忘れられない

  では自分が旅をして、、その事で自分の何を捨て去る

  事になったのか、、確かにその言葉はカッコイイんだ

  がオレのIQいや知能指数ではよく分からない、なぜ

  なら我が35年続けた旅とは、旅をして、そこで何か

  新たな経験をして、新しいモノを見て、新しい打ち

  込み、いや体験をする、と言った自分の経験とカネ

  を積み増してきた旅だった、それを具体的に言えば

  世界で抱いたオンナの数であり 華僑に教わった

  カネ儲け、 いや投資でカネを稼いだ事だったんだ、

  今オレのカネは、6億になった

 

  つまりオレの旅は終わったが、オンナの数と稼いだ

  カネは、今も勝手に増え続けているんだ、、しかし

  それを今年からオレは止めようと思う、つまり投資で

  得た資金を、自分の個人口座に積み増してゆくという

  30年続けたヤリ方をもう止めるんだ、これ以上は

  個人資産は増やさなくたってイイ、、今持っている

  6億で十分だ、新しくリターンを目指す再投資は

  止めて今の債権をリニューするだけでイイ、6億を

  守ることだけをオレはやりたいと思う、なぜなら

  今後、残された時間をオレはオンナと友人にカネを

  使いたい、、、だって片倉や三辺やキンテツは、日本の

  物価が上がって今は貧困層なんだ、オレは他人の事は

  ど~でもイイが、かつて一緒にスワイパーで打ち込ん

  だ仲間だけは、救ってヤリ多いんだ、クソは御免だが

  しかしこの6億と言う数字であるが、、何か中途半端な

  気がしないか?、、でもこれがオレなんだ 2流いや

  3流の人生の証明なんだ、6億と言う数字 今じゃ

  6億円なんかアメリカじゃ富裕層じゃないんだ、米国の

  銀行が客を富裕層の扱い→プライベートバンクの顧客に

  なれるのは10ミリオンダラー=15億が必要なんだ、

  しかしオレはアメリカ人ではなく、もうフィリピン人

  なんだ、ここフィリピンじゃ金持ちの条件が日本円で1

  億もあれば十分だ、だから銀行はオレの預金を他へ、

  取られたくなくて親切にしてくれる、、じゃあオレの

  ように6億でなく1億のカネで オレみたくオンナを

  毎日抱いて、1カ月50万の生活ができるかと言うと、

  それはそれは無理なんだ だからパラワンのMさんは

  しょっちゅう日本へ行って、オフ会をヤッて信徒を

  集めて寄付金を募るんだ

 

 

          # ど~してオレはパラワンを批判する?

              それは、彼が痩せてハンサムで、、、、

              <一生オンナに不自由したことがない>

              からだ、オレはオンナにカネがかかった

 

 

                    ナナ 

 

  

  

 

 

 

秩父で思う

 

 

  長かった、一か月の日本の旅、フィリピンの暑い夏

  <4~5月>を逃れて来たオレが思う、今、最終

  寄港地、、埼玉県の秩父で思う旅のレポート

  

 

