センチメンタルが止まらなくなってしまったので、
文字を綴ろうと思います。
こんばんは、なにわえわみです。
先のことなんてわからないというけれど、
こんなにも予想外に進んでいる現在になってるなんて、ね。
今夜は妙にそわそわして、、、まぁきっと、ピアノが全然弾けなったり、ご飯食べるタイミングをしっぱいしてたり、お仕事ちょっとやりづらかったり、なんて、いくらでも原因はあるのだろうけど、
まぁそれらをすべて、
本当だったら初日だったから、
という理由に、都合よくこじつけてみようと思うんです。
はっきりいって、いま私、
こんな状況下で出来得る限りアクティブである、と思ってます。
ちゃんと朝起きて、動いて、歌って。
なんなら、実はこの期間が終わってしまうことが少しだけ寂しい、なんで気持ちも存在してるくらいです。
いやいや、人間に会いたい。
それは確かに確実にそうなんだけど。
いつも以上に、SNSに依存してる気もするし。
でもそうだな、
例えばアニメを観る、音楽を聴く、なんてのも。
やっぱり、時間があると出来るっていうか、
普段は忙しくしすぎてるのかもしれない。少なくとも、忙しい、、、というか、少しでも暇があれば寝たい、とか、作業しなきゃ、とか思ってた笑
世界には沢山の沼があり、沼の住人たちは幸せそうに手招きをしていることをしる笑 素敵だ。
そぅ、好きなことの話をしている人、が、私だいすきで。とてもエネルギーに満ちてるから。
さておき。
そういうものに触れてると、
日常では無視されていた、
自分の憧れに直面する。
アニメをみてると、、、声優さんになりたい、と思うとは違うんだけど、
過剰なキャラクターを演じたいな。演じたいっていうか、なんだ、、、それもキャラが強いとかじゃなくて、過酷な目に合うか合わせるか、みたいな、、、?
現実の自分と違うことがしたい、とも違うし、、、強い心でいたい、なのかもしれない。
何かを信じる揺るがぬ人は憧れだ。演じていても、とても、辛くて楽しいのだ。
それと別で。映画やドラマをみても、それにでることに憧れは別に生じないんだけど、
大きなライヴ、ミュージカルの映像をみると、
ざわざわする。私はきっと本当はこういうことがしたかったんだ、と、本能が騒めく。
もちろん、これまでも沢山素敵な舞台に立たせていただいている。応援してくださるお客様のお蔭だし、多くの方が自分を信頼してくださること、その幸せとありがたさ。
でも、そう。
本当に本当にやりたかったこと、って。
大きなエンターテイメントがしたい。
そこにいる人たちは、確実な実力者で、
自分は及ばない、ことを、
とてもとても悔しいと感じる。
今の自分はさておき、
私は誰よりも人の心を動かす熱のある歌い手、表現でありたい、と思う。
大きな歌を、世界を、歌いたい気持ち。
精密な世界を紡いでひたる、
小空間だから出来ることもだいすきだ。
でも、そう、大きいモノに、私は憧れてんだ、っていう、思い出し?気付き。
その憧れが、夢で終わることに、
せめて悔しさを覚えている、
あわよくばそうではなくありたいんだ、
という野望の芽生え。
実はこれ、この先の私にとって、大いに価値あるものなのかもしれない、と、、、。
毎日うたっている。多分ちょっとムキになってる節もある。毎日にこだわるよりも質にこだわるべきなのでは?って毎日思うし、いつかそうするかもしれない。
けど、毎日、っていう、時間の締め切りがあることも自分にとって大切で。
声が出せるのは21時まで。たぶん、後どれだけ時間をかけても。所詮、出来上がるものは自分の実力の範疇でしかないのだ。
悔しいから、だから、やめない。みたいな、意地。
ほんの少しだけピアノが弾けるようになったし、
ほんの少しだけ編集ができるようになったし、
ほんの少しだけ音をとるもの早くなったかも。
ほんの少しの積み重ね、しか、成長の手段はないし、
そのほんの少しをだから、
出ない結果の苦しみから逃れるためにやめちゃいたくないの。
あとね、本当に、
反応の一つ一つが嬉しくて恋しいの。
毎日あげてる理由の一番はそれなのかも。
みてほしい、しってほしい、なにか影響をうけてほしい。
それが、自分の実在の実感につながる、からなのか。
それしか、自分の実在を実感する手段がないからなのか。
ちょっと、
自分の熱さと、つまらなさ、
両方を自覚する不思議な時間だ。
健康を害する人がなるたけ少なくあってほしいし、
幸せでいてほしい。
経済的にもだ。生き延びてほしいし、他人事でない、私も生き延びなきゃいけない。
でも、この時間を私は苦行ではなく、
自分の人生を潤す時間だとに認知したいし、たぶん、してる。
わからないけどね。
今えてるものと、ちゃんと公演が出来た時に育ってたもの。比べることも出来ないししないけど。
でもそうだな、
失ったものを比較しようとしてないだけでも、
それは今わたしが、元気だって証拠だ。
どうぞ、どうぞ世界中の貴方とわたしが、
少しでも幸せでありますように。
幸せのかたちなんて、そもそもわからないしね。
決めるのは、自分自身だ。
明日も頑張って幸せに生きようと思います。