  それは、もう日本に飽きた、早くオンナたちの待つ

  フィリピンに帰りたい、、と言う事なんだ、つまり

  今のオレ、老人になったオレは孤独なんだ、もう

  昔のようにキューバや中国で、平気で半年も1年も

  バックパッカーヤッて、根無し草がヤレるほど気力

  体力がなくなったんだ、、この1ヶ月間、かつての

  自分がヤれた、若い自分が持て余した好奇心という

  もので<世界のなんでも見てやろう>がヤレたわけ

  ではない ただ地方のローカル線に乗って、片倉と

  三辺と会った新潟から始まって、磐越西線で会津若松

  へ、そこから故郷の郡山経由で福島へ、餃子会館の

  正油ラーメンを食って、米沢へ、すき焼きを食って

  次は宮城県の角田市へ、あそこの<まるまつ>で、

  白魚フライを食って仙台へ駅前の居酒屋<丸正>で

  隣り合わせたサラリーマン二人連れと雑談ができた

  その後、故郷の郡山へ戻って甥っ子の郁也と会って

  新白河へ、さらに慣れない路線バスを見つけて、

  西那須野から大田原の大田原ヒルズで連休の混雑を

  避けた5日間を過ごしたんだ、そして再び、三辺が

  東京から、安いレンタカーを借りて大田原のオレを

  迎えに来てくれて、5月6日に車でまた米沢へ行った

  しかし今回は前回の牛鍋でなく米沢牛ミニステーキ

  ランチにしたんだ、、そして一昨日、平家落人伝説の

  湯西川温泉に着いて、昨日オレはとうとう関東地方の

  最西の秩父までやってきた、、なぜこんなに秩父がイイ

  のか?、それは大田原ヒルズと同じで、オレのフェラ

  いやフェバリットなホテル、郊外のゴルフ場に隣接した

  秩父ユニオンベールがあるからだ、ここは5年前コロナで

  フィリピンへ居られなくなったオレが、失意の1年半を、

  日本で暮らした時に、楽天トラベルでみつけたホテルだ

  とにかく設備がリッチで豪華、、あのジュライの10倍

  上なんだ、このホテルに泊まると、ジュライに居た頃の

  自分が、こんな豪華な宿に泊まれるように出世したと

  バカな優越感に浸るんだ、しかしコロナの頃は、客が

  来なくて、オレは安いレンタカーで、ここへきて1泊

  4900円で泊まれたんだ、それが今は8000円に

  上がった、、しかし円安になったから4900円と時

  とオレが払うドルはあまり変わらないんだ と言う

  のがオレのこの2026年春の日本の旅でフィリピン

  の暑さから逃げてきた旅の総括なんだ

 

  しかしそんな外出し、いや外面的なことでなく、今

  オレが長かった日本の旅を終えて思う妄想いや貝層を

  聞いてほしい、、、それはこの1ヶ月間、特に故郷の

  福島の周辺をローカル列車で回る旅をしている時の

  自分は、美しい会津の阿賀野川や中通りの阿武隈川

  を見て、また周囲で出会う人々が、、今の日本の有名

  観光地の、、外国人に占領された風景でなく 昔の、

  のんびりした日本の風景を見ると、オレが自分が昔

  まだ海外で打ち込みを知らなかった頃の青年に戻った

  気がするんだ、、すると、あの頃の自分が、そのまま

  貝外の打ち込みを知らず、福島の娘と結婚し家庭を

  築いていたならば、と今のオレは、そんな錯覚に

  落ちたんだ、するとここ日本にいて、無事70才まで

  生き延びられたオレとは、まったくどこにでもいる、

  単なる老人にすぎないんだ、いや日本で見る、オレの

  同世代の人間は皆、、もう無理をせず今の平和な暮らし

  が、自分が生きている間だけは続いてくれと願って

  生きているんだ、それが何とか 不幸に合わずに生き

  延びられた彼等勝ち組の姿なんだ、なぜなら彼らの陰に

  じつはもっと多数のミジメな老後を送る負け組が半数

  以上がいるんだ、、例えばエアコンはあってもその電気

  代が払えない、、自分の娘がシングルマザーで、子供に

  3食を食べさせてヤレない、子ども食堂に通わせる、

  そんな、、オレがローカル線の旅をしてるだけでは

  見えないものを、マスコミは絶対報道しないが、、

  UTUBEは見せてくれるんだ、オレの時代にはまったく

  ありえなかった、、プアな日本人の姿が存在するんだ

 

  で他人のことは別にして、このローカルな日本の旅を

  続けた今のオレを、自分で見て思う事は<オレは日本

  に居たら、ただの小金を持った淋しい老人なんだ>と

  言う事に気ずいたんだ なぜならオレがこのまま、

  フィリピンに帰らなければ、自分が故郷の福島にいる

  たとえ小金があって平和に暮らせても、ただそれだけの

  人生になってしまう、それにオレは耐えきれないんだ

  こんなに長い間、貝外で打ち込んできていながら、まだ

  それを止めたくないんだ、、これが執念と言わず何なの

  かと思う、、しかしこの年をとっても’ンナに打ち込む

  情熱の強さと言うものがあったから、オレはオンナを

  喜ばせるため、、もし自分が福島に居たら、ショボい

  古女房 ババアになった女と子供の為に自分の稼いだ

  カネを使わねばならなかったんだ、いやそんな動機の

  為には、オレはカネ儲けなんかできなかった、きっと

  今の日本の普通の老人になったんだ、しかしオレは

  世界中の、ケバいオンナのおかげで、まるでホストに

  貢ぎたいオンナが、新大久保ガールが、年に2000

  万を稼いだ、オーバーザトップ→自分の限界を超える

  ことが出来たんだ、オレはホストの代わりに、世界の

  オンナにハマって、その生活を続ける為、必死で稼いだ

  んだ、、そして35年後の、今の日本人を見て自分の

  時代、かつて日本を捨てた時代は あんなにリッチ

  だった日本人が、もうこんなにプアな国、タイ人が

  <東京の方が安い>などと喜ぶ国に堕落してしまった

  のを見て<やはりオレは、日本がカネ持ちだった時代

  にカネを持って、安かったバンコクへ脱出し、そこで

  ジュライの1発100バーツの女にタイ語を教わって

  ついでに華僑にカネ儲けの手法も教わったんだ、それが

  できたのは自分がスケベだったからだ、福島に居て

  世界のオンナを知らなくては今の金持ちになった自分は

  いないんだ、、、といつもの自己満足自慢で終われない

  なぜならオレじゃない多くのオヤジ、老人が日本人の

  女房と別れた後でフィリピンに来て、何十才も年下の

  ピーナの若い体を抱いて 幸せな老後を送ってるんだ

  しかしそれをヤレルのは半分、いや10年以上続けら

  れるのは1割以下であろう、オンナがカネを持ち逃げ

  するか、自分が年取って終わるか、まあ一時的である

  ならば、オレみたく貝楽に浸れるが、今の日本の年金

  だけではまったく無理だ、だからパラワンのMさんは

  年に何度も定期的に日本に行って、オフ会を開いて、

  <寄付金集め>をヤルんだ、、まあ彼も池田大作と、

  同じく<教祖>なんだ、彼の言う事を信じられる人間

  は、池田大作を信じられる人間と同じく幸せなんだ

 

 

 

             # バカのほうが’幸せだ

 

 

 

                   ナナ    

 

 

 

     

  

 

 

 

日光

 

 

  今日のテーマ<平家伝説の残る里>ということで有名な

  栃木県湯西川温泉にオレは来たんだ、

 

 

  昨日オレは朝 福島市のホテル板倉を出発して、そこから

  郡山まで、国道4号線をナンパいや南下して、そこで姉宅

  に寄ってそこで彼女にこずかいを10万渡して、それから

  東山霊園で両親の墓参をしたんだ、今は亡き乳いや父に、

  < 父さん、あのバブルの時、オレに2億を残してくれて

  ありがとう、おかげでオンナに捧げる人生を送ることが

  できました>と父の遺産いや愛に感謝するんだ、そんな

  オレを見て姉は<ナナは偉いわね~毎年日本に来る度に

  必ず、こうして両親の墓参りを欠かさない立派なムスコ

  いや息子だわ、>と感心するのだ

 

  で東山霊園を後にしたオレは、、そこから新白河まで、

  さらに国道4号線をナンパいや南下をして、そこで白河

  ラーメンの昼食を取ってコンドームいや今度は国道4号

  線を国道289号に左折して会津下郷町まで峠を越えた

  んだ、、この白河から、会津下郷町へ行く道は、つい

  15年前までは車は走行できなかった、、それほどの

  難所がトンネルの打ち込み、いや切削技術の発展と

  日本の公共事業予算というものが、国民のカネが、

  いかに土木業者と政治家に流されるかという、そんな

  消費税減税にカネ使った方が、国民は喜ぶと知って

  いながら連中はそれをしないんだ、公共業にカネを使う

  んだ、しかし数千人の下郷町の住民とオレは、この道が

  好きなんで、かつて青春時代に、この道が通れなくて

  南会津へ行くのに昔は、わざわざ鬼怒川まで遠回りを

  した山を、今は巨大なトンネルのおかげで、たった

  40分で南会津へ行けるんだ、

 

  で、この湯西川温泉なんだが、、コンドームいや今回、

  郡山から来たオレや姉にとっては、あまり身近な温泉では

  ないんだ、なぜなら福島県というのは温泉天国で、栃木県

  まで行って山々を分け入ったこんな山奥まで来なくとも、

  オレの時代は福島市の飯坂温泉、、郡山市郊外の磐梯熱海

  温泉、会津若松の東山温泉など、いくらでももっとデカい

  温泉地があって昔は賑わったんだ、それが日本のバブルが

  崩壊し、オレのようなクソはカネ持ってバンコクやマニラ

  に逃げたせいで、、日本の温泉は廃れたんだ、その代表が、

  今オレのいる近くの鬼怒川温泉だ

 

  でここ湯西川温泉は、規模は鬼怒川の10分の一以下の

  小規模温泉地なんだが、今まで何度も<平家伝説殺人事件>

  なんかの、バブル時代のTVドラマで紹介されて、浅見光彦

  なんかのハンサムな探偵が、大抵は東京から、愛人として

  金持ちに連れられてやってきた、ケバい、東京のオンナの

  死体が発見されて、、そこで浅見光彦が登場する、、という

  平家伝説、源義経の時代に源氏に追われた平家の落人が、

  この動物以外は入れなかった深山幽谷を超えて、ここまで

  逃れてきたという伝説の里、、湯西川

 

  とまあ、こんなのが、オレが知る、この湯西川温泉の

  由来なんだが、、オレもまた、フィリピンのオンナから

  逃れてここまでヤッテ来た、と思うと人生は楽しいんだ

  が、、本当は、もう一か月も続いた、暑いフィリピンを

  避けて日本へヤッテ来た避妊いや<避暑の旅>が、もう

  長すぎてもう飽きてきてんだ、、あのオレの時代、昔の

  オレはスワイパーのあるプノンペンに、半年間居ても

  飽きなかったのにな

 

 

         # 本当はもうフィリピンに帰りたいんだ

             ソフィーの肌に触れたいんだ

 

 

 

                  ナナ

 

  

  

 

  

  

  

 

 

 

 

高校生無頼控

 

 