わみ。
文字を綴ろうと思います。
こんばんは、なにわえわみです。
先のことなんてわからないというけれど、
こんなにも予想外に進んでいる現在になってるなんて、ね。
今夜は妙にそわそわして、、、まぁきっと、ピアノが全然弾けなったり、ご飯食べるタイミングをしっぱいしてたり、お仕事ちょっとやりづらかったり、なんて、いくらでも原因はあるのだろうけど、
まぁそれらをすべて、
本当だったら初日だったから、
という理由に、都合よくこじつけてみようと思うんです。
はっきりいって、いま私、
こんな状況下で出来得る限りアクティブである、と思ってます。
ちゃんと朝起きて、動いて、歌って。
なんなら、実はこの期間が終わってしまうことが少しだけ寂しい、なんで気持ちも存在してるくらいです。
いやいや、人間に会いたい。
それは確かに確実にそうなんだけど。
いつも以上に、SNSに依存してる気もするし。
でもそうだな、
例えばアニメを観る、音楽を聴く、なんてのも。
やっぱり、時間があると出来るっていうか、
普段は忙しくしすぎてるのかもしれない。少なくとも、忙しい、、、というか、少しでも暇があれば寝たい、とか、作業しなきゃ、とか思ってた笑
世界には沢山の沼があり、沼の住人たちは幸せそうに手招きをしていることをしる笑 素敵だ。
そぅ、好きなことの話をしている人、が、私だいすきで。とてもエネルギーに満ちてるから。
さておき。
そういうものに触れてると、
日常では無視されていた、
自分の憧れに直面する。
アニメをみてると、、、声優さんになりたい、と思うとは違うんだけど、
過剰なキャラクターを演じたいな。演じたいっていうか、なんだ、、、それもキャラが強いとかじゃなくて、過酷な目に合うか合わせるか、みたいな、、、?
現実の自分と違うことがしたい、とも違うし、、、強い心でいたい、なのかもしれない。
何かを信じる揺るがぬ人は憧れだ。演じていても、とても、辛くて楽しいのだ。
それと別で。映画やドラマをみても、それにでることに憧れは別に生じないんだけど、
大きなライヴ、ミュージカルの映像をみると、
ざわざわする。私はきっと本当はこういうことがしたかったんだ、と、本能が騒めく。
もちろん、これまでも沢山素敵な舞台に立たせていただいている。応援してくださるお客様のお蔭だし、多くの方が自分を信頼してくださること、その幸せとありがたさ。
でも、そう。
本当に本当にやりたかったこと、って。
大きなエンターテイメントがしたい。
そこにいる人たちは、確実な実力者で、
自分は及ばない、ことを、
とてもとても悔しいと感じる。
今の自分はさておき、
私は誰よりも人の心を動かす熱のある歌い手、表現でありたい、と思う。
大きな歌を、世界を、歌いたい気持ち。
精密な世界を紡いでひたる、
小空間だから出来ることもだいすきだ。
でも、そう、大きいモノに、私は憧れてんだ、っていう、思い出し?気付き。
その憧れが、夢で終わることに、
せめて悔しさを覚えている、
あわよくばそうではなくありたいんだ、
という野望の芽生え。
実はこれ、この先の私にとって、大いに価値あるものなのかもしれない、と、、、。
毎日うたっている。多分ちょっとムキになってる節もある。毎日にこだわるよりも質にこだわるべきなのでは?って毎日思うし、いつかそうするかもしれない。
けど、毎日、っていう、時間の締め切りがあることも自分にとって大切で。
声が出せるのは21時まで。たぶん、後どれだけ時間をかけても。所詮、出来上がるものは自分の実力の範疇でしかないのだ。
悔しいから、だから、やめない。みたいな、意地。
ほんの少しだけピアノが弾けるようになったし、
ほんの少しだけ編集ができるようになったし、
ほんの少しだけ音をとるもの早くなったかも。
ほんの少しの積み重ね、しか、成長の手段はないし、
そのほんの少しをだから、
出ない結果の苦しみから逃れるためにやめちゃいたくないの。
あとね、本当に、
反応の一つ一つが嬉しくて恋しいの。
毎日あげてる理由の一番はそれなのかも。
みてほしい、しってほしい、なにか影響をうけてほしい。
それが、自分の実在の実感につながる、からなのか。
それしか、自分の実在を実感する手段がないからなのか。
ちょっと、
自分の熱さと、つまらなさ、
両方を自覚する不思議な時間だ。
健康を害する人がなるたけ少なくあってほしいし、
幸せでいてほしい。
経済的にもだ。生き延びてほしいし、他人事でない、私も生き延びなきゃいけない。
でも、この時間を私は苦行ではなく、
自分の人生を潤す時間だとに認知したいし、たぶん、してる。
わからないけどね。
今えてるものと、ちゃんと公演が出来た時に育ってたもの。比べることも出来ないししないけど。
でもそうだな、
失ったものを比較しようとしてないだけでも、
それは今わたしが、元気だって証拠だ。
どうぞ、どうぞ世界中の貴方とわたしが、
少しでも幸せでありますように。
幸せのかたちなんて、そもそもわからないしね。
決めるのは、自分自身だ。
明日も頑張って幸せに生きようと思います。
わみ。