  上の絵は50年前の映画、<高校生無頼控>の大門正明と

  ひし美ゆり子だ

 

  オレは今 福島駅の近くの、、、ほぼ定宿となった

  <ホテル板倉>にいる 昨日の自分が、いかに有効

  に一日の時間と言うものを使えたか、、というオレ

  以外は、誰も考えないヒマ話をする

 

 

  オレは昨日の朝、、栃木県の大田原を出て、三辺の

  運転するボロいや激安の軽レンタカーで福島県の

  白河市へ入り、、昔 松平定信公が造営した日本で

  最古の公園、といわれる南湖公園河畔、いや池の

  畔で<花月>の名物の団子、そしてお茶の休憩を

  とったんだ、、そ~いえば昔オレが福島で暮らした

  時代はモーテル→ラブホテルの入り口に<ご休憩

  3000円>と書いてあった、あの場所でアベック

  が二人で<ご休憩>というものをヤッタんだが、、

  それが昨日のオレのように<お茶と団子>を食った

  とは思えない、、オレだって昔、何度かは郡山の

  女子大生と、彼女の学校の帰りに、、、<疲れた?

  少し休もうか?>などと誘って あそこで休憩を

  したんだ、、しかしご休憩をヤッテ、疲れを取る

  つもりが、かえって疲労が増すというのは、なぜ

  なんだ

 

  で 南湖のご休憩の後、オレたちは連休最後の一日を

  白河から会津を超えて、山形県の米沢までの4時間の

  ドライブをヤッタんだ、、とは言っても、70才で、

  日本の免許を返納したオレに運転はできない、いや

  まだ運転の技術はあるがポリスに見つかると3日後

  フィリピンに帰れなくなるんだ、そ~するとオレの

  カネを待っているソフィーに打ち込めなくなるんだ

  だからオレは彼女に打ち込みが出来なくなるのがイヤ

  なので運転は全部、三辺に任せたんだ

  

  というワケで白河から奥羽山脈を超えて会津下郷へ

  入って、さらに北上し米沢に着いたのはpm1時半に

  なっていた、オレたちは急いで街の中心にある店、

  <ミートピア>で米沢まではるばる食いにきた牛肉に

  ありついたんだ、、三辺は<牛鍋セット、2980円>

  オレは<米沢牛、ミニステーキセット、3500円>

  いや~ あんな柔らかい牛肉のステーキが食えたのは

  生まれて初めてだ、、、長年オンナの乳を吸いすぎて、

  そのミルクのせいで歯が抜けてしまって、今は哀れ

  入れ歯を使用しているオレに、貝外の固い牛肉は

  食えないんだ、、ところが米沢のは、簡単に箸で、

  チギれるほど柔らかいんだ、諸君も、カネ持ちを

  目指そう、、そ~すれば昨日のオレみたく柔らかい

  ステーキの肉が食える

 

  そして満腹になったオレは、、米沢から、タダの、、

  高速道路、、国が高速道路を作ったが、もう開通して

  3年以上も経つのに、未だに、<開通記念、無料

  通行期間>と言うのをでヤッテいて、オレはタダ

  乗りで福島まで行けたんだ、、と思ったら無料の

  通行区間から有料区間に入る出口を、ワザと分かり

  難くしておくという、高速道路のSCAMなやり方

  のワナに、ハマってしまいオレは飯坂インターまで

  有料期間を走らされて、結果、想定外の出費250

  円を払ったんだ、こ~いうのをムダ金と言う

 

  しかしイイこともあった、予定のコースを外出し

  いや外れたせいで、途中カワチ薬局とヨーカドー

  とダイソーのあるモールが見つかって、オレは

  3日後、フィリピンのオンナたちに持って帰る

  お土産、、kitkatや日清のシーフードヌードルが

  買えたんだ、これでまたオンナのサービスが良く

  なるんだ、、

 

  とここで話が終わればハッピーエンドなんだが

  そ~は行かなかったんだ、、最後に、夜、期待

  していた福島駅前の<餃子会館>のラーメン

  あの悪魔的なスープの味が<本日定休日>の

  非情な張り紙があって、、オレは食えなかった

  んだ、、、今回歯が痛くて、ドライブに参加できな

  かったキンテツ、彼もこの<餃子会館>のラーメンに

  ハマってんだが、、彼が来れなかったその日に限って

  餃子会館が休みで、悪魔のラーメンが食えない、と

  いうことを彼は予想したんだ、やはり常人には、

  できない動物のカンと言ってイイ

 

 

          # オレとキンテツは動物なんだ

 

 

 

                  ナナ

 

 

 

 

 

米沢への道

 

 

   昔、トニーベネットという歌手が歌った<I left my 

   heart  in  san francisco >という曲がオレは好きだ

 

   この曲は日本で流行った時、今から60年も前に

   発売された曲名は<思い出のサンフランシスコ>

   と言う、、で、オレが好きなのは、この歌のしんみり

   と心に響くメロデイよりも、曲名、それも日本語の

   <思い出のサンフランシスコ>の方ではなく英語の

   歌詞なんだ、それにしても今、UTUBEで聞いている

   ジュリーロンドンのコンドームいやカバーの凄さは

   何なんだ、、、この女の歌唱力とは何なのだ、しかも

   絶品の美人だ、オレはエデイットピアフより日本の

   美空ひばりより、こっちの方が上 いや好きなんだ

   で <I left my heart in san francisco >の英語

   なんだがGOOGLEでは<サンフランシスコに置いて

   来た心>などと無味乾燥なことを言う、しかし実際

   この歌を聴けば、、そんな英語の意味なんかとは違う

   サンフランシスコを去る男が、自分のこの町で

   過ごした過去、この町に残してきた様々な貝想いや

   記憶と言うものがリフレインされる、という内容を

   含んでいる、、とそこまでオレの英語力は正確では

   ないが、この曲を聞いた事がある昔の世代は、、、

   例えオレよりも英語は慣れてなくとも、この曲が

   いかに過去の思い出というものを、強く心に刻む

   歌なのかについては、英語というものを知らなく

   とも分かるのだ

 

   で、サンフランシスコとは、まったく関係ないが

   今日これから5日間滞在した、大田原を去るオレ

   には、この歌のようなサンフランシスコで過去に

   打ち込みいや愛した女の面影、などと言うものは

   ない、、あるのはただ、フィリピンの暑さを逃れて

   来た避暑の旅、1カ月の旅の最後に立ち寄った

   大田原の街で、、オレはたった一人で自分の内面と

   向き合う貝想いや空想に浸ることができた、つまり

   オレは外形的な旅を捨てて、この大田原で 過去の

   自分、そして今後の残された時間、空間を、どう

   自分は生きるのか?という妄想に浸ったのだ、、

   これをキンテツは哲学と言う

 

 

   と言うとロマンチックに聞こえるが、残念だがオレが

   ロマンチックな青春を送った昭和はもう30年以上の

   記憶の彼方だ、これをオレの言葉でパイレーオという

   んだ、しかしあの若かった時代に打ち込んだ、数々の

   オンナの記憶だけは今もオレの亀頭に残る、最初に

   紹介したトニーベネットの歌と同じなんだ

 

   というワケで、昭和が終わって平成になってから知った

   あのプノンペンの狂騒いや享楽のスワイパーの記憶が

   強烈なんだ、何しろあそこでオレは今も付き合っている

   仲間を得たんだ、、やはり穴兄弟、いや同じ穴を掘った

   兄弟というのは絆が強いの~と思ったが、それはオレが

   ロマンチスト過ぎると反省する、なぜなら今も付き合い

   が残る片倉、キンテツ、三辺、房田の他は、もう顔もよく

   覚えてない連中ばかりだ、あのキャピトルで浮世話をして

   盛り上がった連中は、もう何人かのジュライの長老は

   鬼籍に入っている

 

   というわけで、大田原を去る自分が思うコンドームいや

   これからの未来に思う事は、<もう、今までのような

   イイ時代は来ない>ということなんだ、なぜならオレの

   愛した打ち込みというものが、もう日本の若者たちは、

   経済的困難から現実のオンナを避けるんだ、オレの時代の

   ように、物価の高い日本を捨てて 安い海外のオンナへ

   逃避はできないんだ、なぜなら日本がプアになったから

   もうバンコクのオンナは、大久保不ガールより高いんだ

   いやそんなカネだけの話じゃなく若者の意識と言うもの

   それが現実のオンナなんかどうでもよくて、AV女優に

   始まる2次元SEXのほうが、現実のオンナはカネがかかる

   自分がオンナにモテない、付き合えば裏切られるという

   不幸を避けると言う意味でラクなんだ、何しろXVIDEOは

   タダだかんな オレの時代の3ドルより安いんだ

 

   という打ち込みネタだけでなく、、オレは自分が生きている

   間それも1~2年の間に、世界のいやドルの崩壊が起きる

   と思っている、あまりにも多くの紙幣を刷りすぎたんだ

   だからジュライやスワイパーの頃のように1発3ドルじゃ

   ヤレなくなったんだ、オレもフィリピンに帰ったら、、

   ソフィーの他、5人のオンナたちへの給付額を、一晩

   2200ペソから2500ペソへ上げてやろうと思って

   るんだ、、こっちの方がピーナは、もうすぐオレが、、

   持ち帰るKITKATより何倍も嬉しいんだ

 

 

 

          # 本当はJAZZの後は経済の話をしたくとも

              どうしてもピーナへ話が行ってしまって

 

 

 

                   ナナ 

 

 

ソフィー

 

 

  オレの人生、、、今まで自分がヤッたカネというものに

  後悔はしていない、いや自分の学歴というものに較べて

  オレはよくヤッタと思う しかしオンナは別だ、いや

  オレだけじゃなく、今の片倉もキンテツも<ああ、あの

  オンナが安かった時代にスワイパーでもっと打ち込んで

  おけば、>と思うだろう、つまり人生とは後背位いや

  後悔の連続なんだ 

 

  で過去の打ち込みはともかく、今のオレが、70才を

  超えて、もはや完全にフィリピンの老後を送るオレが

  今も後悔をしているのが、上のソフィーなんだ、つまり

  オレは彼女と出会うのが遅すぎたんだ、なぜなら過去に

  打ち込みすぎたオンナに、オレが生涯で、打てる貝数の

  ほとんどが打ち込みすぎてしまい、もはや今のオレには

  彼女に打ち込める貝数がないんだ、、、まあたまに出る

  こともあるが、それはカスだ、、、というオレの人生の

  不条理に思う後悔に比べ、。、彼女はどうかというと?

  それが案外ケロっとしてて平気なんだ、つまり彼女は

  オレにしつこい愛撫や激しい打ち込みなんか期待して

  ないんだ、、もしそっちがしたければ、いくらでも若い

  ピーノが打ち込んでくれるんだ、、じゃあ彼女は、何を

  オレに求める?、、期待してんのか?、、それは彼女の

  口いや言葉を借りれば<マハールキタ、→愛>という

  事なんだが、フィリピン語の<愛>とは、それはカネ

  なんだ、、つまり激しい打ち込みなんかは、他の若い

  ピーノにヤッてもらって、オレには愛→カネを求める

  んだ、、、、こんな事、今さらオレが言うべきことじゃ

  ないのかも、、すでにパラワンのMさんのU,TUBEじゃ

  毎日、語られる定番メニューなんだ

 

  というワケで、オレはもうすぐ帰るフィリピンで、、

  お土産に買って帰った彼女の大好きなKITKATや

  100円ショップの化粧品と共に、もちろんこの

  一か月、打ち込んでヤレなかった、彼女に愛の、

  打ち込みをしたいんだが、もうオレにはスワイパー

  時代の勃起パワーはない、、だからオレは、<もう

  5年早く、彼女の知り合っていれば?>と先日、、

  郡山の浜すしで甥っ子の郁也に言うと<伯父さん

  その頃はまだ彼女は未成年でしょ?ヤバいんじゃ

  ない>と言うんだ、そりゃそうだ14才の彼女を

  家に入れたら、すぐ近所の親切な人が警察に通報

  する国だ、、

 

  つまりオレとソフィーとは、どうヤッテも今しか

  知り合うチャンスはなかった、これは運命なんだ

  スワイパー時代、彼女はまだ生まれてもなかった

  これは結果論だが、いくらオレが望んでも昔の

  ような打ち込みはできないのなら、それは彼女が

  望むカタチでもあるんだ、、、つまりジジイに

  しつこくイジられたくない、 、よ~するにカネ

  だけ貰って、打ち込みはあっさり味の方が彼女は

  喜ぶんだ、、しかしオレはパワフルな打ち込みは

  もうできないが、、ソフィーのケバい絵を描いて、、

  FACEBOOKで彼女に送信するという特技がある、

  かつてピカソが、恋人を怪獣みたく描いて、、

  女たちに愛された事実を、オレは忘れないんだ

 

 

         # これって今流行のセックスレス

             夫婦と同じ?

 

 

 

                  ナナ

 

 

  

  

  

  

  

  

 

 

 

哲学的なフェ〇

 

 

  オレの大田原滞在も今日で4日目となった、明日は

  東京から三辺とキンテツが合流し、明後日、ここを

  出て三辺の借りた、軽自動車の激安レンタカーで、

  会津へ、そして米沢で牛鍋を食うんだ、ところが

  木畜からのメールで、今 キンテツは体の調子が

  良くないという、心配だ、、オレが彼の体調を心配

  するなんて初めての事だ、でも明日は大事な話が

  あるんだ、ぜひ来てくれ、そしたらきっとイイ事

  が待ってる

 

  と言う、これからフィリピンへ帰るまでの予定は

  さておき、今日のオレが今、雨の降る大田原で思う

  それは<大田原はイイなあ、なぜなら自分がたった

  一人ぼっちになれる事で、普段フィリピンにいたら

  毎日 ソフィーなどにヤラせて貰う為に気を使う、、、

  まあこれがオレのフィリピンの日常、オンナ中心の

  ライフなんだ、でもそ~やってオレは老人の孤独と

  いうモノから逃れているんだ、日本の老人は淋しい

  若い肌が抱けないんだ、でも最近は大久保ガールが

  居るが彼女たちは70のオレを相手にするだろうか

  というワケでオレにとってピーナの存在は、まさに

  老人になってしまったオレのヤリがい、いや生きがい

  なんだ

 

  しかし、ここ大田原の5日間の、三辺とキンテツを

  待つ日々と言うのは、、オレが自分を普段見つめる

  事を忘れてしまった、自己の内面を思う時間という

  モノを、古い街並みの大田原はオレに与えてくれる

  ような気がする、、例えば今、想う事は、、自分が

  バックパッカー時代に知り合った、一人の日本人

  女性の話なんだが、、彼女はいつものオレの寝た

  オンナの一人、ジュライガールではなくて旅の

  途中で、ベトナムのフエで泊まったゲストハウス

  オーナーのベトナム人男性とイイ仲いや恋に堕ちて

  そのまま旅を止めて、その男性の子供を妊娠、そして

  国際結婚かは知らんが今そのゲストハウスの女主人

  として周囲からは、ベトナム語で奥さんと呼ばれて

  いた

 

  当時のオレは、まだ今ほど英語のボキャが少なくて

  雑談で、ゲストハウスに泊まった京都大学の連中と

  英語の話をしてたんだが、、その際オレが<TVの

  コマーシャルは英語で通じるよな?>と言ったら

  彼女が、<ナナさんの言ってる意味って、日本で

  よく言うアド広告→ADVERTISINGの事じゃない

  かしら>とやんわり、オレの無知を正してくれた

  と言って、彼女はけっして牛乳瓶の底みたいな、

  メガネをかけた、ガリ便タイプじゃなく あの

  当時はいた、、インドシナでバックパッカーを

  続けるインテリだがチャーミングな女性だった

  顔形は、化粧の上手い。今のAV女優の方が上

  だが

 

  その時オレは思った< 自分はさも世界中の

  オンナに打ち込みまくったプレイボーイ気取り>

  でいるが、、この女性の旅、、旅先で愛する男、

  しかも外国人の男と、言葉もろくに通じない

  土地で<ベトナム語だけはオレの方が上>、、

  そこで男と打ち込みいや種を宿して子供を産む

  それって、自分の子供はベトナム人になるって

  事だろ、、もちろんスワイパーに狂ったオレの

  仲間がオンナを身請けして、という例は幾つも

  あったが、それと彼女とは男と女の違いだけ

  じゃなく、もっとデカい違いがあったとオレ

  は思う、第一彼女はスワイパーなんかでオレ

  や片倉に打ち込まれたりはしていない、この

  テーマは、いったい日本人に打ち込まれる

  ベトナムの女とベトナム人に打ち込まれる

  日本人のオンナではどっちが楽しいか?、

  などと言う形而上の哲学を超えている、、、

 

  オレが言いたいのは日本人に身請けされて

  国際結婚をして今日本で暮らす元スワイパー

  オンナも、彼女みたく旅先で、宿のオーナーの

  子供を宿してベトナムで子供を産んだ日本人の

  女も共に言えることは、、オレのようにバブル

  時代に親から貰った遺産2億で、、華僑にカネ

  儲けの投資を教わって、その配当が出るまで

  ズ~~と、毎日遊んで生きた男とくらべて、

  何と重い、、いや真実の実のある人生を生きて

  いるか?と思ったことだ、いやオレに限らず

  男と言うものは全員が、じつは大地に根を

  張り切れていない、、秀吉がイイ例だが、今

  でも秀頼は彼の子供ではないと言われている

  次の跡取りが欲しい淀君が、家臣の大野治長

  に打ち込ませてデキた子供と言われている、

  つまり自分の子供と思っているのは秀吉だけ

  

  キミは、病院の看護婦いや看護師から<この

  ベイビーがあなたのの赤ん坊です、💛>と

  言われて、100%信じられるのか?周りに

  いる同じ顔した赤ん坊の一人が、自分が打ち

  込んで出来た子供と信じられるのか?、オレは

  信じられないんだ、、だからソフィーに打ち込む

  んだ

 

 

        # ど~して今日のネタが、最後は

             ソフィーの 打ち込みになるのか

 

 

 

                 ナナ

 

  

  

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   大田原に落ち着いて三日が過ぎた、、コンドーム、

   いや今回フィリピンから日本への<避暑の旅>は

   後5日を残すのみとなった そこで今、旅の終わり

   にやっと移動を止めて気分が落ち着いた今、大田原

   の古い街並みの屋根を窓外に眺めながら、、、ふと

   思いついた、いや思った事を述べてみたい

 

 

   それが没後3年になった<石原慎太郎とは、、彼とは

   オレにとって何だったのか?>そんなオレの人物評と

   言うものを聞いてくれ でタイレーオになってから

   3年が経った石原慎太郎とはどんな人物だったのか

   どんな仕事を残したのかは、今さらオレが言うまで

   もない、、、すでに多くのマスコミやネット内でも

   言い尽くされてきた、しかしそんな他人の感想では

   なく、オレが今、彼が残したものとは何だったのか?

   それが彼が死んで今になっても、何かが割り切れない

   んだ、、もちろん都知事としての彼の実績は、誰もが

   絶賛する それに異論はないのだが、、、、、そもそも

   オレが、ほぼ同時代を生きた彼が自分に、特に青年

   時代から、後半旅をガンガンやった貝外生活において

   も、バンコクの古書店で買った、数カ月遅れの月刊

   文藝春秋で読んだ彼の対談、エッセイ、または日本

   への提言という言論には、深く感動したんだ、例え

   普段はジュライやスワイパーのオンナに打ち込んで

   腑抜けになってもオンナに煩悩を抜いて貰った後の

   ほうがオレの頭には、彼の意見がいかに正論であった

   のか、あの左翼全盛の時代において、たった一人でも

   朝まで生テレビで、それに異を唱えた彼の勇気と言う

   ものをオレは尊敬する

 

   というわけでオレは彼が昔から唱えてきた<日本の

   将来はどうあるべきか?については、まったく絶賛

   なんだが、、今日の後半は、彼の思想、思考ではなく

   彼とはいったい何者であったのか?について考察して

   みたい、、と言えば、多くの読者、といってもいつも

   見てくれるのは4人だけだが、、彼らはきっとこう

   言うであろう それは<今さら石原慎太郎が何者

   だったのか?なんてナンセンス、、作家、政治家、

   都知事、それで充分>と言うだろう、しかしオレは

   あえて言いたい、、今 オレが思う事は、都知事の

   彼は申し分ないが作家、、自民党の政治家、そして

   やがて自民党をパイレーオした後で立ち上げた、

   <立ち上がれ日本>などの新党運動はどうだった

   のか?、、、これについては当時、橋下徹を日本の

   次期リーダーへ、と推薦したり、、#それはやがて

   撤回、、稲葉朋美も同じだ、つまり彼が自分の後釜

   にと期待した人物は皆クソだった

 

 

   で作家論だが、、オレが生まれて初めて読んだ小説

   それまでの、、、グリム童話のようなものを除けば、

   15才の時、姉が通った京都の短大の同級生の四国

   高知の令嬢宅を訪ねて行った旅で、姉の親友の彼女

   がオレが高知を去る際に、高知駅で汽車の窓越しに

   <ナナちゃん、よかったらこれを読んでね、>と

   くれた本が石原慎太郎の小説<青春とはなんだ>

   だった、あの頃、まだ15才のオレは石原慎太郎

   の本よりも彼女、姉の親友に、自分の童貞を卒業

   させて貰いたかったんだが、それを言い出す勇気

   が当時の自分にはなかった、今なら平気なのにな

 

   というワケで、じつはオレが生まれて初めて読んだ

   小説が石原慎太郎だったんだ、、ところがその作家

   石原慎太郎が作家とし一流だったのか?と言えば

   彼の親友だった三島由紀夫には負ける、、いやその後

   オレが童貞を卒業してから読んだ司馬遼太郎や松本清張

   の方が作家としちゃ上だ、なぜなら’石原慎太郎はその後

   自民党に入って、政治家人生を歩むことになったからだ

   もちろん小説は書いていたが、パワーは落ちた、いや

   ヒマがなくなった、、というわけで申し訳ないが、彼の

   小説家としての人生は二流で終わったと思う、じゃあ

   その後、日本の将来のことを憂いて入党した自民党で

   彼の政治家人生はど~だったのか?と言えば、結果は

   残念だか彼は総理大臣にはなれなかった、、自民党の

   政治家と言うのは今の高市早苗がそうだったように

   総理になる前に自分がいくら正しい事を言ったって

   無駄なんだ、野党と同じなんだ じゃあ高市早苗が

   総理になる20年前、いや10年前に。彼が総理に

   なっていたら、日本は変わったか?、それは良く

   なったとオレは思う、、しかし現実は彼は総理に

   なれずクソが総理を続ける時代になったんだ、その

   結果が今なんだ、ひろゆきが言った<日本人がプア

   になった理由?その責任は、皆さんがマチがった

   政党、政治家を選び続けたせいです>これは名言だ

   つまり今の日本がタイ人にさえバカにされるプアに

   なったのは、石原慎太郎が総理大臣なれず日本人が

   クソを、選び続けた結果なんだ

 

   とはいえ、彼がもし総理になれたとしても、今の

   日本の少子高齢化が止められたとは思えない、、

   やはり本当の理由は、オレが日本を捨てて貝外の

   オンナにばかり、打ち込みを続けたのが、日本の

   運が下がって、タイや、その他の国がリッチに

   なった理由なんだ、カネはオレと同じ場所に移動

   するんだ

 

 

 

          # しかしフィリピンは、いくらオレが

              打ち込んでもダメなんだ、きっと、、

              まだ打ち込みが足りないんだ

 

 

 

 

 

                   ナナ

 

    

   

、